第七話「倒れた旅人」
お読みいただきありがとうございます!
前回、エドガーは隣町で密室殺人事件を解決しました。
帰路の途中、道に倒れている人物を発見——
今回は、重い事件から少し離れて、
エドガーの人柄や日常を描く回です。
派手な展開はありませんが、
エドガーの優しさ、観察力、そして村での評判の広がりを
じっくりとお楽しみください。
第七話「倒れた旅人」、どうぞ。
馬車が急停止する。
俺は外を見た。
道の真ん中に、人が倒れている。
「大丈夫ですか!」
御者が駆け寄る。
俺も馬車を降りて、倒れている人物に近づく。
若い男——二十代前半だろうか。
旅装束。背中には大きな荷物。
顔色が悪い。呼吸は浅い——
「生きています!」
御者が叫ぶ。
「すぐに村へ運びましょう」
俺と御者で、男を馬車に運び込む。
急いでクロウ領へ向かった。
*
クロウ家に到着すると、セバスチャンが驚いた顔で出迎えた。
「若様! これは——」
「道で倒れていた。すぐに寝室へ」
セバスチャンと協力して、男を客室のベッドに寝かせる。
「医者を呼んでくれ」
「承知いたしました」
セバスチャンが走って行く。
俺は、男の様子を観察する。
顔色は悪いが、致命的な外傷はない。
呼吸は浅いが、安定している。
脈を確認する——弱いが、規則正しい。
これは——栄養失調? それとも病気?
男の荷物を調べる。
大きな布袋。中には——
本。たくさんの本。
それと、地図、筆記用具——
旅の学者か?
本の表紙を見る。
『ヴェルディナス王国の歴史』『古代文明の遺跡』『魔法理論入門』——
確かに、学問系の本ばかりだ。
その時、男が目を開けた。
「……ここは?」
「クロウ家です。道で倒れていたところを保護しました」
男は、ゆっくりと体を起こそうとする。
「無理をしないでください」
「……すみません。ご迷惑を」
「いえ。ところで、あなたは?」
「私は——マーカス。旅の学者です」
やはり。
「何日も食事を取っていなかったのですか?」
マーカスは、少し恥ずかしそうに頷く。
「はい……所持金が底をつきまして」
「本を買いすぎたんですね」
マーカスが驚く。
「なぜ分かるのですか?」
「荷物を見ました。本ばかりでしたから」
マーカスは苦笑する。
「その通りです。つい、珍しい本を見つけると我慢できなくて……」
*
しばらくして、医者が到着した。
診察の結果、マーカスは栄養失調と疲労による衰弱とのこと。
数日休めば回復するだろう、と。
「しばらく、ここで休んでいってください」
俺は言う。
「いえ、そんな——お世話になるわけには」
「遠慮しないでください。命に関わります」
セバスチャンも頷く。
「若様の仰る通りです。客室は空いております」
マーカスは、感謝の涙を浮かべた。
「ありがとうございます……」
*
その日の夕食は、マーカスも一緒に取った。
セバスチャンが腕を振るった料理——野菜のスープ、焼いた肉、パン。
マーカスは、美味しそうに食べている。
「本当に、ありがとうございます」
マーカスが何度も頭を下げる。
「気にしないでください。ところで、どこから来たのですか?」
「北の町、ノルデンガルドからです」
「遠いですね。目的地は?」
「王都です。王立図書館に、調べたい資料がありまして」
王都——俺はまだ行ったことがない。
「どんな研究を?」
「古代文明についてです」
マーカスの目が輝く。
「この世界には、かつて高度な文明があったという伝説があります」
「その痕跡を、各地の遺跡から探しているんです」
古代文明——
俺は、トムの事件を思い出す。
あの森の小屋。幻覚剤——
もしかしたら、古代文明と関係があるのかもしれない。
「興味深いですね」
「ええ! 特に、古代の魔法技術は——」
マーカスは、熱心に語り始める。
現代の魔法とは異なる、古代独自の技術。
失われた知識。謎の遺物——
俺は、興味深く聞いていた。
*
翌日。
マーカスは、だいぶ顔色が良くなっていた。
「もう大丈夫そうですね」
「はい。おかげさまで」
マーカスは、自分の荷物を整理している。
「本当に、お世話になりました。そろそろ出発しようと思います」
「まだ完全に回復していないでしょう。もう一日休んでいってください」
「いえ、これ以上ご迷惑は——」
「ならば、せめて旅費を」
