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辺境令嬢輿入物語  作者: ムク文鳥
アマロー男爵領編
2/74

01-辺境令嬢の縁談

 こちらもここから本格始動。


 『魔獣使い』同様、よろしくお願いします。

「すまない……」


 と告げると、壮年の男性が力なく項垂れた。


「そんな……お父様が謝るような事ではありません」


 対して、壮年の男性の前に腰を下ろした黒髪の少女は、毅然とした態度でそう告げた。


「向こうの要求通り、私はアルマン子爵に嫁ぎます。元々アマロー家は弟のシガルが継ぐ予定でしたから、後継ぎの心配はありません」

「ミフィ……」


 きっぱりと言い切った愛娘に、アマロー男爵は再び申し訳なさそうに視線をそらす。


「すまない。まだ16歳のお前に迷惑をかける……だが、これも領民のためだ」


 再び頭を下げた父に、ミフィシーリアは苦笑を浮かべる。


「安心してくださいお父様。アルマン子爵家は我がアマロー家と違って裕福な家です。きっとなに不自由ない暮らしができるでしょう」


 そう言ってミフィシーリアは微笑んだ。



 アマロー男爵家は、貴族ではあるものの貧しい家柄だった。

 領地は大陸の北端に位置するカノルドス王国の中でも最北端。最も雪深い地方に存在した。

 そこに住む領民も少なく、領地には村が一つ存在する限り。その村の人口も百人に満たない小さな村だ。

 そして特に目立った特産品もなく、稀少な鉱物が採れるわけでもなく。

 近くにある大きめの町の、羽振りの良い商人の方がよほど裕福であるという、極めつけの貧乏貴族だった。

 更に加えて今年は凶作。村で栽培している麦は例年の半分ちょっとという大凶作であった。

 このままでは、アマロー男爵家はともかく領地内の村は冬を越せない。そう考えた男爵は、隣接する領地を持つアルマン子爵に援助を申し込んだ。具体的には子爵領に蓄えられた食糧を、相場よりも格安で譲ってもらおうとしたのだ。

 アルマン子爵領とて豊作とは言い難い収穫だったが、それでも男爵領よりはましだし、何より子爵領は男爵領よりも遥かに広く、農業以外にも産業がある。国に納める税の分を差し引いても十分な余裕があるらしかった。

