18-第三側妃
おずおずと寝室から出てきたミフィシーリアは、一度第六の間に集っていた面々を見回すと深々と頭を下げた。
「申し訳ありません。皆さんにはご心配をおかけしました」
彼女の様子からどうやら問題なさそうだと判断した一同は、一様に笑みを浮かべた。
「それで? どうして知恵熱なんか出したんだ?」
誰もが思っているであろう事を、代表してユイシークが問う。
「そ、それは……」
ミフィシーリアはちらりと横目で背後に控えているメリアを一瞥すると、そのまま言葉に窮して黙り込んでしまう。
その際、彼女の視線はユイシークとマイリーの間を絶えず行き来していた。
「どうした? 何か言えないような事でもあるのか?」
ユイシークから追求を受けても、俯いて何も言わないミフィシーリア。
時折少し顔を上げてはユイシークとマイリーを交互に見詰め、頬を赤く染めてまた俯く。
そんなミフィシーリアの様子に、ユイシークは怪訝な顔で首を傾げる。
「まだ体調が良くないのか? それに何か、さっきから俺とマリィをちらちらと見ちゃ顔を伏せてるが……」
「あ、い、いえ、体調は大丈夫です! 大丈夫です……が……」
「何か言いたい事があれば言ってみろ。ここに居るのは全員身内みたいなもんだ。礼儀や遠慮は必要ない──若干一名、単なる野次馬と言うか、ただのスケベ爺もいるがな」
「ほう。それは誰の事じゃな、カミナリ小僧」
「誰だろうな? 胸に手を当てたら判るんじゃねえか?」
ユイシークとシバシィの嫌味の応酬。だが二人の顔には楽しそうな笑みが浮かんでいるので、もちろん本心から憎み合っているわけではない。
言ってみれば仲の良い祖父と孫のじゃれあいのようなものだ。
周囲の者たちも、これはいつもの事とばかりに精々苦笑を浮かべているぐらいで、特に止めようなどと思う者はいない。
そして当の二人にしてみても、場の雰囲気を少しでも柔らかくして、ミフィシーリアが発言しやすいようにしようという配慮からの事なので、その後もぽんぽんと悪意のない嫌味の応酬を続ける。
「────それでは、お言葉に甘えてお尋ねします」
そんな二人の様子を見て肩の力が抜けたのか、ミフィシーリアが胸の内をユイシークに打ち明けようと決意する。
頬を朱に染めたまま。
それでも決意を瞳に宿らせて。
ミフィシーリアはその言葉を放つ。
「シーク様は……だ、男性も……あ、あああ愛せる方なのでしょうか?」
しん、と水を打ったように静まり返る第六の間。
そんな第六の間の中で、まるでタイミングを計ったかのように一斉に動いた者がいた。
アーシア、リーナ、サリナの三人である。
三人は悲しく沈んだ顔、軽蔑したような顔、驚いた顔をそれぞれ浮かべ、一様にユイシークから距離を取るようにずざざざっと離れた。
「シィくん……シィくんは確かに色々とアレだけど……それだけはないって思っていたのに……」
アーシアはその大きな黒瞳に大粒の涙を浮かべ。
「シーク……堕ちるところまで堕ちたわね……」
リーナは心底嫌そうに眉を寄せ。
「シークさん……あなたにそのようなご趣味があろうとは……わたくし、全く知りませんでした」
サリナは驚きに目を大きく見開き。
その他にもマイリーとシバシィは面白そうにユイシークとその側妃たちのやり取りを見詰め、ジークントはぽかんとした表情で立ち尽くしている。
そんな中、渦中の人の硬直がようやく解けた。
「ち、ち、ちが……っ!! お、俺にそっちの趣味はねえっ!! 俺は女が大好きだっ!!」
先程の静寂とは打って変わり、喧騒が渦巻く第六の間の中にユイシークの叫び声が響く。
そんな喧々諤々の第六の間の中で、一国の王様が女が大好きだと堂々と叫ぶのはどうかなー、とメリアは他人事のような感想を抱いていた。
カノルドス王国において、同性愛はそれほどタブーなものではない。
ただし貴族や裕福な商人などの富裕層に限って、という注釈が付くが。
その日を生きるのに精一杯の貧困層や、余裕はあってもそれ程大きなものではない一般の平民の間では、同性愛は非生産的なものとして忌避される風潮がある。
そして貴族ではありながらも、どちらかといえば平民寄りな環境で幼少期を過ごしたこの場の面々は、やはり同性愛に対してあまりいい感情を抱いていないようだった。
「そもそも、一体どこから俺が同性愛……というか、男でも女でも大丈夫だなんて話が出たんだ?」
ようやく場が静まった第六の間で。
何とか誤解を解いたユイシークが溜め息交じりにミフィシーリアに尋ねた。
「え、えと……そ、それは……」
果たして正直に言ってもいいものか。
ミフィシーリアが再びユイシークとマイリーをちらちらと見ながらそう迷っていると、彼女の背後に控えていたメリアが、意を決してミフィシーリアに代わって切り出した。
「畏れながら陛下。お嬢様に代わり、私が発言しても構わないでしょうか?」
「ああ、許す」
一介の侍女が王に発言を求めるなど、普通なら不敬罪に問われかねないが、ここは良くも悪くも「常識外れ」なカノルドス王国の後宮。
そんな常識、誰一人として気にする者など居ない。
