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辺境令嬢輿入物語  作者: ムク文鳥
王都編
10/74

02-犬姫

 リーナに案内され、ミフィシーリアは王宮の廊下を歩く。向かう先は後宮でミフィシーリアに与えられた第六の間である。

 途中、昨夜泊まった客間に立ち寄りメリアと合流、荷物を持った彼女が静かにミフィシーリアの後ろを着いていく。

 荷物を持ったメリアの姿を見たリーナが、その少なさに少々驚いた様子だったが。

 複雑な構造の王宮は、ミフィシーリアやメリアからすれば迷路同然で、とても一度で覚えられるようなものではなく、表には出さないもののミフィシーリアもメリアも必死にリーナの後を追う。

 きっと今、彼女とはぐれたら迷子になるのは確実なのだから。

 そして同時に脳裏を掠めるのは、先程の一幕。

 自分の数歩先を歩くこの女性はれっきとした側妃の一人であり、更に宰相補兼侍従長という要職に就いていると言っていた。

 だが、例え国の要人の一人であり、側妃の一人であっても、一国の国王を殴って許されるのだろうか。いや、そもそも側妃という立場でありながら、要職にあるというのもいかがなものか。

 正妃や側妃の第一の仕事と言えば、当然子供を産む事である。

 王の世継ぎが生まれる確率を上げるために、後宮という場所は存在するのだから。

 だから普通、側妃は後宮から出る事はない。正妃ともなれば様々な行事に出席する必要もあるだろうが、側妃にはそのような義務はない。

 それにどこにどのような危険が潜んでいるのか判らない、という事実もある。

 王の寵愛を受ければ当然、他の側妃たちからは妬みを買う。そうなると、最悪の場合暗殺という手段が用いられる可能性だってあるのだ。

 だから側妃たちは後宮から出ることはなく、出たとしても侍女や護衛の兵を引き連れて出る。

 だがこのリーナという側妃は、護衛どころか侍女の一人も連れず、あまつさえ公職にまで就いているというのだ。さすがにこれは非常識過ぎないだろうか。

 その事実にミフィシーリアは知らず眉間に皺を寄せてしまう。そんな彼女の様子に気づいたのか、前を歩くリーナが振り向いた。


「どうしたの? ここのところ、皺寄ってるわよ?」


 と、リーナは自分の眉間を指差しながら問う。


「あの……よろしかったのですか?」

「え? 何が?」

「そ、その……国王陛下を殴ってしまわれて……」

「はぁっ? 国王陛下を殴ったっ!?」


 ミフィシーリアの後ろを歩くメリアが思わず驚きの声を上げるが、リーナはそれを一切気にせずに深々と溜め息を零す。


「私が王宮の中で何て呼ばれているか知ってる?」


 いきなり見当違いな問いかけに、ただただ黙って首を横に振るミフィシーリア。


「『国王の外付け良心』……私の事を王宮の人たちはそう呼ぶのよ。甚だ不本意だけど」


 リーナが言うには、何かにつけて暴走する国王を彼女が奔走しながらが諫めるのが、いつの間にかこの王宮では当たり前の光景になってしまったそうだ。

 そして付いた呼び名が『国王の外付け良心』。確かにリーナにとっては不本意な呼び名だろう。


「だから、私があいつの暴走を止める際、多少行き過ぎな行為をしても誰も……宰相閣下や将軍閣下でさえ文句は言わないわ。もちろん、当のあいつも承知している事よ」


 国王陛下を平然とあいつと呼び、見下すような態度のリーナ。だが、彼女の瞳の中には確かな信頼と深い情愛が見て取れた。


「リーナ様は……リーナ様は、陛下の事を愛していらっしゃるのですね……」


 思わず零れ出たミフィシーリアの言葉に、リーナは一瞬驚いた表情を浮かべると、すぐにそれを引っ込めて苦笑を浮かべる。


「もちろん、私はあいつを愛しているわ。だけどそれは私だけじゃない。今、後宮にいる側妃たちは皆、あいつを心の底から愛しているのよ」


 照れる様子もなく平然とそう言ってのけたリーナ。そこまで彼女にそう言わしめる国王に、ミフィシーリアは改めて興味を抱いた。



「あー、くそ。リィの奴、思いっきり殴りやがって……」


 床に直接座り込み、頭頂部をひとしきり撫でながら、ユイシークはぶつぶつと不満を呟く。

 そしてひょいっと立ち上がると、いまだに玉座にあったべあーくんⅢ世を無造作に放り投げ、どかりと玉座に腰を下ろした。


「驚いていたかな、あいつ……ま、驚いたなら成功だな」


 玉座のひじ掛けに頬杖を突き、そう一人呟いた時。不意に彼の正面の大扉が開いた。

 開いた扉の向こうに立っていたのは一人の男性。それはユイシークがとても良く知っている人物。

 その人物は無造作に玉座に座るユイシークに近づくと、跪く事さえせずに彼に話しかける。まるで気心の知れた友人に対するかのように。


