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辺境令嬢輿入物語  作者: ムク文鳥
王都編
17/74

09-一夜明けて

 メリアの一日はミフィシーリアを起こす事から始まる。

 何かにつけてしっかりしているように見えるミフィシーリアだが、朝だけは弱いのだ。

 そんなミフィシーリアを起こす事が、幼い頃からのメリアの日課になっていた。

 だから今日も、彼女は朝一番にミフィシーリアの寝室の扉を開ける。

 ノックしたところでミフィシーリアが起きるとは思えない。また、自分より早くミフィシーリアが起きている事などあり得ない。

 長年の習慣から、メリアはいつも寝室の扉をノックすることなく開ける。しかし、今日ばかりはこの長年の習慣を恨みたく思った。

 なぜなら、彼女の敬愛してやまないミフィシーリアが、見知らぬ男性と同衾しているのを目の当たりにしてしまったのだから。



「おはようございます、お嬢さ……ま?」


 扉を開けたところで、いつものように朝の挨拶。普段ならこの挨拶に返事は返ってこない。

 だが、今日は違った。かすかな声であったが、返答があったのだ。


「──むぅ……だ……れ、だ? おま……え……」


 まだまだ眠そうな声。しかし、その声は確かに男性のものだった。

 呆然とメリアが見詰める中、声の主と覚しき男性がベッドで上半身を起こした。

 そして身を起こした男性の向こうに、安らかな寝顔のミフィシーリア。

 幸いというかなんというか、二人は裸ではなく着衣のまま寝ていたようで、メリアが二人のあられもない姿を目にする事はなかった。


「えっ……と? そういうあなたこそ……誰?」


 男は大きな欠伸をしながらちらりとメリアへ視線を向けると、その顔に何やら面白そうな玩具を見つけた子供のような笑みを浮かべた。


「俺か? 俺は……まあ、一言で言ってしまうと……不法侵入者って奴?」


 確かに嘘は言っていない。彼は夕べ、この部屋の主であるミフィシーリアの許可を得ることなく部屋に侵入したのだから、不法侵入者と呼べなくもない。

 だが、メリアは不法侵入者という言葉を聞くと同時に、寝室の扉のところで素早く身を翻し、自分の部屋として割り当てられた侍女の控え室に駆け込む。

 そして次に彼女が寝室に姿を現した時、その手には小さいながらも剣呑そうなメイスが握られていた。

 このメイスは王都へと出立する際、メリアの母のシリアが彼女にミフィシーリアを守るために使えと渡したものだ。これなら剣や短剣と違い、特別な技量も必要なく振り回すだけで相手に大きなダメージを与えられるから、と。

 そして、このメイスをふるうはまさに今、とばかりにメリアは母から託された獲物を振りかざす。


「この不埒者っ!! うちのお嬢様に何をしたっ!?」


 メリアは叫びながらメイスを両手で持って振り上げ、いまだにベッドで上半身を起こした状態の男に殴りかかる。

 だが、男はベッドに腰を下ろしたまま、片手でメリアのメイスを易々と受け止めた。


「おいおい、こんなもの振り回しちゃ危ないぞ? 下手するとこいつがミフィの頭に当たっちまうだろう」

「黙れっ!! 不法侵入者の分際でっ!! 気安くお嬢様を愛称で呼ぶなっ!!」

「でも、本人に呼んでいいって言われたぞ?」

「えっ!?」


 メリアは間近に迫った男の顔をまじまじと見る。

 明るい茶髪に黒い瞳。その面立ちは昨日この部屋を訪れて思わぬ大騒ぎをしたアーシア姫と似通った部分が多々見受けられる。

 ここに至り、メリアの脳裏に目の前の男の正体が閃いた。


「あ、あのー、もしかしてもしかすると……国王陛下であらせられたり……します?」

「おう。あらせられたりするぞ」


 してやったりとばかりににやりと笑う男。いや、国王陛下。

 メリアは手にしていたメイスを放り投げ、その場で平伏する。

 放り出されたメイスがベッド脇のテーブルに当たり嫌な音を立てたが、メリアはそれどころではなかった。


「も、申し訳ありません! へ、陛下とは知らずご無礼な振る舞いを──っ!!」

「あー、気にすんな。わざと誤解されるような言い方をしたのは俺だしな。それより──」


 ユイシークはちらりと後ろを振り返る。


「これだけ騒いでもまだ起きないのか、こいつは……」

「は、はあ……お嬢様は朝が弱いので……」


 呆れた視線を二つ受けながら。

 ミフィシーリアは実に幸せそうに眠りこけていた。



「本当に申し訳ございませんでした!」


 目覚めたミフィシーリアはメリアから事の顛末を聞き、真っ青になってユイシークに謝罪した。

 メリアの仕出かした事は斬首ものの不敬罪にあたる。いくらメリアがユイシークの事を知らなかったとはいえ、それは理由にならない。

 そして使用人の罪は主の罪。だからミフィシーリアは目覚めてすぐに彼に謝罪したのだ。


「だから気にしなくていいって。口うるさい貴族どもに知られたならともかく、ここには俺たちしかいなかったわけだしな。そもそも、おまえの侍女をからかった俺が悪いんだし」


