情けは人のためならず
「ナカさんは何がいけなかったのか。
家族のために必死に働いていたにも関わらず熟年離婚されてしまったのはなぜなのか。
これについて考えていきましょう。」
引田が改めて議題を整理するかのように言う。
「いや、皆さんにそこまでしていただかなくても大丈夫ですよ。今も特に寂しいとか悲しいとかはないので。」
ナカが言った。
「でも、確かにナカさんがなぜ離婚されなければならないのかわからないです。」
ユキが言いノブも、
「そうだよ、ナカさん。
奥さんに問題があったとかなんじゃないか?
嵌められて家をとられたのかもしれないぞ?」
「いやいやそんな事はないですよ。
奥さんもは仕事はしてたからお金に困るとかもないし、築30何年の家に住み続けるよりはマンションとかの方が好きな感じだったから私もマンションを用意してた訳だしね。」
「家事はどれくらい手伝ってたんですか?」
ユキが聞く。
「う~ん、自分の事は自分でするくらいかな。
食器洗いとか洗濯も自分でしてたし、食事も要らない時はお昼頃には連絡してたね。」
「じゃあよ、自分では気がつかないようなモラハラとか陰口がばれたとかはないのか?」
ノブの問いにナカは少し悩んだ。
「陰口はないです。これははっきり言いきれます。
ただ、無自覚のモラハラは私には何とも言えませんね。」
三人ともが悩む形になると引田が
「皆さん、前提から間違えてるんじゃないですか?」
「どういう事ですか?」
「なにがですか?」
「どういう意味だよ?」
「まず一つ目、ユキ君の『家事を手伝う』についてですが、家事はその家に住む人が全員やるべき必要な事です。なのに、今の話では家事は奥さんの仕事でナカさんはサポートをする立場のように言ってます。
自分の事は自分でしていた?あたりまえでしょ!
赤ちゃんじゃないし動けない要介護者でもないんだから。当事者意識の低さは温度差あるいは溝を生みます。
次にノブさんの『奥さんの方に問題があった』という発言ですが……端的に言うなら責任転嫁です。
自分の落ち度について何も考えずに、責任は自分ではない所にあると考えている。
社会の、あの人、タイミングの、神様のせいですか?
自分にとって不都合な事は自分と関係のない所で起こったフィクションであり自分のせいじゃないと逃げてるだけです。それでは問題は何一つ解決しない。
そしてもっとも間違っているのはナカさん、あなたです。」
「私ですか?」
「あなたは始めに『そこまでしていただかなくても大丈夫ですよ。』と言った。
あなたは自分の抱える問題から目をそらして、考えないようにしている。現実逃避です。
なぜそうなったのか、原因はなんだったのか、それを知れば今以上に自分が傷つくかもしれない。
そう考えると怖くて踏み出せない。
『もう終わった事』にして逃げようとしているだけなんです。あなたの生活の中心は『家族のため』だったわけです。それがなくなって、あなたは何をしたらいいのかわからなくなったんですよ。
あなたは向き合わないといけないんです。
『なぜ家族がいなくなったのか』という問題に対して。
情けは人のためならずということわざは、誰かに優しく接することは人のためではなく周りに回って自分へ還ってくるというものです。
あなたの『家族のため』は回って還ってこなかった。
本当の意味での『家族のため』を思い直す事があなたには必要です。
と、まぁ、次は熟年離婚について、話しましょう。
ユキ君には少し難しいかも知れませんけどね。」
引田は真面目な顔から一転して笑顔でそう言った。




