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辺境令嬢輿入物語  作者: ムク文鳥
王都編
12/74

04-第六の間にて

 よく掃除の行き届いた廊下を、ミフィシーリアはメリアを伴ってリーナの後を歩く。

 足元は綺麗に磨かれた石の上に絨毯が敷かれている。その絨毯の長い毛足が、歩く彼女たちの足音を吸収する。

 三人は幾つもの扉を通り過ぎて行く。

 途中、ミフィシーリアはそれらの扉に彫刻された模様の中に、図案化された数字がある事に気づいた。

 おそらく、その数字がそれぞれの側妃たちの暮らす部屋の番号なのだろう。

 リーナはミフィシーリアが入る部屋の事を「第六の間」と呼んでいた。

 ミフィシーリアはきっと自分が入る部屋の扉には、「6」という数字が図案化されているのだろうと推測する。

 やがてリーナが一つの扉の前で足を止めた。

 同じように足を止めたミフィシーリアたちに、リーナはにこりと微笑んで告げた。


「ようこそ、ミフィシーリア・アマロー様。ここがこれからあなたが暮らす第六の間よ」


 リーナが示す扉には、やはりミフィシーリアの予測通り「6」という数字があった。



 これから暮らす己の部屋に足を踏み入れたミフィシーリア。と、彼女に続いて部屋に入ったメリアは、その部屋の広さに驚いた。

 故郷であるアマロー男爵領にあるアマロー家の館。その館の居間ほどの広さの部屋が、扉の向こうに存在した。

 部屋の中にはテーブルや、ソファー、暖炉といった一通りの家具。足元には廊下よりも複雑な模様が織り込まれた絨毯。そしてその部屋には手前に二つ、奥に二つ、全部で四つの扉が存在した。

 その二つの扉の内、手前にある二つの扉を指差しながら、リーナが説明を加える。


「手前の右側の扉は侍女の……えっと、メリアだったかしら? あなたたち侍女の控えの間に続いていて、二人までならそこで寝起きできるようになっているわ。左側の向こうは洗面所とお手洗いよ」


 そして、と前置きして更に説明は続く。


「奥の扉の右側は寝室ね。残る左側は浴室。一応この部屋に浴室はあるわけだけど、それ以外にも陛下と側妃専用の大浴場があるから、よければそちらを利用しても構わないわよ? 私は部屋の浴室よりも、大浴場の方が広くて気持ちいいからよくそちらを利用するけど。ああ、そうそう、メリアのお風呂は悪いけど使用人共同のものを使ってね」

「あ、はい、了解しました!」


 そう言われたメリアは頷きながらも、とある事実に気づく。

 先程から自分たちを案内してくれ、今も細かく説明してくれる目の前のリーナという名の女性。

 メリアはこれまでの会話の内容からひょっとしてとは思っていたが、どうやらこの女性も側妃の一人だと思って間違いないと確信した。

 その事実に驚くも、何とか顔に出さないように努めるメリア。

 しかし、新しく入った側妃の案内人を、先輩の側妃が務めるという話は聞いた事がない。

 普通なら新しく現われた敵ともいうべき存在に、このように懇切丁寧に案内をしてくれるものだろうか。

 表面的には大人しく、だが内面では大いに訝しみながら話を聞くメリア。そんなメリアの心境をよそに、リーナの説明は続いた。


「後、今日のこれからの予定だけど、宮殿医師の診察を受けて貰います」

「宮殿医師の診察……ですか?」

「お嬢様は別に病気も怪我もありませんけど?」


 リーナに対する疑惑が残るメリアの台詞には、若干の刺のようなものが含まれた。

 その事に気づかないリーナではないが、敢えてそれを無視してメリアの質問に答える。


「一応、これは全ての側妃の義務みたいなものだから我慢して貰えるかしら? それに自分でも気づかない病気って以外にあるのよ?」

「なるほど。もしも、私に自分でも気づかない病気があって、その病気が他の側妃様や陛下に移りでもしたら大変だ、という事ですね?」

「ふふ、理解が早くて助かるわ。要はそういう事よ」


 リーナが付け加えた説明によると、側妃たちは定期的に宮殿医師の診察を受けているという。

 この定期的な診察は、側妃たちの健康を維持するのはもちろんだが、その主な目的は懐妊の発見である。

 側妃たちの第一の役目は、次の王となるべき者を産む事であるのは言うまでもない。それ故に側妃の懐妊の早期発見のため、定期的な診察が行われているのだという。

 もっとも、今のところ懐妊の兆しを見せている側妃はいないそうなのだが。


「大まかな説明はこんなところかしら。後、あなたの正式なお披露目は後日行われるわ。それまでに色々と準備があるからちょっと忙しくなるわよ。いつお披露目が行われるのかは、正式な日取りが決まり次第伝えるわね。それから……」


