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辺境令嬢輿入物語  作者: ムク文鳥
王都編
24/74

16-ある日の午後-3

 中庭を通り過ぎ、王宮の中に入ったところで、ケイルは隣を歩く男に語りかけた。


「どこまで本気なんだ?」


 付き合いの長い相棒とも言うべき男の突然の言葉。しかし、例え言葉は短くとも、ジェイクはケイルの言いたい事を正確に理解する。


「どこまでも何も、俺は最初はなから本気だぜ?」

「シークが彼女……ミフィシーリア嬢を正妃にするつもりなのを忘れたわけではあるまい?」

「もちろん。だけど、まだあの嬢ちゃんが正妃に決まったわけじゃねぇ。ひょっとするとアーシアかサリナあたりが正妃に収まるかも知れねぇだろ? そうしたら、あの壌ちゃんを降嫁してもらって俺の嫁にする」


 自信満々に告げる相棒に、ケイルは深々と溜め息を吐く。


「限りなく低い可能性だな」

「判ってらぁ。でも可能性はゼロじゃねぇぜ?」

「おまえがそれでいいなら、俺は何も言わん。だが……自棄酒が飲みたくなったら言え。それぐらいは付き合ってやる」

「え? 俺が失恋することはもう確定? そりゃ、いくら何でも酷くね?」


 喚き散らす相棒を無視して、ケイルは黙って歩き続ける。

 と、それまで騒いでいたジェイクがふと静かになると、今度は彼の方から問いかけて来た。


「そういうおまえはどうよ? あの壌ちゃんみたいな女は?」

「む────」


 その言葉に、ケイルの脳裏にあのあまり貴族の令嬢らしくない──あくまでも彼の主観で良く言えば素朴、悪く言えば地味な──、かの少女の姿が浮かぶ。


「────確かに妻とするなら彼女のような女性は悪くないな」


 普段やたらと群がって来る見かけは上品で美しいが、腹の中では何を考えているか判らない貴族の令嬢たちよりも、控え目なあの少女のような女性の方が、自分たちのような成り上がり者の伴侶としては相応しかろうとケイルは思う。


「所詮俺たちは野童やどう上がりだ。変に格式にばかり拘る女性よりも、彼女のような女性の方が一緒に生活するのも楽だろう」

「やっぱ、そう思うよな? 確かに俺たちもいつまでも独身ってわけにゃいかねぇだろうし? その野童上がりも、今じゃ一国の中心に深々と食い込んじまったんだ」

「ふむ……だからといって、あの小煩い令嬢たちを妻に迎える気にはなれんのだがな」

「それは俺も同意だ。だからあの嬢ちゃんがいいンじゃねぇか」


 『解放戦争』の際、中立を保った貴族たちや旧貴族派の生き残りたち。彼らの地位は『解放戦争』後に軒並下げられた。

 彼らは今、下がってしまった地位を少しでも回復しようと、虎視眈々と様々な機会を狙っている。

 将来この国の武と政を担う事になるケイルとジェイクは、そんな彼らから見れば絶好の獲物に違いない。

 実際、彼らの元には毎日のように縁談が持ち込まれている。

 だからといって、彼らの思惑に乗ってやるいわれもなく、寄せられた縁談は片端から断っているのが現状であった。


「新体制派の新興貴族の中で、年の近い娘がいれば話は早いのだが……」

「そりゃ仕方ねぇさ。新興貴族は皆、俺たちと似通った年齢の男ばかりだからな。娘が生まれて来るのはこれからだ」


 彼ら同様『解放戦争』後に新たに貴族となった者は多いが、そんな者たちの殆どは彼らと一緒に『解放戦争』を駆け抜けた者たちばかりだ。もちろん中には女性もいたが圧倒的に数が少ない。


「新興貴族となったかつての戦友たちの姉や妹を、伴侶に選ぶのが妥当なところだろうな」

「いっその事、平民から嫁選びをするってのはどうよ?」

「む? 平民からだと?」


 野童上がりの自分たちには、案外その方が似合いかもしれないとケイルは本気で考えた。

 それにもしも、本当に自分たちが平民から妻を選ぼうものなら。

 普段から小煩いあの貴族の娘たちは一体どう思うだろうか。

 面子が潰れたと騒ぐのか。それともさっさと他に有望そうな男性を探し始めるのか。

 思惑が外れて慌てふためくかつての中立派や旧貴族派たちを思うと、何だか愉快な気分になってくる。

 と、同時に。

 随分自分もあの男の影響を受けたものだとも思う。

 ケイルは内心でそんな事を考えながら、午後からの仕事へと向かうのだった。



 その場にいる全員が跪くか頭を下げる中を、ユイシークは悠然と歩を進める。

 威風堂々。そんな言葉がぴたりと当てはまるようなユイシークの姿。

 しかし、ミフィシーリアはそんなユイシークにどこか違和感のようなものを感じていた。

 一体何が? どこがおかしく思えるのか?