 それにどうやら、税収以外にも何らかの方法で金を得ているらしい。

 というのも、アルマン子爵はアマロー男爵同様、先に起きた『解放戦争』では旧王国、解放軍どちらにも組せず中立の立場にあった。

 彼ら以外にも中立の立場を取った貴族はいたが、そんな貴族たちは新王国の体制の中で、要職からは当然ことごとく外された。

 だからアルマン子爵もアマロー男爵も、役職による給金はなく税収だけが収入の全てのはずである。

 それなのに、アルマン子爵の羽振りの良さはアマロー男爵の耳にもよく入ってくる。

 だから子爵は何らかの事業に手を出していて、それが上手くいっているのだろうと男爵は考えていた。

 だからこそ、アマロー男爵はアルマン子爵に援助を申し込んだのだ。

 その申し出に対し、子爵は援助する代わりに一つの交換条件を出した。

 それはアマロー家の長女であるミフィシーリアを、子爵の妻にしたいという申し出だった。

 アルマン子爵は既に40歳を越えている。対してミフィシーリアは16歳。年齢的に離れているが、貴族社会では珍しいわけでもない。

 アマロー男爵は、アルマン子爵の奥方が数年前に病死したと聞いていた。

 だが、子爵は女癖が悪いことでも有名であり、それはカノルドス王国の貴族なら誰もが知っているほどであった。

 現在も数人の愛人がいるらしく、中には領民の中から租税代わりに無理矢理妾にした女性もいるという噂もある。

 アマロー男爵にとって、ミフィシーリアは自慢の娘であった。

 同世代の娘たちに比べてやや小柄であるものの、決して痩せ過ぎているわけではない。

 一見では控え目な印象の大人しそうな少女だが、雪のような白い肌とそれを際立たせる腰まで長く伸ばされた黒髪。

 その黒髪と同じ色の瞳は黒曜石のように輝いていて、十分美しいと表現できる容姿を持っている。子爵に望まれるのも納得できる娘であった。

 貴族の家に生まれながらも、決して贅沢を求めるわけでもなく、貧しい生活に文句の一つも言ったことはない。

 誰にでも優しく接する性格は、領民からも人気があり慕われている。

 できることなら男爵とてこんな話は断りたかった。

 だが、断わるわけにはいかない。領民を守ることは領主の務め。その思いが男爵に我が子を差し出す決心をさせた。


「三日後にアルマン子爵本人が当家を訪れる事になっている。まずは顔見せの挨拶のためだが、できればそのまま子爵領へお前を連れて行きたいとの要望だ」

「はい。三日後ですね。それまでに準備をしておきます」


 娘の返事を確認すると、男爵は決して娘の顔を見ようとしないまま、静かにその部屋を後にした。



「三日後に結婚……ですか……」


 ミフィシーリアはぽつりと呟きながら一人外に出て屋敷を見上げた。

 屋敷といっても領民たちの家よりは少し大きいといっただけで、屋敷と呼ぶにはおこがましいほどのものであったが、それでもミフィシーリアにとっては生まれ育った家である。当然愛着だってある。その家を三日後には後にしなければならないなんて。

 確かに急に決まった話とはいえ、いくらなんでも急過ぎやしないだろうか。ミフィシーリアは小さく溜め息を吐く。

 屋敷を一通り見つめた後、ミフィシーリアは黙って村へと続く道を歩く。

 しばらく歩けば、領地内唯一の村が見えてくる。

 そのまま村に入るミフィシーリア。そんな彼女を見かけた領民たちが、親しげに声をかけてくる。


「おや、お嬢様。何か買物かい?」

「いえ、買物ではなく、ちょっとした散歩です」

「なんだ、そうかい。あ、そうだ。お嬢様に知らせなきゃいけない事があったんだよ」


 なんだろう? と軽く首を傾げるミフィシーリアに、畑仕事の合間に声をかけてきた中年の女性が、声を小さくして彼女に告げる。


「あのね、今日、村の中で見慣れない連中を見かけたんだよ」

「見慣れない連中?」

「ああそうさ。あたしが見かけたのは得体の知れない三人組……男が二人と女が一人。三人とも武具を身につけていたんだ。まあ、単なる旅の傭兵か魔獣狩り(ハンター)もしれないけれど、一応領主様にも伝えておいてくれないかい?」