 そう言ってからからと笑い飛ばすユイシーク。だが、ミフィシーリアの顔から申し訳なさそうな表情が消える事はなかった。

 それを見たユイシークは、若干眉を寄せるとテーブルの上の籠に盛られていたパンを一つ手にとり、そのままぱくりと齧り付いた。


「もういいって言ってるだろ? そんな顔されたままだと、朝メシが不味くなっちまう。だからやめろ」


 ユイシークはミフィシーリアの部屋である第六の間で、彼女たちと一緒に朝食を摂っていた。

 ミフィシーリアが目覚め、着替えなどの身支度を済ませた後、ユイシークはなぜかここで一緒に朝食を摂ろうと言い出した。

 もちろん、ミフィシーリアにそれを拒む事ができるわけもなく、そのまま彼と一緒に朝食を摂る事になった。

 第六の間のテーブルに差し向かいで座り、指でパンを小さく千切っては口に運ぶミフィシーリア。

 彼女の目の前では今、この国の最高権力者がパンやサラダ、スープなどを実に美味しそうに食べている。

 その食べ方は作法といったものに捕らわれない自由なもの。それを見たミフィシーリアは、彼が夕べ自身が言っていた通り、貴族の作法や礼儀といったものとは無縁だという事を改めて実感した。

 だが、そんな自由な食べ方が目の前の青年には実に似合っていた。そしてそんな青年とこうして差し向かいで食事をしている事に、彼女はくすぐったいような妙な感覚を自覚していた。

 ユイシークを見詰めるミフィシーリアの顔に、いつしか微笑みが浮かぶ。それを知ってか知らずか、ユイシークは空になった紅茶のカップを無言でメリアに向かって差し出す。

 そして壁際で控えていたメリアがそれに応じ、彼のカップを満たすために動き出す。いつもならミフィシーリアと一緒のテーブルで食事をするメリアだが、さすがに国王の前でそうする事はできなくて給仕に専念していた。



 やがて食事を終えた二人は立ち上がる。ユイシークは政務のために。そしてミフィシーリアは政務に赴くユイシークを見送るために。


「じゃあな。夕べは変な訪問の仕方をして悪かったな」

「本当です。今度からは忍び込んだりせずに、堂々といらしてください」

「ああ、そうするよ」


 そしてユイシークが第六の間を後にし、残ったミフィシーリアが部屋の奥へと振り向いた時、それはそこにいた。

 瞳にきらきらとした輝きを浮かべ、口角をキュッと釣り上げて。

 それを見たミフィシーリアは思わずどきりとし、次いで覚悟を決めた。

 それはある意味、夕べのユイシークよりも手強い存在といえるのだから。



 第六の間を後にしたユイシークは、一旦自室へと戻るべく廊下を歩いていた。

 今、彼が身に纏っているのは昨夜第六の間を訪れた時の暗殺者もどきの黒装束。いくらユイシークでもこのまま政務を執るわけにはいかず、一度自室に戻って着替えるつもりなのだ。