 彼女が心の中で考えているうちに、ユイシークはすぐ傍まで来ていた。

 途端、騒ぎ出すのは彼女たちの周囲にいた令嬢たちである。


「ユイシーク国王陛下。このような所で陛下にお目にかかれるとは、わたくしはなんて幸運なのでしょう!」

「政務の合間のご休憩でございますか? でしたら、こちらにいらしてくださいませ。すぐにお茶など用意させますわ」

「最近、東の街道に野盗が出没するとか。わたくし、恐ろしくて……。とても王都から外へは出られません」

「そういえば、東の方には最近、魔獣も出没するらしいとも聞きました。ですが王都にいれば安心ですわね。なんといっても陛下がおられますもの」


 口々に騒ぐ令嬢たち。それらを一切無視して、ユイシークの悠然とした歩みは止まる事はない。

 国王の素っ気ない態度に呆然とする令嬢たちの前を通り過ぎ、ユイシークが目指すのはミフィシーリアとコトリの元。

 目の前まで来た国王に、ミフィシーリアはぺこりと一礼。対してコトリは嬉しそうに彼の腕にぶら下がる。

 ユイシークは楽しそうにコトリの頭を一しきり撫でると、次いで穏やかな笑顔をミフィシーリアへと向けた。


「待たせたか?」

「いいえ、それ程でもありません」


 対してミフィシーリアもまた、ユイシークに笑顔を向ける。


「……え?」

「────そんな……」

「…………」


 その時、周囲にいた令嬢たちは見た。

 それまで何一つ華やかなところのない、平凡で地味な辺境貴族の娘だとばかり思っていた少女。

 家柄、家格、血縁、財産など、特筆すべきものは何も持たない単なる小娘。

 自分たちよりも明かに格下な、取るに足らない令嬢とも呼べないような令嬢。

 そう思っていたミフィシーリアが、ユイシークと共に立っているだけで、まるで違う人間のように変化した。

 まるで蕾だった花の花弁が一斉に開いたかのように。

 まるで天から差し込んだ光が彼女だけを照らしているかのように。

 まるで地味な蛹から美しい蝶が羽化したように。

 ユイシークに向けてたおやかに微笑むミフィシーリアは、それまでの取るに足らない地味な存在ではなく、見る者の目を引きつけて止まない艶やかな女性へと変貌した。

 呆然とする令嬢たちの見詰める中、ミフィシーリアとユイシーク、そしてコトリは実に楽しそうに会話を交わす。

 まるで本当の家族のように。

 国王や貴族の令嬢ではなく、単なる市井の仲の良い親子の──親子と呼ぶにはコトリの年齢が少々高すぎだが──ように。

 寄り添って佇む三人は、他者を寄せつけないほのぼのとした雰囲気を醸しながら。


「あ、あの、陛下……」


 それでも令嬢の一人が、何とか勇気を振り絞って声をかけた。

 途端、ユイシークから冷たい瞳で見詰められ、その冷たい温度に身を竦めながらも何とか言葉を続けた。


「そちらの方は……? 是非とも、わたくしどもにご紹介いただけませんでしょうか……?」


 ユイシークは彼女とその背後にいる令嬢たちを一瞥すると、にやりと口角を歪めてミフィシーリアの肩を抱き寄せた。


「──きゃっ!!」


 突然肩を抱かれて小さく悲鳴を上げるミフィシーリアを無視して、ユイシークは淡々と告げた。


「そなたらも噂には聞いておろう。この者が余の新たな側妃であるミフィシーリア・アマローだ」


 ミフィシーリアの耳元に口を寄せ、そっと囁くユイシーク。彼はミフィシーリアも挨拶しろと促した。


「た、只今シークさ……、いえ、陛下よりご紹介いただきました、ミフィシーリア・アマローでございます。あ、あの、側妃と言われましても、まだ正式な側妃というわけではなく……そ、その、黙っていて申し訳ありません……」


