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辺境令嬢輿入物語  作者: ムク文鳥
王都編
11/74

03-後宮への第一歩

「何事ですか?」


 リーナとアルジェーナの間の一触即発の空気を、吹き込んだ爽やかな一陣の風が吹き飛ばす。

 皆の視線が声の方へと向かえば、その先には一人の騎士の姿。

 男性にしてはやや小柄で線も細くすらりとした身体つきだが、小柄なミフィシーリアと比べれば頭一つは背が高いだろう。年齢は二十歳前後に見える。

 襟元できっちりと切り揃えられた黒髪は絹糸のような光沢を有し、その髪と同色の瞳は優しげに輝いている。

 まるで絵物語から抜け出した主役のような、男性とは思えない優しげで美しい容貌の青年。現にこの騎士が現われた瞬間、アルジェーナの背後に控えていた侍女たちの間から黄色い声が幾つも上がった。

 騎士の制服を身に着け腰には長剣。そして胸元には隊長の地位を示す階級章。その背後には部下らしき数人の女性騎士の姿があった。


「……マイリー様……」


 アルジェーナが忌々しげに呟く。どうやらそれが現われた騎士の名前らしい。

 メリアなどは、マイリーの美しい姿にすっかり見蕩れている。

 そしてマイリーは、そのままミフィシーリアたちの傍まで来ると、無言でアルジェーナの前にたち、失礼しますと一言断りを入れ彼女のドレスに付いた芝の葉などを優しく取り払う。


「あ、ありがとうございます、マイリー様」

「それで何事ですか、アルジェーナ嬢? あなたとリーナ嬢が何やら揉めていたと部下から報告がありましたが?」

「い、いえ、何でもありませんわ。では、皆さん、ご機嫌よう」


 慌てたように挨拶を残すと、アルジェーナは侍女たちを引き連れて庭園を後にする。

 その際、リーナやミフィシーリアを鋭い目つきで一睨みするのを忘れなかった。

 それを目にしたメリアはうんざりとする。

 どうやらあのアルジェーナという令嬢は側妃ではないようだが、それでもミフィシーリアにあそこまでの敵意を露にした。

 そうすると、同じ立場になる他の側妃たちは、どれ程の敵意をミフィシーリアに向てくるというのだろう。そう考えるだけでもメリアの気分は重くなる。


(……だけど、私がお嬢様を守らなきゃ!)


 と、メリアは人知れず改めて決意した。



「あまり無茶な事しないでください、リィ」

「あら、最初に無茶な事をしたのは向こうよ、マリィ」


 リーナの前に立ったマイリーは、苦笑を浮かべながら肩を竦める。

 互いに愛称で呼び合うこの二人は、かなり仲が良さそうだとミフィシーリアが思っていると、そのマイリーの眼が自分に向いている事にようやく気づいた。


「ひょっとして、こちらのご令嬢が?」

「そう。こちらがミフィシーリア・アマロー嬢。今日から第六の間に入る方よ」


 リーナと言葉を交わしたマイリーは、ミフィシーリアの前に来るとすっと一礼する。


「お初にお目にかかります、ミフィシーリア嬢。私は後宮騎士隊の隊長を務めておりますマイリー・カークライトと申します。どうぞ、よろしく」

「は、はい、こちらこそ、よろしくお願い致します」


 慌てて頭を下げたミフィシーリアだが、今、目の前の騎士が名乗ったカークライトという家名に聞き覚えがあった。


「カークライト……? それではあなたは……」

「はい。現在この国の軍部を統括しているカークライト将軍は私の父です」


 御三家の一つ、カークライト侯爵家。

 クラークス侯爵家と同じく、『解放戦争』の初期からユイシークに協力してきた貴族であり、先程マイリーが言った通りカークライト侯爵は軍部を統括している。

 マイリーが現在、後宮騎士隊の隊長を務めているという重職にあるという事は、この騎士もまたジェイクやケイルと同様に、『解放戦争』の時からユイシークと共に戦場を駆け抜けて来たのだろう。

