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辺境令嬢輿入物語  作者: ムク文鳥
王都編
25/74

17-侍女は見た

 いい匂いが立ち籠める、ここは後宮の厨房。

 最近、メリアは手が空く時間を見繕っては、ここに通うようになっていた。

 目的はもちろん、厨房にいるアミリシアに各種の料理を習うためだ。


「随分上達しましたね、メリアさん」

「本当ですか?」


 アミリシアに料理の際の手際やその手腕を誉められ、メリアは笑顔をアミリシアへと向ける。


「でも、私の料理が上達したのなら、それはアミリシアさんの教え方が上手いからですよ」

「あらあら、こんなおばさんを誉めたって何も出ませんよ?」

「えー、おばさんって誰の事です? アミリシアさんはお若いじゃないですか」


 和やかな会話を交わす二人。

 だからメリアは気づかなかった。彼女の周囲にいる料理人たちやその下働きなど、厨房で働く人々が時々メリアに何ともしょっぱい視線を向けている事に。

 この時のメリアはまるで気づいていなかったのだ。



 お茶やそのお茶受けの菓子などを載せた台車を押しながら、メリアは上機嫌に後宮の廊下を歩いて行く。

 今日、アミリシアさんに教えて貰った料理、今度お嬢様に作ってあげようかな?

 そんな事を考えながらあるいていたメリア。その彼女の視界の隅になにかがちらりと掠めたような気がした。


「──あれ?」


 思わず歩みを止めたメリアは、思わずそちらへと視線を向ける。

 窓と中庭──先日ミフィシーリアとユイシーク、コトリが散歩した王宮の中庭とは別物──を挟んだ向かいの廊下。その柱の一本の影で何かが揺れていた。


「あれは……」


 それがメリアには服の裾のように見えたのだ。

 あの廊下は確か、かつてこの後宮にいて追い出された側妃たちが使っていた部屋がある棟へと続く廊下だったと聞いている。

 つまり、あの廊下を使用する者は、今ではあまりいない筈なのだ。

 だとすれば、あそこにいる者は誰で、何の目的があってあの場所にいるのだろう?

 ここは後宮である。

 当然警備は厳重で、そこかしこに後宮騎士隊の制服を着た女性騎士の姿も散見される。

 そんな後宮で人目を憚るように柱の影に隠れるようにしている何者か。

 不審者が後宮に忍び込んだのでは、という考えがメリアの脳裏を駆け抜けた。

 誰かを呼ぼうかと思ったが、不幸にもすぐ近くに警備の騎士の姿はなく。

 かと言って騎士を呼ぼうと声を出せば、隠れている何者かにもその声は届いてしまうだろう。

 どうしたものかと逡巡することしばし。メリアはそれが誰か自分の目で確かめる事にした。

 もしもあそこに潜んでいる者が不審者であったなら。

 それはメリアの主人にして愛すべき妹分でもある者と、その親しい者たちにとって脅威以外の何者でもない。

 ならば。

 メリアは台車をその場に置き捨て、小走りで廊下を回り込む。

 途中、有事の際のためにスカートの下に忍ばせた「粉砕くん」──メリア命名の母から贈られたメイス──に、そっと手をやってその感触を確かめる。

 廊下を回り込み、不審者が潜んでいると思われる柱が見える場所まで来ると、メリアは物陰から慎重に顔を出して問題の場所をそっと伺う。もちろん、両手で「粉砕くん」の柄をぐっと握り締めながら。

