表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

チャイム

 授業が終わった後の、夕方の学校はどこか浮ついていて、グラウンドから聞こえてくる歓声もなんだか遠く感じる。私たちはざわめきに紛れるようにして駐輪場に自転車を停めた。

 私は荷台から跳ねるように飛び降りて、自転車の鍵をかけている朝美に声をかける。鍵についているストラップを見ていたら、ふと思い出したことがあった。

「いやー、ご苦労だったね」

「ホントだよー。最近全然運動してなかったから、絶対明日筋肉痛だよ」

「そんな君にはご褒美をあげよう」

 ポケットをあさって、そこに入っていたキャンディを取り出す。三つあったうちの残り二つ。その片方を朝美に渡す。

「あ、ありがと」

 朝美が受け取ったのを確認して、私も最後の一個を口の中に放り込む。途端に口の中から異様な味がして、私は危うく吐き出しそうになった。

「うえーっ」

 顔をしかめながら朝美を見ると、私と同じように眉根を寄せている。どうやらポケットに入れたまま海で遊んでいたから、包み紙越しに海水が染みてしまったみたいだった。キャンディの甘い味に海水の塩味が混ざって、なんともいえない妙な味になっている。

「何この味ー!」

 朝美は慌てて、さっきまで飴玉が入っていた包み紙を確認する。けれどそこにはいちごのイラストが描かれているだけだった。

「あー、海水が染みちゃったみたいだね」

「ああ、それでかぁ」

 首をかしげて怪訝な顔をしていた朝美は、ようやく納得がいったというように頷いた。

「まっ、舐めてたら普通になるよ」

 初めは塩辛かったキャンディは、やっぱりすぐに元の甘い味だけに直った。口の中にいちごの、甘くてちょっとすっぱい味が広がっていく。



 朝美と二人で並んで教室まで向かう。校内は部活や放課後のお喋りの声で騒がしかったから気休め程度だけど、一応足音を立てないようにこっそりと。そんな私の雰囲気を感じたのか、朝美も黙って私についてきている。

 制服はもう乾いているし髪の毛もちゃんと整えたから、服装で怪しまれることは無いだろうし、大丈夫……かな? 私はしょうがないとしても、私に巻き込まれただけの朝美は、何とか見つからないようにしてあげなきゃ。

 けれど教室の扉を開けたら、そんな私の心配なんて全く意味が無かったことが分かった。


 教室の黒板には大きな文字で、

『これを見たら至急職員室に来ること。カバンは職員室に保管しておく!』と書かれてあった。

 机を確認すると、横にかけていたカバンが無くなっている。朝美の机からもちゃんとカバンが取り去られている。

 大きなため息が出た。


『至急来ること』なんて書かれているけれど、私はすぐに職員室に行く気になれなくて自分の席に座り込む。

 窓際の席。ふと窓の外に目をやると、真っ赤に染まるグラウンドを野球部員たちが一生懸命ランニングをしている。

 朝美を見ると、負けないくらい一生懸命に黒板を消していた。

「何やってんのよ?」

「消しとかないと、このまま残しておいたら恥ずかしいでしょ」

「……なんで?」

「明日来た人に見られちゃうかもしれないじゃない」

「そんなの今さらじゃん」

 どうせ帰りのホームルームで書いたんだろうから、もうクラス中に知られてると思うんですけど。

 私は朝美ののん気さに呆れてしまって、思わず机に突っ伏す。そのまま目を閉じると、グラウンドからの掛け声がかすかに聞こえてくる。

 机の冷たさを頬に感じていると、窓を開けるカラカラという音がした。続けて黒板消しを叩く音。そんなことまでしなくて良いのに、これだから真面目は困る。

 窓を開けたからか野球部の掛け声がより一層はっきりと聞こえるようになった。


 にしちゅうー、セイッ、オー! セイッ、オー! セイッオー!

 私もボーっとしたまま、気がついたら頭のなかで一緒になって掛け声を唱えていた。この掛け声って何の意味があるんだろうって思っていたけれど、確かにチームワークは良くなりそうだと思った。


「お待たせ、紗奈ちゃん」

 すぐ頭の上から朝美の声。

 顔を上げると、いつの間に近づいてきていたのか、すぐ傍から私を見下ろしている朝美と目が合った。朝美の瞳を見つめながら軽く舌を出す。

「別に待ってないですけどー」

「……はいはい。じゃあいこっか」

 朝美は全部お見通しとでも言うように苦笑している。

「……うーん、このまま帰っちゃうってのは?」

「却下。カバン無いと帰れないでしょ」

「ですよねー」

 そんなやり取りに軽くため息。まぁ分かってたけどさっ!


 それにしても、さっきから朝美はなんだかテンションが高い気がする。妙にはしゃいでるっていうか……。これから怒られに行くって分かってるのかな? なんていらない心配をしてしまうほど。

「朝美、なんか楽しそうじゃない?」

「えっ? そうかなぁ?」

 私の言葉に、朝美は目を見開いてビックリしている。そのまま指を唇にあてて考え込む。

「うーん、楽しい……のかな。分かんないけど、なんかドキドキしてるのは確かかも」

「なにそれ。いまさらビビってるの?」

「それはちょっとあるかもしれないけど、でもそれだけじゃなくて。授業サボったことなんて今まで無かったし、それで海に行くなんてのも初めて。こんな風に、職員室に呼び出されることもないし。だから……なんだろ、ちょっとワクワク?」

「……ぜんっぜん意味わかんないんだけど! 今から怒られにいくって、ちゃんと分かってんの?」

 あまりにのん気すぎて、呆れるのを通り越して段々腹が立ってきた。これじゃあ心配してた私がバカみたいじゃん!