 女性の頼みを笑顔で引き受けて、ミフィシーリアはその場を後にする。

 だが、本当は先程の女性の言葉がミフィシーリアの心のどこかに引っかかっていた。

 旅の傭兵か魔獣狩り? それはまず有り得ない。

 近隣の森や山地には少数ながら魔獣が棲息しており、その魔獣が村に姿を見せる事がある。

 そんな時は領主であるミフィシーリアの父が、傭兵や魔獣狩りを雇って駆除を行う。

 だが、父から最近魔獣狩りや傭兵を雇ったという話は聞いていない。

 その他に傭兵や魔獣狩りが村を訪れるとすれば、それは行商人の護衛としてだろう。

 その行商人にしても、普通は領地内で商いを行うための商業税を支払うため一度は領主の館を訪れるはず。

 だけど、そんな行商人も最近は訪れていない。

 では、その三人はなんのためにこの村に? それがミフィシーリアの疑問だった。

 先程の女性の話では、その三人はこの村にある唯一の宿屋兼酒場である「紅雀の巣箱」亭に泊まっているらしい。

 いつしかミフィシーリアの足は、自分でも自覚しないまま「紅雀の巣箱」亭へと向かっていた。



「うわぁぁぁぁぁんっ!!」

「あん、もうっ!! 泣かないでよっ!!」

「だって……だって……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」

「にゃあああああっ!! さっきより泣き声が大きくなってるっ!?」

「だ、だって……い、い、痛いんだもんっ!!」

「痛いっていったって、転んで膝小僧を擦りむいただけでしょっ!?」


 場所は「紅雀の巣箱」亭のすぐ前の道端。

 地面に座り込み、膝から血を流して泣きわめく五、六歳の幼女。そしてその傍らで、腕を腰にあてたまま仁王立ちでその幼女を見下ろす一人の少女。

 その少女は自分と同じぐらいの年頃で、魔獣の革製と思しき防具を身体の各所に身につけ、腰には小振りな鋼製の剣を装備しいた。

 陽光の元でまるで透き通るように輝く長い銀の髪。その髪が動き易さを重視したのか所謂ツインテールに纏められて、彼女の頭の左右できらきらと揺れている。

 そしてその瞳の色は、銀の髪に負けない黄金の煌めき。

 瞳に宿る輝き同様、全身から躍動感が溢れ、この少女が活発な性格であることは、誰の眼から見ても明らかだろう。

 そして情況を察するに、幼女が転んで怪我をして泣いているようだ。

 ミフィシーリアはその幼女に見覚えがあった。いや、この村に住んでいる住民は全員顔見知りなのだが。

 確か「紅雀の巣箱」亭の主人夫婦の娘で名前はリーネ。今年で六歳になるはずだ。

 だが、その傍らの少女は見覚えがない。

 とりあえず、今はその見知らぬ少女よりも、泣いているリーネの方だ。

 そう思ってミフィシーリアがハンカチを取り出しつつ、彼女たちの方へと一歩足を踏み出した時。目の前に展開された光景にミフィシーリアは我が目を疑った。


「……もうっ! 仕方ないわねっ!」


 乱暴に言い方捨てる少女。だが、その微笑みは慈愛に溢れ。

 そして少女は、出血しているリーアの傷口へとその掌をかざした。

 傷口近くにかざされた少女の掌。その掌が翡翠色に淡く輝いたかと思うと、リーアの傷口がみるみるうちに小さくなり、ついには傷そのものが消滅してしまった。


「…………治癒の……異能……?」


 呆然と呟くミフィシーリア。そんな彼女に気づかずに、異能を用いて傷を癒した少女は、いまだに地面に座り込んだまま、ぼけっと自分の膝小僧を見つめているリーアに優しく諭す。


「いい? この事は誰にも言っちゃだめよ? あんたとコトリだけの秘密だからね?」


 ぱちんと器用に片目を瞑った少女。その少女が振り向き──ミフィシーリアと目が合う。

 途端、少女の口元がひくひくと引きつり、顔色が見るまに青く変わる。


「にゃあああああああっ!! み、見られたっ!? まっずぅぅぅぅいっ!! こんな事がバレたらパパにお仕置きされるぅぅぅぅぅぅっ!!」


 真っ青になって喚く少女は、ばばばばばっとミフィシーリアに駆け寄ると、がしっと彼女の両肩を掴んだ。


「きゃっ!?」

「あ、あんたっ!! い、いいいいい今の見てたっ!?」

「今のって……治癒の異能のことですか?」

「にゃあああああっ!! やっぱり見られてるぅぅぅぅぅっ!!」


 頭を抱えて喚きながら、その場にうずくまる少女。

 えっと……一体どういう情況なのでしょう?

 ミフィシーリアも怒濤の如く流れる状況に置いてきぼりにされ、きょとんとするばかり。

 そしてようやく立ち上がったリーアがミフィシーリアに気づいて、彼女の方へと駆け寄ろうとした時。

 その場に若い男性の声二種類が響いた。


「コトリぃ、何外で喚いてんだよ?」

「そんなに大声で喚いたら、近所迷惑ですよ?」


 その声は「紅雀の巣箱」亭の中から。

 そして「紅雀の巣箱」亭の玄関のドアが開けられ、そこから二人の男性が姿を見せた。

 一人は重厚な魔獣の素材を用いた防具と、やはり魔獣素材の両手用の大剣を身につけた金髪に碧眼の男性。

 もう一人は武具といえば腰に差した長剣ぐらいで、あとは有りふれた旅人の旅装姿の薄茶の髪に青い眼の男性。

 どちらもミフィシーリアより少し年上、多く見積もっても二十歳を幾つも超えていないだろう。

 彼女に見覚えのない二人組。いや、いまだにうずくまって喚いている少女を加えれば三人組か。


(この人たちが……)


 目の前にいる見知らぬ三人組。彼らこそが村に現れた得体の知れぬ三人組に違いないと、ミフィシーリアは悟った。


 こちらも『魔獣使い』同様のんびりと更新していく予定。


 今後ともよろしくお願いします。

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