 リーナの視線がちらりとメリアを捉える。


「実家から連れて来た侍女は彼女だけみたいだけど……もし、もっと人手が必要なら言ってね。私の方から手配するから。それから専属の護衛とかも必要かしら?」

「いいえ。侍女はメリアがいれば十分です。護衛も必要ありません」


 ミフィシーリアの答えに、リーナの表情が若干曇る。


「メリアだけではいけませんか?」


 リーナの感情の変化を敏感に感じ取ったミフィシーリアは、彼女には珍しく険のある口調で問い返す。


「いいえ、別に彼女だけでも構わないけど……まあ、いいわ。後からでも必要だと感じたらそう言ってね」


 そしてリーナはどうぞごゆっくり、と告げるとその場で一礼。ミフィシーリアたち主従もそれに返礼する。

 ミフィシーリアが視線を戻した時、リーナはすでに身を翻して出入り口の扉へと向かっている。

 だが、その彼女の足がふと止まり、再びミフィシーリアたちへと向き直った。


「私とした事が、大切な事を伝え忘れていたわ」


 リーナはぺろっと小さく舌を出すと、改めてミフィシーリアたちの元へと戻って来た。


「大切な事ですか?」

「ええ。あなたは側妃として後宮に入った。そして側妃の証でもある鍵を受け取った。でも、諸侯へのお披露目が済むまでは、あなたはまだ正式な側妃としては認められていない」


 ミフィシーリアの諸侯へのお披露目とは、いわば彼女と国王の披露宴である。それが済むまでは、この国のしきたりで側妃としては認められない。

 その事を承知しているミフィシーリアは、リーナの話に黙って首を縦に振る。


「それでもきっと、あいつはあなたに色々とちょっかいをかけてくると思うの。だから──」


 リーナがあいつと呼ぶのが誰なのか、今更聞くまでもない。

 正式な側妃となる前でも国王はきっとこの部屋を訪れる。だから失礼のないように接しろ。つまりは、国王に身体を求められればそれに応じろ、とリーナは言いたいのだろう。

 もちろん、ミフィシーリアとて側妃として後宮入りした以上、国王に身体を求められれば、それに応じる覚悟はある。後宮入りするという事は、それが主な目的なのは否めないのも事実である。

 だからミフィシーリアは、今度もリーナの言葉に黙って頷こうとした。しかし、彼女が次に告げた言葉は、ミフィシーリアがまるで予想もしない言葉だった。


「──適当に流しなさい。あいつの言う事をいちいち真剣に聞いては絶対にだめ。拒否したければ拒否してもいいわ」

「え……? それでよろしい……のですか?」


 あまりの言いようにぽかんとするミフィシーリア。彼女の後ろではメリアも似たような顔で驚いている。

 そしてリーナはまたも深々と溜め息を吐く。彼女が国王について語る際、よくそうして溜め息を吐く事にミフィシーリアは気づいていた。

 それは彼女が普段から、国王の所業に余程手を焼いているという証なのだろう。


「全然構わないわ。あいつは『面白い』が何より優先する奴よ。だから何か面白そうな事を思いつけば、それを必ず実行しようとする。そしてそれを実行するだけの行動力が無駄にあるものだから、余計に厄介なの」


