第六話「密室の死」
お読みいただきありがとうございます!
前回、エドガーは連続盗難事件を解決しました。
そして、バーナード隊長から新たな事件の相談を受けます。
隣町で発生した、密室での不審死——
今回は、本格的な密室事件です。
現場検証、証拠の発見、そしてトリックの解明——
探偵の技術が試されます。
第六話「密室の死」、どうぞお楽しみください。
翌朝、俺は隣町へ向かった。
セバスチャンが用意してくれた馬車に揺られること約二時間。
隣町——ミラーズタウンに到着する。
クロウ領よりも大きな町だ。人口は千人ほどだろうか。
衛兵詰所で、この町の衛兵隊長——ロバート隊長と会う。
「エドガー・クロウ殿ですね。バーナードから話は聞いています」
ロバート隊長は、五十代の落ち着いた男性だった。
「はい。事件の詳細を聞かせてください」
「こちらへ」
ロバート隊長は、俺を執務室に案内する。
*
机の上には、事件の資料が広げられていた。
「被害者はレオナルド・グレイ。四十三歳の商人です」
ロバート隊長が説明を始める。
「三日前の朝、使用人が書斎で遺体を発見しました」
「書斎の状況は?」
「扉は内側から鍵がかかっていました。窓も施錠されていました」
「つまり、密室」
「ええ。使用人が合鍵で開けたところ、レオナルドが机に突っ伏して死んでいた」
俺は資料の図面を見る。
書斎の見取り図。扉、窓、机、本棚——
「死因は?」
「毒物と思われます。だが、何の毒かは特定できていません」
「遺体に外傷は?」
「ありません」
「凶器は?」
「見つかっていません」
俺は考える。
密室で、毒殺。外傷なし。凶器なし——
これは、興味深い。
「現場を見せていただけますか?」
「もちろんです」
*
レオナルドの屋敷は、町の中心部にあった。
立派な石造りの建物。商人として成功していたようだ。
ロバート隊長と共に、書斎へ向かう。
書斎は二階にあった。
扉を開けると——
質素だが、整頓された部屋。
大きな机、本棚、窓——
俺は部屋に入り、周囲を観察する。
「遺体は、どこに?」
「机の前です。椅子に座ったまま、机に突っ伏していました」
俺は机に近づく。
机の上には、羽根ペン、インク壺、書類——
そして、ワイングラス。
「このグラスは?」
「レオナルドが飲んでいたものです。中にワインが少し残っていました」
「調べましたか?」
「ええ。ですが、毒物は検出されませんでした」
毒物が検出されない——
では、どうやって毒殺した?
俺はグラスを手に取る。
底に、微かな沈殿物——
いや、これは——
「ロバート隊長、このグラスを借りてもいいですか?」
「構いませんが、何か?」
「少し調べたいことがあります」
俺はグラスを日光にかざす。
底の沈殿物——よく見ると、透明な粒子——
これは、もしかして——
「この部屋の気温は、どうでしたか? 遺体発見時」
「気温? ……そうですね、少し寒かったと記憶しています。朝方でしたから」
「窓は開いていましたか?」
「いえ、閉まっていました」
俺は窓に近づく。
施錠されている。内側から。
だが——
窓枠の隅に、微かな水滴の痕跡——
「ロバート隊長、三日前の夜、この町の気温は?」
「夜は冷え込みました。おそらく、五度くらいでしょう」
五度——
そして、朝方はもう少し暖かくなる——
俺は、全てを理解した。
「分かりました」
「何が分かったのですか?」
「トリックです」
*
俺は、ロバート隊長を書斎の外へ案内する。
「犯人は、氷を使ったんです」
「氷?」
「ええ。毒を仕込んだ氷を、ワインに入れた」
ロバート隊長は首を傾げる。
「ですが、毒物は検出されなかったと——」
「検出されなかったのは、氷が溶けたからです」
俺は説明を始める。
「犯人は、毒を混ぜた氷を作りました。そして、その氷をレオナルドのワインに入れた」