 朝美はちょっとだけ頬を膨らませる。

「分かってるよー。そりゃやっちゃったーってのはあるけど、でも後悔はしてないし。自分でも不思議なんだけど、なんか嬉しいんだー。紗奈ちゃんとも仲直りできたし」

 なんでこいつは恥ずかしげも無くこういうことを言えるんだろう。真顔でそんな事言われたらこっちが恥ずかしいっての……。

「……仲直りって、別に喧嘩してたわけじゃないし」

 朝美は途端にほっとしたみたいな顔になった。

「そうだよね、良かったぁ」

「……はぁ。じゃあもう私はここで待っててあげるから、一人で職員室行ってきなよ。私のカバンはおきっぱでいいからさ」

「それはダメ! 一緒じゃなきゃ意味無いじゃない」

「えー、なんでよ!」

 朝美は悪戯っぽく笑って言う。

「だって、私たち共犯者でしょ? 紗奈ちゃんが言ったんだよ?」


 なんだか急に鼻の奥がツンとした。涙が出そうになって、慌てて立ち上がる。そのまま顔を見られないように、ドアに向かって歩き出す。

「……しょうがないなぁ。もうっ、行くよ!」

 涙目なのがばれないように、わざと明るい声を出す。

 さっきから調子を崩されてばっかりで、それが妙に悔しかった。



 廊下に出て、職員室に向かってトボトボ歩く。職員室になんて行きたくなかったけれど、朝美が私の後ろをピッタリついてきているから仕方ない。

 なんか昔に戻ったみたいだなぁと思ったら、ようやく涙がとまった。


 振り返りながら朝美に声をかける。

「そういえばさぁ」

「んー?」

 朝美は答えながら自然に私の隣に並んだ。こういうところ、スゴイなぁってちょっと思う。

「朝美、志望校もう決めたんだっけ?」

「あれ、言わなかった? 推薦でもうほぼ決まりだって」

「今日のことで、推薦取り消されちゃうかもよ?」

 そういうと、朝美は一瞬顔を歪めたけれど、すぐに気を取り直して、

「そしたら普通に受けるだけだからいいもん」

「なにその余裕」

「ふふふ、優等生ですからー」

 朝美はそう言って得意げな顔をする。なんか、微妙にムカつく。


「そこって、レベルどのくらいなの?」

「んーと、この辺では一番かなぁ。って言ってもこの辺ではだから、そんなでもないけど。普通に受けても全然大丈夫なくらいだよ」

「ふーん。じゃあ私もそこ行こうかなー」

 できるだけ何気なく聞こえるように気をつけながら、そう宣言する。

「えっ?」

「私も志望校、そこにする。推薦は無理だけど、普通に勉強すれば大丈夫なんでしょ?」

「……え、で、でも」

 朝美の驚いた顔。鳩が豆鉄砲をくらったような、ってのはこういうのを言うのかな。

 まっ、普通に受けても大丈夫っていっても、朝美のレベルじゃ参考にならないけどさ。

 でも、

「朝美が勉強教えてくれるんでしょ?」

 朝美の目を真っ直ぐ見つめると、朝美はコクンと小さく頷いた。

「なら大丈夫だねー」

 そう言って、朝美を置いて歩き出す。後ろから朝美の慌てた声がした。

「さ、紗奈ちゃん、待って」

 朝美が後ろから呼びかけてくるけれど、わざと無視する。

「紗奈ちゃん、待ってってば。ねえ、今のってどういうこと?」

 肩に手をかけられたので、仕方なく立ち止まって振り返る。


「とりあえず何でも始めてみろって言ったのは朝美じゃん。だから決めてみたんだよ」

 やっぱりまだ私は目指す場所なんて分からなくて、立ち止まってしまいそうになる。それでもとりあえず目標を決めて進んでみようって思ったんだ。

 これからも朝美と一緒に居たいって、朝美と離れたくないって思ったこと。そんな些細なことでも、目標にしても良いのかな?



「ほら、さっさと行くよ!」

 肩に置かれていた朝美の手を引く。

 引っ張っているようで、本当に引っ張られているのは多分、私。

「ちゃっちゃと終わらせて勉強しなきゃなんだからね!」

 肩越しにそう言って、ニヤリと笑うと、小さく呆れたようなため息が聞こえてきた。

「もう、しょうがないなぁ」

 そうして目が合って、二人で笑いあう。



 下校時間を告げるチャイムが私たちを包む。あんなに嫌いだった、いつものチャイムの音。今日も、残り時間が一つ減った。

 けれど今は、そんなに嫌じゃない。



 やっぱり大人になるってことがどういうことなのか、私にはよく分からなくて、不安な気持ちだってもちろんあったけれど、

 それでも朝美がいれば大丈夫って、そう思ったんだ。


これにて完結です。


なんか思っていたのとはだいぶ違う内容になってしまいましたが、

無事終われて良かったですw


最後まで読んで下さってありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