Pilot
不気味なほど鮮やかな草原が続いている。
時折吹く風に揺られ、草のこすれ合う音。
一見爽やかな地上の上には、星すらない暗闇が広がっていた。
「…『守護者たち』の発表によりますと、本日11時には区画D-12の掃討が完了します。依然、周辺区画にはディランの出現が予想され…」
ラジオから淡々としたニュースが流れている。
「D-12…か。近いな」
低く、無機質な声。
黒いパーカーのフードが、辺りを見回すようにゆっくりと動いた。
その奥で、わずかに紫色の光が輝いていた。
―――――――――――――――――――――
装飾のない無機質な部屋。
机の上には、毒々しい蛍光を放つ試験管の数々が整然と並んでいる。
壁際には、節足動物とも人型ともつかない異形のホログラムが、青白く、不気味な拍動を繰り返していた。
走査線が時折、砂嵐のようなノイズを走らせ、その輪郭を歪ませる。
「これが、例の新種……ですか」
白衣を着た男が、隣に立つ女に声をかける。
彼女もまた、しわひとつない白衣を隙なく着こなし、冷ややかな視線を手元の資料へと向けていた。
「次から次へと新しいディランが出てくる……。本当に我々人類は、この世界に足を踏み入れてよかったんでしょうか…?」
…女は答えない。
ただ、手元の資料に一通り目を通したあと、ペンを置いた。
おもむろに立ち上がり、ホログラムへと近づく。
異形の輪郭を、感情の読めない目でゆっくりと追った。
しばらくして、小さく、独り言のように呟いた。
「……思ったより、早いわね」
男には、彼女が何を言っているのか分からなかった。
聞き返そうとしたが、彼女はすでに踵を返していた。
無機質な蛍光灯の光が、二人の影を実験室の床へ長く、鋭く引きずっている。
―――――――――――――――――――――
「新たな生体反応、10時の方向!」
この世のものとは思えない、甲高い鳴き声を上げて、黒い生命体が暗闇の幕を食い破るように躍り出た。
節足動物のような多脚が、鮮やかな草原を無残に抉り、タールのような黒い体液を撒き散らす。
その液体が地面に触れた瞬間、不気味な紫雲が湧き上がり、鼻を突くような焦げ臭い異臭が辺りに充満した。
「うわああああっ! 溶ける、俺の脚が……!」
黒い体液を浴びた兵士の悲鳴が、虚空に響き渡った。
装甲も、軍靴も、その下の肉も、その体液は等しく溶かしていく。
「くそっ! こいつら、撃っても撃っても湧いてきやがる……!」
一人の兵士が、叫びながら銃を乱射する。
マズルフラッシュが暗闇を断続的に照らし出すが、放たれた弾丸は黒い霧のようなディランの体に吸い込まれ、泥を撃つような手応えのない音を立てるだけだった。
「至急D-12に応援を!」
別の兵士が無線に向かって、喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。
だが、返ってきたのは、救いようのない静寂と砂嵐のようなノイズだけだった。
喧騒が、嘘のように引いていく。
一人の兵士が、震える指を引き金から離した。
――ディランが、動きを止めている。
殺意の塊だった黒い複眼が、兵士たちではなく、その背後の「闇」を射抜いていた。
兵士がおそるおそる振り返る。
鮮やかな緑の海、その境界線。
星のない暗闇を背負って、それは静かに佇んでいた。
ディランではない。
だが、人とも断じがたい。
輪郭さえ曖昧なその「影」の奥――
機械的な紫光が、一度だけ、脈打つように鋭く瞬いた。