 そして自室に到着し、扉を開けようとした時。部屋の中にある気配に気づいた。

 だが、ユイシークは何事もなかったかのように扉を開く。なぜなら。


「こんな時間にどこへ行っていたの? それにその格好はなに?」


 中から漂う気配は彼がよく知っているものだったから。

 ユイシークの部屋の中央で、リーナが黒装束の彼を面白そうに見詰めながら腕を組んで立っていた。


「さては夕べ、あののところに行ったのね?」

「ご明察。よく判ったな、リィ」

「そりゃあね。あなたの考えている事が判らなくちゃ、『国王の外付良心』なんて呼ばれないでしょう? それで、早速抱いたの?」

「いいや、夕べはそのつもりじゃなかったからな。ちょっとからかいに行ったのさ」


 ユイシークは夕べのあらましと、正妃になれと言ったが断られた事をリーナに告げた。


「本当にあの娘、正妃になるのを断ったの?」

「ああ。きれいにすっぱり、即断で断られた」

「信じられないわね」

「だろ? 面白い奴だと思わないか?」


 くくく、とどこか邪悪そうに笑うユイシークを、リーナは呆れたように見詰める。

 きっとユイシークは、今後もしつこく彼女に正妃になれと迫り続けるつもりなのだろう。

 だめだと言われると、余計にその事に傾注する性なのだ。この男は。

 その事をよく知っているリーナは、ちょっとだけミフィシーリアに同情した。


「そういや、聞いたぞ」

「何を?」

「おまえ、あいつに色々な事を吹き込んだだろう」

「え……そ、それは……」


 思わず数歩後ずさるリーナを、ユイシークはいつもの悪戯小僧のような笑顔を浮かべて追い詰める。


「おまえにはお仕置きが必要そうだな」


 と、ユイシークはリーナを身体を軽く付き倒す。

 軽くとはいえ、人体の倒れやすい箇所を的確に押されたリーナは、そのまま背後に倒れ込む。

 この部屋にある大きなベッドの上に。

 彼の言う「お仕置き」が何なのか悟ったリーナは、慌てて身を起こそうとするが、既にユイシークは彼女にのしかかっていた。


「ちょ、ちょっと、こんな朝っぱらからなにするつもり? 政務はどうするの?」

「なに、少しぐらい政務が始まるのが遅くなっても困るのはケイルぐらいだ。だから問題なし!」

「も、問題あるわよ!」


 必死に抗うリーナだったが、その抵抗は虚しくユイシークは彼女の衣服をはぎ取り始めた。



「では、夕べは本当に何もなかったのですか?」


 ユイシークとミフィシーリアの間に夕べ何があったのか。

 メリアは期待に胸を膨らませてミフィシーリアを問い詰めた。

 しかし、メリアが期待するような事は一切なかったと知り、彼女の眼から先程のようなきらきらした輝きは失せ、かわりに明かな失望が浮かんでいた。


「え、ええ。夕べは二人で色々とお互いの事を話していて……そのままいつの間にか眠ってしまったの」

「そうですか……残念だなぁ。ようやくお嬢様が大人の階段を登ったと思ったのに……」

「お、大人の階段……」

「そうですよ。もしそうなら昨日の料理長さんにお願いして、今日は御馳走を作ってもらうところだったのになー」

「や、やめてメリア! も、もしシーク様とそうなったとしても、そんな事他の人に話さないでっ!!」

「あれー? もう陛下の事、愛称で呼んでいるんですねぇ?」

「だ、だって……し、シーク様がそう呼べと……」


 結局昨夜は二人の間に何もなかったと知っても、メリアの追求はなかなか緩む事はなかった。



 今、ユイシークの執務室には重い沈黙が降りていた。


「なあ……やっぱりおまえ、馬鹿だろう」

「ああ。馬鹿だな。間違いない」


 ジェイクやケイルからそう言われても、何も言い返せないユイシークは不機嫌な顔で執務机の椅子に腰を下ろしていた。


「リーナの足腰立たなくさせてどうすンだよ? もう少し後先考えたらどうだ?」

「リーナが使い物にならなくなって、一番困るのはおまえだろう? どうしてそれが判らない?」


 ユイシークがリーナに施した『お仕置き』が少々激しすぎたらしく、現在リーナはベッドから起き上がれないでいた。

 ユイシークの執務の補佐をするリーナがそんな状態では、彼の執務に滞りが発生しかねない。

 その事をジェイクとケイルはユイシークを窘めていたのだ。


「あー、それなんだけどな、俺の補佐はケイルが……」

「断わる。私には宰相閣下の補佐がある。おまえの手伝いまで手は回らん」

「じゃー、ジェイク……」

「馬鹿言うな。俺にも近衛たちや一般兵に稽古つけにゃならンのだ。そもそも、俺にデスクワークを求めるなっつーの」

「ぐぅ……」


 二人から執務の手伝いをすっぱりと断られ、ずるずると椅子の上で姿勢を崩すユイシーク。

 彼の裁可を必要とする書類が何枚も彼の執務机の上に積み上げられているが、量自体はほぼいつも通り。

 だが、いつもならこの書類を事前にリーナが目を通し、急を要するものとそうでないものを振り分けるのだが、そのリーナがいないのでは、ユイシーク自身が書類の分別から行わなければならなくなる。

 これでは仕事量はいつもと一緒でも、かかる時間は倍以上になる。

 無くして判るありがたさ。というわけでもないが、リーナの存在の重要性とその能力の高さを改めて認識するユイシーク。

 さて、どうしたものか、とユイシークは天井を見上げながら考える。

 そんな彼の頭の中で一つの記憶が甦り、ユイシークは勢いよく立ち上がった。

 何事かとジェイクとケイルが見詰める中、ユイシークはにやりと笑う。


「いるぜ。リーナの穴を埋められそうな奴に心当たりがある」


 それを耳にしたジェイクとケイルは、互いに顔を見合わせて首を傾げるばかりだった。



 『辺境令嬢』更新しました。


 今回は一夜明けた朝の、二人のほのぼのとしたものが書きたかったわけですが……果たして上手く書けたでしょうか。


 後半は何というか、リーナの受難?


 さて、次回の話ではまたちょこっと『魔獣使い』とクロスオーバーしようかと考えています。


 では、今後もよろしくお願いします。

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