 そして彼女は見た。

 その場にいるのだ誰なのかを。

 加えて言うなら、そこにいたのは一人ではなく二人であり、その二人ともがメリアがよく見知った人物たちだったのだ。



 突然部屋に飛び込んで来た者に目を白黒させるミフィシーリア。

 彼女は弾かれるように読んでいた書物から顔を上げると、部屋の入り口で荒い息をしている己の侍女をじっと見詰めた。


「ど、どうしたの、メリア?」

「お、お嬢様っ!! わ、わ、わわ、私、大変なものを見てしまいましたっ!!」

「大変なもの? それよりも、私はそれ(・・)の方が気になるわ」


 ミフィシーリアの視線は、メリアが両手でしっかりと握り締めているメイスへと向けられていた。

 それに気づいたメリアが慌てて「粉砕くん」を背中に隠す。

 なぜメリアがメイスなんぞを持っていたのか納得しかねるが、ミフィシーリアは彼女が何を見たのかを問う事にした。


「それで? メリアは何を見たの?」

「へ、へへ、陛下が──」

「シーク様? シーク様がどうしたの?」


 また彼が何らかの悪戯を仕掛けようとでもしているのだろうか。

 国王の奇行に慣れてきたミフィシーリアは、その程度にしか考えていなかった。


「ユ、ユイシーク陛下が廊下の影で……そ、その……き、キスをしていたんですっ!!」


 真っ赤になりながら告げるメリア。

 その言葉に衝撃を受けなくもないミフィシーリアだが、まあ、そんな事もあるだろうと軽く考えていた。

 なんせかの国王陛下の元には、自分以外にも四人の側妃がいる。

 その四人の内、三人を良く知るミフィシーリアから見ても、かの方々たちはとても魅力的な女性ばかりなのだから。

 年よりも童顔だが、どこか大人の女性を匂わせる可憐な第一側妃のアーシア。

 貴族の令嬢の見本と言っても過言ではない、豪奢な美女である第二側妃のサリナ。

 落ち着いた物腰と冷静で知的な印象の美女、第四側妃のリーナ。

 そんな側妃たちとユイシークが、毎夜毎夜逢瀬を重ねている事を知っているミフィシーリアからしてみれば、廊下の影で彼女たちの誰かとキスしていたぐらいで騒ぐ程のことではないのだ。

 もちろん、毎夜逢瀬を重ねる他の側妃たちに嫉妬していないのか、と問われれば否ではあるものの、その辺りの事は最近ではすっかり割り切ってしまっているミフィシーリアであった。

 だが、次に彼女の侍女から発せられた言葉は、そのミフィシーリアの頭を一瞬で真っ白にする程の衝撃を備えていた。


「そ、その相手が……後宮騎士隊の隊長の……ま、マイリー様だったんですっ!!」



 マイリー・カークライト。

 いつも爽やかな笑顔を浮かべ、誰にも穏やかに接する人当りの良い人物で、女性と見紛うばかりのその美貌に、マイリーに夢中の侍女や女性騎士は数多い。

 もちろん、その事はミフィシーリアだって知っている。知っているが……。


「………………え?」


 そのマイリーがなぜ、ユイシークとキスを交わしていたのか?