「よう、シーク。どうだった、アマローのご令嬢は? 対面したんだろ?」

「珍しいな、ジェイク。おまえが俺と側妃との対面を気にするなんてよ?」


 国王とその国王を守る近衛隊の隊長。二人は互いの立場を弁える事なく、旧知の知人にするかのような挨拶を交わす。


「そりゃあ、気になるぜ。もしおまえがあのお嬢さんを側妃にと言い出さなかったら、俺が嫁に貰ってたところだからな」

「なんだ、ジェイク? おまえ、あの娘に惚れたのか?」

「んー、別にそういうわけじゃねぇんだけどよ。気に入ったのは確かだ。なんせあんなご令嬢はこれまで見たことねぇからなぁ」


 あっけらからんとそう言ったジェイクは、にやりとした笑みを浮かべた。

 あの令嬢は領民のためなら、自分が奴隷となる事をいとも容易く承知した。もちろん、奴隷となる事がどういう意味なのか判らない筈がないだろう。

 聞けば、コトリが人間ではないと知っても、はっきりと友であると言い切ったらしい。

 普通の貴族の娘なら、いくら領民のためとはいえ、奴隷となる事を承知したりなどはしないだろう。

 そしてコトリの事だって彼女を気味悪がるか、恐れるかのどちらかだというのに。

 だが、ミフィシーリアは違った。

 あんな娘は貴族どころか、平民の中でもそうはいないだろう。だからジェイクはミフィシーリアに興味を持った。

 ジェイクは今では伯爵位を授かっているが、『解放戦争』の前は単なる孤児だ。そんな自分に堅苦しい貴族の娘は必要ない。

 とはいえ、平民から伴侶を選ぶわけにもいかない。彼の今と今後の立場がそれを許さない。

 だからジェイクはミフィシーリアなら、と思ったのだ。

 彼女ならば自分の伴侶として、きっとやって行けると。彼女と一緒なら、自分もきっとやって行けると。

 だが、しかし。


「悪いな、ジェイク。おまえがそうであるように、俺もあの娘には興味があるんだ。ここは国王としての権利を行使させて貰う」


 親友とも悪友とも呼べるこの男もまた、ミフィシーリアに興味を抱いたようであった。

 ユイシークはコトリと一部感覚を共有出来る。それを通じて、彼もミフィシーリアがコトリに対してごく普通に接することに興味を抱いたのだ。


「まぁ、おまえがそう言うなら俺は何も言わねぇよ。だが、覚えておけよ? もしあの娘を悲しませる事しかできねぇようなら、俺はおまえを殴るだけじゃ済まさねぇぜ?」

「おう。なに、あの娘ならあの連中の中にも溶け込めるさ。コトリもいる事だしな」


 ユイシークは親友にして悪友を前に、にやりと不敵な笑みを浮かべた。



 ミフィシーリアたちはその後、リーナに歩きながら王宮や後宮について様々な事を説明して貰った。

 そして、幾つかの階段を上下し、幾つもの廊下を曲ったところで、ミフィシーリアたちの視界に広々とした庭園が飛び込んで来た。


「これは……素晴らしいですね……」

「ふぁぁ……、綺麗な庭園……」


 綺麗に手入れされたその庭園に、二人が感嘆の溜め息を零す。

 計算されて配置された樹木は綺麗に形を整えられ、植えられた草花もよく手入れされていて、色とりどりの色彩に溢れている。

 地面には一面の芝生が植えられており、裸足で歩いてもきっと気持ちいいだろう。

 辺りには小鳥の鳴き声が幾つも響き、何ともいえない風情を醸し出している。

 そしてそんな庭園の片隅には小さな東屋。その東屋には現在誰かがいるようで、一人が東屋に設置されている椅子に座り、その他の者がその周囲に控えるように立っていた。

 座っていた人物がどうやらミフィシーリアたちに気づいたようで、立ち上がるとゆっくりと背後の者たちを引き連れてこちらに近づいて来る。

 そしてその人物が近づいた事で、それが綺麗なドレスを身に纏った金髪の年若い女性だと知れた。背後に控えているのはその女性の侍女たちのようである。


「これはこれはご機嫌よう、リーナ様」

「こちらこそ、お顔が拝見できて嬉しいですわ、アルジェーナ様」


 金髪の女性がドレスの裾を摘まんで礼をすると、リーナも頭を下げて礼を返す。

 慌ててミフィシーリアとメリアも、リーナに倣って頭を下げた。


「それでアルジェーナ様。本日はこちらで何を?」

「ええ。父が登城する用事がありましたので、私も陛下にご挨拶をと思いまして。ですが、残念ながら陛下はお忙しいご様子。ですからこちらでお待ちしておりましたの」


 と、ここでアルジェーナと呼ばれた女性は、ようやくリーナの背後にいたミフィシーリアたちに気づいたようだった。


「あら、そちらは? もしかして新しい後宮の使用人かしら?」


 確かに、ミフィシーリアは地味な格好をしていた。

 流石に今日は国王と謁見するため、今日のために事前に準備したドレスを着てはいたが、元々華美なものを嫌うミフィシーリアの事だから、今日用意したドレスもそれ程上等なものでも派手なものでもない。