 そう言い残すと、今度こそリーナは第六の間を後にした。



 リーナが去った後、ミフィシーリアとメリアは持って来た荷物の整理と第六の間の掃除に取りかかった。

 掃除の方は前もって行われていたようで、軽く掃除する程度で済んだ。

 荷物の整理も、元々持って来た荷物が少ないため、こちらも短時間で終わってしまう。

 そしてやる事を全てやり終えたミフィシーリアは、この部屋に備えつけられてお茶の葉を使用し、メリアに入れて貰ったお茶を飲み、ほうと溜め息を吐く。

 何だかんだで、やはりミフィシーリアも疲れたのだ。


「疲れましたか、お嬢様?」

「ええ。流石に疲れたわ。今日は色々あったもの……」


 国王との驚きの謁見に始まり、自分と同じ側妃であるリーナによる王宮と後宮の案内。

 そしてその途中に遭遇したアルジェーナという貴族令嬢とのちょっとした諍い。

 だが、これで今日が終わったわけではない。リーナが先程も言っていたように、宮殿医師の診察がある筈なのだ。

 宮殿医師の診察って何をするのかしら、とミフィシーリアが考えていると、扉をノックする音が響く。

 メイリアがミフィシーリアに伺うように視線を向け、それに応えてミフィシーリアが頷く。

 それを確認したメリアが扉まで移動して、外にいる者に何者かと誰何の声をかけた。

 そしてそれに応える年若い男性の声。


「ミフィシーリア様の診察に窺った宮殿医師です」


 宮殿医師と聞いてもっと年を取った人物を想像していたメリアは、思いの外年若い声に軽く驚きつつ扉を開く。

 そして開けられた扉の前には、ミフィシーリアと同年代と思しき少年が大きな黒い鞄を抱えて立っていた。



 ノックをし、中から入出の許可を得ると、リーナは扉を開いて入室する。

 扉の奥は大きな部屋。その部屋の中央に十人は余裕で座れる大きな長方形のテーブル。

 そしてそのテーブルには数人の女性が座っていた。

 リーナはその顔ぶれを確認し、空いていた席の一つに腰を慣れた様子で腰を下ろす。


「どうでしたか? ミフィシーリアさんの様子は」


 テーブルの上座のすぐ右に座っている──上座は空席──、二十代後半に見える明るい茶髪の女性が腰を下ろしたリーナに尋ねた。


「さすがにあいつとの初対面は戸惑っていましたよ。まあ、謁見と言われて赴いたのに、あんな悪戯をしかけられたんですから、当然といえば当然ですね」


 リーナの答えに、その場に居合わせた数人の女性がクスクスと笑う。


「相変わらずですわねぇ、シークさんも」


 豪奢な金髪の女性が実に慈愛に満ちた顔で、そうじゃなければシークさんじゃありませんが、と続けた。


「ねぇ、ママー。いつになったらミフィに会いに行ってもいいの?」

「今日は我慢しなさいコトリ。ミフィシーリア嬢もきっと疲れているでしょうから。もう少しして、彼女の疲れが取れた頃に会いに行くといいですよ」

「あ、そうか。ミフィも遠くから王都まで来て疲れているもんね。うん、判ったよママ」


 コトリは自分の隣に座り、ママと呼んだ黒髪の女性に嬉しそうに甘える。

 そんな二人の遣り取りを、この場の全員は微笑ましげに見守っていた。


「それで、ミフィシーリアさんは今日の食事はどうされると? こちらに食べに来るのですか?」

「いえ、先程部屋に案内した際に聞きましたら、部屋で食べたいとの事でした。ですから……」

「ええ、承知しました。準備しておきます」


 リーナの返答に、先程の上座の右に座っていた女性がにこやかに答える。


「それでは、彼女を歓迎する意味も含めて、腕を揮って美味しいものを準備するとしましょう」


 この時、その女性が自分の正面に座っている、自分と良く似た髪色の女性が何やらそわそわしている事に気づいた。


「どうしたの? 何かあった?」

「え、う、ううん、な、何でもないよ!」


 慌てて手と首をぶんぶんと振るその女性。


「そう? それならいいのだけど」


 そう返答した女性ににっこりと笑いつつ、先程からどこか落ち着きのない女性は、誰にも聞こえない声でぽつりと呟いた。


「……ねぇ、シィくん……ボク、本当にそんな酷い事しなくちゃいけないの……?」



 『辺境令嬢』更新。


 ようやく主要人物が出揃いました。とはいっても、今回ちょろっとしか出ていない人も三人ほどいますが。まあ、名前だけは前からちらちら出てましたけど。

 あ、まだ宰相閣下と将軍閣下は名前が出ただけで実際には出てないや。


 それでは今後もよろしくお付き合い願います。

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