 ミフィシーリアの頭脳は一瞬で混乱に陥った。

 そして、彼女の侍女の更なる言葉が更なる混乱を呼ぶ。


「ひょっとして陛下って……両方イける方なんですかね……?」

「りょ、両方……?」


 思わずきょとんとした顔で尋ね返すミフィシーリア。


「ですから両方……女の人はもちろん、男の人でもイけるクチなのかと……」

「………………え?」

「そういえば陛下、ジェイク様とかケイル様とかとも、とても親しいですよね……?」

「………………え?」

「それにこの前、修練場で近衛の方たちとの鍛錬の後、楽しそうに語らっておられる陛下をお見かけしたんですよ……皆さん、上半身裸で……」

「………………え?」

「前から私、一部の兵士の人たちが陛下を見る目が、異様に熱いなあ、なんて思った事もあるし……」

「………………え?」

「リーナ様の弟君の、宮殿医師見習いのジークント様も、陛下の事を義兄にいさんと呼んで随分と親しいそうですし……」

「………………」


 くたり。

 不意にその身体を脱力させて、その場で真っ赤になりながらへなへなと座り込むミフィシーリア。


「お、お嬢様っ!? だ、大丈夫ですかっ!? だ、だだだだ、誰かいませんかっ!? お、お嬢様が……ミフィシーリア様が────っ!!」


 響き渡るメリアの声。

 その声を遠くに聞きながら、許容量を超えた想定外の情報と熱量に、ミフィシーリアの頭脳はぷすぷすと煙を上げながら強制的な休止状態に突入したのだった。



 ばたばたと雪崩れ込むように第六の間へと殺到する後宮騎士隊。

 もちろん、その先頭に立っているのは隊長であるマイリー・カークライトその人だ。


「どうしました? ミフィシーリア嬢?」


 優雅に。爽やかに。

 くたりと座り込んだミフィシーリアの傍らに跪き、そっと彼女へ手を差し伸ばすマイリー。

 その流れるような洗練された動作に、今の状況を忘れて思わず見入ってしまうメリアと、マイリーの部下である女性騎士たち。


「何があったのですか?」


 ミフィシーリアの背中を片手で支えながら、マイリーの視線はメリアへと向けられた。


「えっと、そ、その……」


 まさか本人に正直に言うわけにもいかない。

 あなたと陛下のキスシーンを目撃して、そこから陛下の両刀疑惑が持ち上がった、などとは。

 言葉を濁し続けるメリアに、マイリーは軽く溜め息を零しつつも、部下たちに矢継ぎ早に指示を出す。


「取りあえず、ミフィシーリア嬢は寝室に運んでください。そして誰か宮殿医師のシバシィ殿に連絡して、至急この部屋まで来ていただいてください」


 優雅さと爽やかさを決して崩すことなく出したマイリーの指示に、部下の女性騎士たちが素早く行動し始める。

 おそらくこの事はユイシークの耳にも入るだろう。そしてミフィシーリアが倒れた事を知った彼は、遠からずこの部屋を訪れるに違いない。

 その時、どうやって説明したものか。

 メリアはそれを考えると、胃の辺りが重くなったような気がした。



「単なる知恵熱じゃな。心配する必要はあるまいよ」


 第六の間に現れた老域に差しかかった男性は、弟子であるジークントを従えてミフィシーリアの寝室に入ると、すぐに寝室から出て来てここに集っている面々にそう告げた。

 今、この第六の間にいるのは、最初からここにいたメリアとマイリー、そして、やはりミフィシーリアの事を聞いて慌てて駆けつけたユイシークと、彼と同じようにミフィシーリアの事を心配して集まった三人の側妃たち。

 彼らは老域の男性の言葉を聞き、一様に安堵の溜め息を零した。

 老域の男性──宮殿医師のシバシィ・ガーラムは、そんな面々を眺めて面白そうに顔を歪めた。


「なんじゃい、なんじゃい。雁首揃えて安心しきった顔を晒しよって。お主ら、そんなにあの壌ちゃんが大切か?」


 にやにやとした笑いを隠す事もしないシバシィ。そんな彼にユイシークがぶすっとした顔をしながら言葉を発した。


「ご苦労だったな、シバシィのおっさん。もう帰っていいぞ」

「偉そうに言うでないわ、小僧。それが恩師に対する言葉か?」

「恩師ったって、俺とアーシィが子供の頃の話だろ?」

「いつの事だろうが恩師は恩師よ。そんな事も判らんからいつまでも貴様は小僧なんじゃ」


 飄々と笑うシバシィと、苦虫でも噛み潰したかのようなユイシーク。

 しかし、シバシィの言葉は事実である。彼はユイシークとアーシアの幼少時の家庭教師を務めた人物でもあるのだ。


「それで、シバシィ先生? ミフィさんは本当に大丈夫ですの?」

「おう、さっきも言ったが単なる知恵熱じゃよ。心配する事は何もないわい。それよりサリナよ……」


 シバシィの目がきらりと鋭い光を浮かべた。


「相変わらず立派に育っとるのぅ。どれ、揉んじゃろ」


 すっとサリナのたわわな胸の膨らみに手を伸ばすシバシィ。その手を何事もないかのようにぱしりと払いのけるサリナ。


「相変わらずお盛んですわね、シバシィ先生?」

「当たり前じゃ。儂が医者になったのは、女子おなごのぴちぴちとした肌を見たい、触りたいと思ったからじゃしのぅ。幾つになろうとこの熱い想いだけは消える事はないわい」

「ですがお生憎様。これに触れてもいいのはシークさんだけでしてよ?」


 サリナは両手で胸の膨らみを、挑発するかのように下から抱えて持ち上げる。

 衣服の上からでもふるりと揺れるのが判る柔らかなそれに、シバシィの目つきが一瞬鋭くなる。そしてその視線はアーシアやリーナへと向けられた。


「ぼ、ボクもダメだよっ!! いくらシバシィ先生でも、ボクもシィくんじゃないとダメだからっ!!」

「私も遠慮するわ。例えそれが弟の大恩ある師匠であってもね」


 咄嗟に我が身を守るように自分自身を抱き締めるアーシアと、冷たい一瞥をくれるリーナ。

 そんな彼女たちを順に見回したシバシィは、不意に穏やかな表情になってユイシークを見る。


「ふむ。仲良くやっておるようじゃな、小僧。その辺りだけは及第点をくれてやるわ」

「黙れ、おっさん。それから、人の女たちを変な目で見るんじゃねぇ。で? ミフィとは話せるのか?」


 ユイシークがそう語りかけたのは、シバシィではなく、彼の背後に控えていたジークントである。


「ええ、義兄さん。ミフィシーリア様ならもう気づかれています。話をされても大丈夫ですよ」

「そうか。なら、メリア」

「は、はいっ!!」

「ミフィと話がしたい。呼んで来てくれ」

「は、はい! か、かかか畏まりましたっ!!」


 メリアは更に胃が重くなったように感じつつも、慌てた足取りでミフィシーリアの寝室へと入っていった。



 『辺境令嬢』更新しました。


 今回、随分久しぶりな方たちが登場しています。

 アミリシアは10話ぶり、そしてリーナの弟のジークントに至っては13話以来だから何と12話ぶりというこの事実。

 実はジークントはともかく、アミリシアは結構重要人物なんですけどねぇ。これからはアミリシアの出番もちょくちょく増えてくるのではないか、と思われます。

 そして次回、いよいよ第三側妃の正体が判明します。

 え? もう誰だか判っている? ままま、そう仰らずにお付き合いいただけると作者がとても喜びます。


 次回もよろしくお願いします。

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