自分語りの恐怖
「なぁ、これって意味あるのか?
お互いの昔話なんてしてどうなるんだよ。」
ノブが引田に向かって言った。引田は笑顔を向けて
「過去があるから今があり未来があるんですよ。
あなたはひらがなが書けるかもわからない幼児に漢字を教えようと思いますか?足し算や引き算ができない子にかけ算・わり算を教えられますか?
私が皆さんにやって貰ってるのは基礎が何なのかをお互いに理解し合う事です。
例えば、ユキ君のいじめられて不登校になったという話を聞いて、浅い理解で話を進めると結論は『いじめをするやつがゴミ』で終わってしまうんですよ。
重要なのは『過去にあった事から学ぶ』事です。
いじめてた奴らの性格がゴミだったからあいつらが全面的に悪いとここにいない人達の悪口を言ってるだけではユキ君の抱える問題は何一つ解決しない。
それこそ他責思考で自分に目がいっていない。
それともここまで黙ってたのに自分の番になったら怖くなりましたか?」
ノブは目線を落としてから
「ああ、そうだよ。
二人にとってはつらい話をしてるのを見てて内心では自分の番が来なければ良いと思ってた。
二人の話は他人事だったから聞いてられたし、意見も言えた。でも、自分の事を話せばみじめになるのは俺だって思えてきた。だから、俺は怖いんだよ。」
引田は真面目な顔になり
「ナカさんの話の時に、ノブさんは『ナカさんは悪くない』って言ってましたよね。
でもナカさんは自分に問題があるなら向き合いたかったと言っておられました。
『自分語り』は時にイキってる恥ずかしい行為になりますが、そもそも同じ人生を歩む人もまったく同じ思考をする人もいないのが当たり前の事です。
そんな中で『自分語り』をしない人が周りの人から理解されたり受け入れられたりしますか?
何かのラブソングで『秘密主義でクールなやつに乱されたい』みたいな歌詞がありましたが、そんなの一皮むけばただの恥ずかしがり屋かどう対応したら良いかわからずにテンパってるだけで中身はないかもしれない。
または、そうやってたらモテるだろって勘違いしてるイタいやつかも知れない。
その時だけ楽しい思いをしたいのなら、それで良いかもしれませんが長い時間を共に過ごす恋人や友人夫婦になりたいならお互いを深く理解し合わないといけない。
今からあなたに話して貰いたい過去は私やユキ君、ナカさんに向けた話じゃないんですよ。
ノブさんには『自分語り』の中で自分と向き合って貰いたいんです。そうすればノブさんが気づけてなかった『あの時こうしてれば』が浮かぶかもしれません。
『たら・れば』に意味がないと言われますが、それは過去においてです。未来において『こうしてれば』を『こうすれば』に変換して行動するのと何も考えずに行動するのとでは結果はまったく異なります。
ノブさん、『自分語り』ができるほどあなたは自分に向き合いましたか?
就活の時に書いたエントリーシートは本当のあなたを書けてましたか?
語ってください、あなたがどういう人間なのかを私達に。」
ノブは目線を落として黙ってから、あぐらをかいて座っている膝を『パンッ』と叩き、
「おし、わかったよ。
じゃあ、あまり気分の良くない話だけど付き合って貰おうじゃないか。」
ノブは力強く言いきった。