ユイシークから許可を得、メリアは一歩前へ出ると真っ直ぐに彼を見ながら正直に告げた。
「私が見てしまったのです。そ、その……陛下とマイリー様が廊下の影で口づけを交わしているのを」
再びしんと静まり返る第六の間。
だが、その静寂は再び破られる。意図せぬ来訪者の手によって。
不意に扉が開けられ、そこから飛び込むように乱入して来た人物が一人。
その様子に、メリアは飛び込んで来たのが誰なのか何となく予測がついた。
なぜならその人物は、いつもこうやっていきなり飛び込んで来るからだ。
「ミフィが倒れたってほんと……あ、あれ?」
自分に集まる視線の数々。その視線にコトリ──メリアの予想通りの人物──は、飛び込んで来た勢いをすっかりなくしておどおどとするばかり。
そんなコトリに優しく声をかける人物がいた。
「コトリ? いつも言っているでしょう? 扉を開ける前には必ずノックをしなさいと」
爽やかさと同時に優しさを併せ持ったその声に、不安そうだったコトリの顔がぱっと喜びに輝く。
「あ、ママ! ママも来てたんだね!」
嬉しそうな声を上げ、コトリが顔を向けた人物は────マイリーだった。
「……………え?」
それを目の当たりにし、再び凍りつくミフィシーリアとメリアの主従。
そんな二人の様子を見たユイシークとサリナは、盛大な溜め息と一緒に言葉を吐き出した。
「そうか……おまえたち勘違いしてたんだな……」
「マリィってば、また誤解されましたわね」
「あ、それって私のミスかも。思い返せば、初対面の時にマリィの事は後宮騎士隊の隊長としか彼女に紹介してないもの」
美しいラインを描く顎に人差し指を当てながら、そう告げたのはリーナだ。
ミフィシーリアとメリアがぽかんと見詰める先で、マイリーはコトリを優しく引き剥がすと改めてミフィシーリアへと一礼。
「では改めまして、ミフィシーリア嬢。私がカークライト侯爵家の長女であり、後宮騎士隊の隊長であり……そして、第三側妃でもあるマイリー・カークライトです」
と、マイリーはいつもの爽やかな笑顔でミフィシーリアに告げたのだ。
あまりの事に、またもや固まるミフィシーリアの頭。
だが、それでもやがて徐々に再動し始め、とある事柄が彼女の脳裏に閃いた。
「も、申し訳ありませんっ!!」
突然、ミフィシーリアがマイリーに頭を下げた。
「どうしました、ミフィシーリア嬢?」
困惑しているのか、していないのか。相変わらずの笑顔で尋ね返すマイリー。
「あ、あの……知らぬ事とはいえ、マイリー様の事をすっかり……」
「ああ、その事ですか。気にしないでください。私はしょっちゅう男性に間違えられますから」
男物の騎士服と腰に剣。髪も短く身長も女性にしてはかなり高い。
そして中世的ながらも甘い容貌とくれば、誰もが彼女の事を初見で男性と見間違う。
「ですがマイリー様……」
「何でしょう?」
「そ、そのよろしいのですか? 側妃でありながら後宮騎士隊の隊長などという職に就いて……」
「構いませんよ。リィだって宰相補佐兼侍従長という職に就いてますし」
「そういう意味ではなく……」
本来、正妃や側妃は守られるものだ。なのに、マイリーは側妃でありながら守る側、それも責任者というべき立場にいる。
その事がミフィシーリアには気がかりだった。
だが、それも次のマイリーの言葉であっさりと氷解する。
「実は私、シークやアーシィと同じ異能持ちなんです。そして私の異能は、こと『守る』という事には極めて相性がいいのです」
「異能……そう言えば、先程コトリがマイリー様をママと呼んでいましたが……では、マイリー様の異能というのは──」
『疑似生命』の異能。
かつてケイルから聞かされたコトリたち使を生み出す異能。
ミフィシーリアの思い当たった事を悟ったのか、マイリーはミフィシーリアに向かって一つ頷く。
「ええ、コトリたちは私の『子供』です」
そう言って傍らのコトリを抱き寄せ、その頭を慈しむように撫ぜるマイリーと、安心しきって身を委ね、嬉しそうに目を細めるコトリの姿は、本当の母子のそれに決して劣る事はないと、ミフィシーリアは幸せそうな二人を見ながら思ったのだった。
『辺境令嬢』更新しました。
ようやく明かになった──バレバレだったとも言う──第三側妃の正体。そして両刀疑惑の晴れたユイシーク(笑)。
そういえば、前回の更新の後、またもやお気に入り登録が幾らか減りました。
あれってもしかして、ユイシークにそっち方面の趣味があると思われたからでしょうかね?
それともシバシィ先生のエロ爺ぶりがいけなかったのか。
いやね、好きなんですよ、エロ爺って。老いてなお盛んって男として最高じゃないですか?
自分も将来老衰で死ぬことがあれば、「あの人はいい人だったね」と言われるより、「あの人はエロい人だったね」と言われながら死にたいものです。いや、本当に。
ちなみに。自分、長生き願望ありません。60代後半から70代前半で、ボケて子供に迷惑かける前にぽっくり逝きたいと思っています。
では、次回もよろしくお願いします。
※お気に入り登録が減った最大の理由は、単純に面白くなかったってのが一番ありそうだな……