俺は、銀貨を何枚か取り出す。
「これは——」
「旅費です。受け取ってください」
マーカスは、涙ぐむ。
「こんなに親切にしていただいて……どうお礼を」
「お礼は結構です。ただ——」
俺は、マーカスの本を見る。
「一つ、お願いしてもいいですか?」
「何でしょう?」
「古代文明の本を、少し読ませてもらえませんか?」
マーカスは、嬉しそうに頷いた。
「もちろんです! むしろ、こちらからお願いしたいくらいです」
*
その日の午後、俺はマーカスから古代文明の話を聞いた。
失われた技術。謎の遺跡。不思議な遺物——
そして、一つの興味深い情報を得た。
「古代文明には、『真実を見抜く』技術があったと言われています」
「真実を見抜く?」
「ええ。現代の真実魔法とは違う、別の方法です」
「論理的な思考、観察、推理——そういった技術だそうです」
俺は、驚く。
それは——まさに、俺がやっていることだ。
「その技術、どこかに記録が残っていますか?」
「王立図書館に、断片的な資料があるそうです」
「私も、それを調べに行くところなんです」
俺は、メモを取る。
古代文明の推理技術——
もし、その資料が見つかれば、俺の推理に役立つかもしれない。
*
翌朝、マーカスは出発した。
「本当に、ありがとうございました」
マーカスが深々と頭を下げる。
「無事に王都へ着くことを祈っています」
「必ず、お礼に伺います」
マーカスは、元気に歩き出した。
俺は、その背中を見送る。
セバスチャンが隣に立つ。
「若様は、本当にお優しい」
「優しいわけではありません。放っておけなかっただけです」
「それを、優しさと言うのではないでしょうか」
セバスチャンが微笑む。
俺は——少し照れくさくなる。
*
午後、俺は村を歩いていた。
すると、何人もの村人が声をかけてくる。
「エドガー様! 隣町の事件、解決されたそうですね!」
「ロバート隊長から手紙が来ました。感謝していると」
「すごいですね! 隣町まで評判が!」
俺は、少し驚く。
もう噂が広がっているのか。
パン屋のトマスも、笑顔で迎えてくれる。
「エドガー様、いつもありがとうございます」
「いえ、こちらこそ美味しいパンをありがとうございます」
トマスが、焼きたてのパンを渡してくれる。
「これ、サービスです」
「そんな、悪いですよ」
「いいんです。あなたのおかげで、私たち家族は救われたんですから」
俺は、パンを受け取る。
温かい。
そして——心も、少し温かくなる。
*
夕方、家に戻ると、バーナード隊長が訪ねてきていた。
「エドガー殿、お帰りなさい」
「バーナード隊長、どうしたのですか?」
「実は——」
バーナード隊長は、書類を取り出す。
「ロバート隊長から、正式な感謝状が届きました」
感謝状には、エドガー・クロウの推理により事件が解決された、と書かれていた。
「それと、これも」
バーナード隊長は、もう一通の手紙を渡す。
封筒には、王都の紋章——
「これは?」
「王都の衛兵総長からです。あなたの評判を聞いて、興味を持ったそうです」
俺は、手紙を開く。
『エドガー・クロウ殿へ。貴殿の推理の技術について、詳しく聞きたい。機会があれば、王都へお越しいただきたい』
王都——
マーカスが向かった場所。
そして、古代文明の資料がある場所。
「いずれ、行くことになるかもしれませんね」
バーナード隊長が言う。
「ええ。いつか」
俺は、窓の外を見る。
夕日が、村を照らしている。
平和な光景。
この村で、俺は探偵として少しずつ認められつつある。
そして、いつか——
王都へ。さらに大きな舞台へ——
いや、今はまだ早い。
まずは、この村で、もっと実績を積もう。
そう考えながら、俺はセバスチャンの淹れた紅茶を飲んだ。
お読みいただき、ありがとうございました!
第七話は、緩急の「緩」を担当する日常回でした。
派手な事件はありませんが、エドガーの人柄が見えるエピソードです。
旅の学者マーカスとの出会い——
そして、王都からの手紙!
エドガーの評判は、村を超えて広がり始めています。
また、村での評判描写——
トマス、バーナード隊長、村人たち。
エドガーを慕う人々が増えてきました。
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次回もお楽しみに!