 今話に出た後宮騎士隊とは、後宮の警備警護を主任務とする騎士隊である。

 その編成は後宮という場所の警備警護から、主に女性の騎士で編成されている。騎士を目指す少女たちにとって、後宮騎士隊は憧れの部隊であるともいえるのだ。

 かつてのカノルドス王国では、女性が騎士に叙勲されるような事は有り得なかった。

 だが新体制となった今では、男だろうが女だろうが貴族だろうが平民だろうが実力があればどんな役職にでも就く事ができるようになった。

 これもまた、現国王が国民から支持されている理由の一つである。


「鍵は受け取りましたか?」


 マイリーはミフィシーリアににこりと微笑むとそう口にした。

 先程見た国王のどこか悪戯小僧のような笑みとはかなり違うなぁ、と何気に無礼な事をこっそりと思いつつ、ミフィシーリアは先程リーナから手渡された鍵を取り出すとマイリーに見せた。


「できればその子は肌身離さず持っていてあげてください。そうすればきっとその子は、あなたの想いに応えてくれるでしょう」

「は? それはどういう意味でしょうか?」


 だがマイリーはミフィシーリアの問いには答えず、爽やかな微笑みを浮かべるだけ。


「それでは、私はまだ仕事中ですので。後程、またお会いしましょう」


 そう言い残し、マイリーは部下の女性騎士を連れて踵を返した。

 去って行くマイリーの背中に、ミフィシーリアはぺこりと一礼すると、リーアへ振り返る。丁度彼女は制服の襟元を正しているところだった。

 そしてミフィシーリアは思い出す。先程、リーアがアルジェーナに『犬姫』と呼ばれていた事を。彼女の首に奴隷の首輪が存在した事を。


「ごめんなさい。驚かせたかしら?」


 リーナは正した制服の首もとを押さえながら尋ねる。


「は、はい。確かに驚きましたが……」

「ふふ。正直ね。でも好きよ、そういう正直なのは。確かに私は陛下の奴隷だった。一応、今では奴隷からは解放されてカーリオン伯爵家の養女となっているけどね」


 と、リーナは再び襟元を緩めて首輪を露出させる。そしてくるりと背中を向け、波打つ亜麻色の髪を掻き上げてうなじをミフィシーリアに見せた。

 先程同様、ミフィシーリアには黒い首輪が見えた。しかし、彼女の首輪には鍵がついていなかった。

 普通、奴隷の首輪には鍵がつく。奴隷が勝手に首輪を外して逃亡しないために。

 その鍵がないという事は、彼女は自分の意志で首輪を外す事ができるという事。即ち、リーナは奴隷ではないが、敢えてその首輪を身に付けているという事になる。


「この首輪はあいつから初めて贈られたもの……例えそれが奴隷の首輪だったとしても、私は絶対に手放さない。だってこれもあいつとの絆の一つだもの」


 そう語るリーナの表情は甘く蕩け、まるで恋する少女そのもの。


「私にはね、弟がいるの。たった一人の肉親の弟が。でも、その弟は病気だった。いつまで生きられるか判らない死の病……。私は弟の病を癒してもらうため、陛下の奴隷になったのよ。そしてこの王宮で、一番下の下働きとして働き始めた……犬人族コボルトたちと一緒に寝起きしながらね。だから人によっては私を『犬姫』なんて呼ぶわ」


 そうリーナは微笑みながら語る。その微笑みが向けられているのは、今話に出てきた彼女の弟か。それとも恩人にして愛しき国王か。


「当時の私たちは孤児だった。お金どころか何も持っていなかった。弟の治療の引き換えに差し出せるものといえば私自身しかなかった。だから奴隷になるぐらいは最初から覚悟していたわ」


 リーナが語るうちに、その顔に浮かぶものが微笑みから別のものに変わっていくのをミフィシーリアは目の当たりにする。

 今、リーナの顔に浮かぶのは、明らかな怒りだった。


「でもあの鬼畜ときたら、私を奴隷にするだけじゃ飽き足らず、その場で裸になれって言ったのよ? それも公衆の面前で!」


 リーナが国王となったユイシークに弟の治療を直訴したのは、ユイシークが国王となり、その姿を国民に知らしめるため、王都を馬車で移動中の時だった。

 当然、周囲には新たな王を一目見ようと大勢の人々が集まっていた。そんな中、王に弟の治療を願ったリーナは、その代償として奴隷となり、同時にその場で裸になれと命じられたのだ。