 真っ赤になりながら、最後は消え入りそうな声で改めて名乗るミフィシーリア。

 そして、噂の新しい側妃に、周囲から自然と視線が集まる。

 好奇を含んだ数々の視線。しかし、その殆どはミフィシーリアにとって不快なものではなかった。

 側妃という立場を必要以上に表に出す事もなく、高い気位を振りかざす事もなく。

 慎ましやかにそっと国王の横に寄り添って立つミフィシーリアは、好意的に迎え入れられたと言えた。

 中には赤くなりながら、ぼうっとミフィシーリアを熱く見詰める兵士の姿もあった程だ。

 もちろん、中には嫉妬の含まれた視線もあったが、これは仕方のない事だろう。側妃という立場はやはり特別なのである。

 そんな中で、それどころではない者たちもいた。

 それはユイシークたちの周囲にいた令嬢たちである。

 彼女たちは、先程の自分たちの仕出かした事を真っ青になって後悔していた。

 いくら知らなかった事とはいえ、なおかつ、正式な側妃ではないとはいえ。

 あからさまにミフィシーリアを侮辱した彼女たちは、どのような罪に問われるのか気が気でなかったのだ。

 ミフィシーリアに、彼女たちを罰しようという気持ちは無論ない。

 だが、そんな事を知らない彼女たちは身を震わせる。

 もしも、自分が側妃だったら。

 そしてそんな自分を面と向かって侮辱する者がいたとしたなら。

 国王であるユイシークに、その者を罰するように必ず提言するだろう。

 自分もこうする筈だから、ミフィシーリアもきっとそうするに違いない。

 その考えに落ち込んでしまった令嬢たちは、そこから中々抜け出せず。

 そのため令嬢たちは来る筈もない断罪に、これからしばらく震えながら暮らす事になるのだった。



 震えながら逃げ出すように中庭から退場した令嬢たちに首を傾げつつも、ユイシークとミフィシーリア、そしてコトリはゆっくりと中庭を歩き始める。


「あー、もー、今日はこのまま仕事なんかほっぽり出して昼寝でもしてー」

「うんうん、コトリもパパと一緒にお昼寝するー! ね、ミフィも一緒にお昼寝しよ?」

「だめですよ、コトリ。シーク様はこの後も大切な政務があります。お昼寝なら私が傍にいますから。ね?」

「えー?」


 あからさまに頬を膨らませて不満を表すコトリ。だが、次の瞬間にはころっと表情が変わり、にこやかな笑顔をミフィシーリアに向ける。


「パパと一緒じゃないのは詰まんないけど、ミフィがいてくれるのならいいや。ね、ミフィのお部屋でお昼寝していい?」

「ええ。いいですよ」

「じゃあ、俺も俺も。俺もミフィの部屋で昼寝していいか?」

「シーク様?」


 まるで子供のように自分を指さしながら言うユイシークを、ミフィシーリアは敢えて厳しい表情で睨み付ける。

 ユイシークは先程のコトリのように不満を露にするものの、じっとミフィシーリアが睨み付けたままでいると、すごすごと前言を撤回する。


「ちぇ、仕方ねーなー。我慢して仕事するかー」

「それが当たり前です」

「くそ。まるでリィみたいな事を言いやがる。それにしても……」


 ユイシークは改めて、自然体で振る舞うミフィシーリアへと目を向ける。


「ようやく固さが取れて、自然に笑えるようになったな」

「え、あ……そ、そうでしょうか?」

「ああ。やっぱりおまえはやっぱり、そうやって笑っていた方がいい」

「あ……」


 途端、熱を持ち始めた自分の頬を、ミフィシーリアは両の手で慌てて押さえる。

 そしてこの時に至り、ミフィシーリアはようやく先程感じた違和感の正体に気づく。

 先程感じた違和感、それはあの時のユイシークは王だったからだ。

 ミフィシーリアは王としての彼を、あの時初めて見た。

 威厳を纏い、堂々と振る舞うユイシーク。

 しかし、ミフィシーリアにはそんな彼がどうしても作り物じみて見えたのだ。

 子供のように笑い、振る舞い、ふざけ、時に悪戯に手を焼かされる。

 それこそが、ユイシークの本当の姿だと知っているから、ミフィシーリアは先程のユイシークの態度に違和感を感じたのだろう。

 もちろん、彼が王であるのは事実であり、時にその仮面を被らなければならないのは理解している。

 そして、本当に彼が気を許せる相手の前でのみ、彼はその仮面を外して本来の彼へと立ち戻るのだろう。

 そんなユイシークが、自分の前でもその本来の姿を見せてくれるのがミフィシーリアは嬉しい。

 それならば。

 それならば、自分は彼がいつでもその仮面を外せるように。

 彼が先程も言ったように。

 彼が望む限り彼の傍で微笑んでいようと、ミフィシーリアは心の中でそっと決心した。



 『辺境令嬢』更新。


 やはりと言うか、何と言うか。『怪獣咆哮』がなかなか進まないので、こちらの更新が先になりました。

 3話ほど続いた一連の話もこれで一区切り。次からはこれまで顔を出していない第三側妃の話になると思います。

 とはいえ、既に皆さんお気づきの事と思いますが、実は第三側妃は既出でして。そうです、あの人です。やっぱりバレバレですよねぇ。

 第三側妃の正体に気づいている人は挙手!

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