 それでもミフィシーリアにすれば、普段は袖も通した事のないような代物であるのだが。

 しかし、目の前の豪華なドレスを身に纏った女性からすれば、今のミフィシーリアの姿でも使用人と勘違いしても不思議ではないのだろう。

 メリアは侍女であるので、最初から侍女のお仕着せを着ている。


「いいえ、こちらはミフィシーリア・アマロー様。本日、陛下より第六の間の鍵を与えられた正式な側妃様です」

「な……なんですってっ!?」


 リーナがミフィシーリアを側妃だと紹介した瞬間、アルジェーナの表情が一変した。

 それまでは穏やかな笑みを浮かべていた彼女だったが、一瞬だけ驚きを浮かべるとそれはすぐに怒りに取って代わった。


「こ……このわたくしを……ストリーク伯爵家の令嬢たるこのわたくしの後宮入りを断わっておきながら、このような地味な田舎娘が側妃ですってっ!? そんな事が……そんな事があるはずがないわっ!!」


 アルジェーナは顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。

 そしてその怒りはリーナの背後に控えていたミフィシーリアへと向けられる。


「あなた……っ!! 一体どうやって陛下を誑かしたのっ!? 」


 アルジェーナは今にも掴み掛からんとする勢いでミフィシーリアに迫る。

 ミフィシーリアの危機を悟ったメリアがミフィシーリアの前に出ようとしたが、不意にアルジェリーナの姿がメリアの前から消えた。


「あ……あれ……?」


 急に消えたアルジェーナの姿を求め、メリアはきょろきょろと左右を見回す。

 そんなメリアの耳に、どこからともなく呻き声のようなものが届いた。そしてどうやらその呻き声は、彼女の足元から聞こえてくるようだ。

 ゆっくりとメリアが視線を下に向けると、そこに先程消えたアルジェーナの姿があった。

 アルジェーナは無様に大地に突っ伏したまま、弱々しく呻き声を上げていた。背後の侍女たちからも悲鳴が上がっている。

 彼女が不意に消えたように思ったのは、どうやら転んで地面に突っ込んだからのようだ。

 はて、なぜ何もない所で転ぶのだろう? と、メリアが周囲を見回すと、どこか不敵な笑みを浮かべたリーナと目が合った。

 更によくよく観察してみれば、リーナの右足が少し前に出ている。

 どうやらミフィシーリアに掴み掛かろうとしたアルジェーナを、リーナが足を引っかけて転ばせたのだ、とようやくメリアは理解した。


「こ……この……っ!! 何て事するのよっ!!」


 ようやく起き上がったアルジェーナは、ドレスに付いた芝生の葉を落とす事もせずに自分を転ばせたリーナを睨みつける。


「こ、このわたくしにこのような真似をして只で済むと思っているのっ!?」

「あら、あなたこそ正式に側妃となられたミフィシーリア様に、このような無礼を働いて只で済むとでも?」


 侮蔑したように言い放つリーナの言葉に、アルジェーナは更に顔を赤く染める。


「お……お黙りなさいっ!! 犬姫の分際でっ!! あ、あなたなんて元奴隷のくせにっ!!」


 元奴隷。その言葉に驚くミフィシーリアたちを気にかける事もなく、リーナは更に不敵な笑みを浮かべる。


「あなたは間違っているわ」

「何ですってっ!? あなたがいくら貴族の養子になろうとも、元奴隷という事実は消せなくってよっ!!」

「だからそれが間違っていると言っているのよ」


 リーナは制服の襟元を緩めると、その首元を白日の元に晒した。そしてそれを見たミフィシーリアが驚きに目を見張る。

 彼女の細く白い首には黒い革製の首輪があった。よくよく見れば、その首輪には国王であるユイシークの名前が刻み込まれている。


「私は陛下の元奴隷ではないわ。私は今でも……いえ、永遠に陛下の奴隷なのよ」


 そう言って首輪を晒すリーナの姿は、とても誇り高く輝いていた。


 『辺境令嬢』更新。


 そして犬姫の活躍。

 実は彼女、外伝として何話か書けてしまうほどのお気に入りだったり。

 いつか書く事ができればいいなぁ。


 今回は『魔獣使い』もう更新しています。


 今後もよろしくお願いします。

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