「そ、それで……その、リーナ様は……」

「ええ。裸になったわよっ!! 公衆の面前で全部脱いだわっ!! そりゃあもう、王都中の人に裸を見られたわよっ!!」


 顔を赤く染めた二人の会話。

 一人は羞恥で、もう一人は怒りで顔を赤くするという違いはあったが。


「そりゃあね、あんな公衆の面前であいつに直訴した私が悪かったのかもしれないけど!」


 リーナも今では知っている。なぜユイシークがあの時、あのような過酷な条件を出したのかを。

 もちろん、単なる好色さから出した条件ではない。然るべき理由があって出された条件だったのだが、その条件を出したのがユイシークである以上、単なる嫌がらせか悪戯ではないかとも思えてしまうリーナだった。

 ユイシークが過酷な条件を出した理由。それはいたずらに前例を作らないためだった。

 新しく国王となった青年が、孤児である姉弟を助ける。それはそれで美談として語り継がれるだろうが、それだけで終わらないのは目に見えている。

 ユイシークは国王となった。今までは単なる反乱軍のリーダーだったが、これからはそれでは済まされない。

 国王となったからには様々な執務が待ち受けている。そしてその量は膨大だ。

 それなのに、ユイシークが国民を癒したという前例を作れば、癒しを願う者は後を断たなくなるだろう。

 そして一人を癒した以上、それ以外の癒しを断わる事は王としての信用を失う事に繋がる。

 あいつは癒したのに、どうして俺は癒してくれないのか。癒しを願う国民からすれば、そう思ってしまうのは当然だろう。

 そしてユイシークが国民を癒せば癒す程、王としての執務が滞る。

 だから、ユイシークはリーナに過酷な条件を出した。

 奴隷に落ちてまで癒しを願うのか。公衆の面前で肌を晒してまで弟を助けたいのか。

 果してリーナにそれだけの覚悟があるのかを、ユイシークはあの時試したのだ。


「どんな事でもするから癒してくれ」


 そう言う者をユイシークは何人も見てきた。だが実際には、過酷な条件を出されれば尻込みする者が殆どだった。

 だが、リーナは違った。ユイシークの出した過酷な条件を全て飲んでまで弟の癒しを願った。

 だからユイシークはリーナたち姉弟に救いの手を差し伸べた。

 リーナの覚悟が本物だったから。彼女の弟に対する愛情が本物だったから。

 実を言えば、今でもこっそりとユイシークは国民の癒しの願いに応じている。

 だけどそれは本当に癒しを必要とする者にだけ。

 様々な者を使い、本当に癒しを必要としている者をこっそりと王城に呼び、癒しを施しているのだ。

 ユイシークでなくても癒せるほどのものなら、従兄妹であるアーシアに任せる事もある。

 そして、誰に癒されたのかを誰にも明かさない事を、癒しを施す条件の一つとして付け加えて。

 リーナと同等の覚悟を持つ者を、新しき国王は決して見捨てはしないのだ。



「ごめんなさいね。結構な道草になっちゃったわ」


 そう詫びると、リーナは改めてミシフィーリアたちを案内した。

 先程の庭園は王城の中央に位置するらしく、その庭園をぐるりと回った先に、これからミフィシーリアが暮らす事となる後宮があった。

 リーナに従い歩く事しばし。ついにミフィシーリアの前に後宮へと繋がる扉が現われた。

 扉の両脇に立つ女性騎士──後宮騎士と思われる──が、リーナに気づき敬礼する。

 騎士たちに鷹揚に頷いたリーナが目配せすると、騎士の一人が扉を押し開いた。

 開いた扉の先には、彫刻の施された柱が何本も並ぶ長い廊下。

 その廊下へと、ミフィシーリアはリーナに続いて足を踏み入れた。

 そう。

 この瞬間から、ミフィシーリアの側妃としての、後宮での暮らしが始まるのだ。


 『辺境令嬢』更新しました。


 おかげ様をもちまして、お気に入り登録が100件を超えました。これも全てはここに来てくださる皆さんのお陰です。


 今後もがんばりますので、末永くお付き合い願います。


 よろしくお願いします。

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