「レオナルドは、ワインを飲んだ。だが、すぐには毒が溶け出さない」
「氷が溶けるまで、時間がかかる」
「その間に、犯人は部屋を出て、扉に鍵をかけた。外から」
「いや、待ってください」
ロバート隊長が言う。
「扉は内側から施錠されていました」
「それも、トリックです」
俺は扉を指す。
「この扉の鍵穴——外から細い針金を差し込めば、内側の掛け金を動かせます」
「つまり、外から施錠できる」
「ですが、それでは密室にならないのでは?」
「いえ、犯人は最後に、針金を抜き取りました。だから、密室に見えた」
ロバート隊長は、まだ納得していない様子だ。
「では、氷はどうやって? レオナルドは、氷が入っているのに気づかなかったのですか?」
「おそらく、犯人はレオナルドにワインを勧めた時、『冷やしたワインです』と言ったのでしょう」
「冷たいワインなら、氷が入っていても不自然ではない」
「そして、レオナルドはワインを飲み、しばらく書斎で仕事をしていた」
「その間に、氷が溶け、毒が溶け出した」
「レオナルドは毒を摂取し、死亡した」
「氷は完全に溶けて、水になった」
「だから、毒物が検出されなかった——水で薄まったからです」
ロバート隊長は、ようやく理解した様子だ。
「なるほど……だが、証拠は?」
「グラスの底の沈殿物——あれは、氷が溶け残った痕跡です」
「そして、窓枠の水滴——あれも、犯人が氷を運び入れた時に落ちたものでしょう」
「さらに——」
俺は書斎に戻り、机の引き出しを開ける。
中に、小さな鍵——
「これは?」
「おそらく、書斎の合鍵です。犯人が作ったもの」
「どうして分かるのですか?」
「引き出しの中に隠されていた。レオナルドは、この鍵の存在を知らなかったはずです」
「つまり、犯人が事前に合鍵を作り、隠しておいた」
ロバート隊長は頷く。
「では、犯人は誰ですか?」
「この屋敷で、氷を自由に扱える人物——」
俺は廊下を見る。
「使用人の中にいるはずです」
*
使用人を集めて、尋問する。
執事、料理人、女中——三人だ。
「レオナルド様にワインを出したのは、誰ですか?」
俺は尋ねる。
料理人——中年の女性——が答える。
「私です。三日前の夜、レオナルド様から『冷やしたワインを持ってきてくれ』と言われました」
「冷やしたワイン——つまり、氷を入れた?」
「いえ、氷は入れていません。冷蔵庫で冷やしただけです」
冷蔵庫——この世界にも、魔法で冷やす装置があるらしい。
「では、誰が氷を入れたのか——」
その時、女中が小さく呟く。
「……私が、見ました」
「何を?」
「執事のアルバートが、厨房で氷を削っているのを」
全員の視線が、執事に向く。
アルバート——五十代の痩せた男——は、動揺している。
「そ、それは——」
「アルバート、あなたが犯人ですね」
俺は静かに言う。
アルバートは——観念したように、溜息をつく。
「……どうして、分かったんですか?」
「氷のトリックに気づいた時、氷を扱える人物を考えました」
「そして、あなたが最も怪しいと」
「なぜ、レオナルドを殺したのですか?」
アルバートは、しばらく沈黙した。
そして——
「レオナルド様は……私の娘を、騙したんです」
「娘を?」
「結婚を約束しておきながら、裏切った。娘は、絶望して……自ら命を絶ちました」
アルバートの目に、涙が浮かぶ。
「許せなかった。だから——」
ロバート隊長が、アルバートを拘束する。
「分かった。動機も、方法も、全て明らかになった」
*
事件は解決した。
俺は、ロバート隊長に礼を言われ、報酬を受け取った。
「エドガー殿、素晴らしい推理でした」
「いえ、当然のことをしただけです」
「バーナードが、あなたを推薦した理由が分かりました」
ロバート隊長は、俺の手を握る。
「また何かあれば、ぜひ協力をお願いします」
「もちろんです」
*
帰りの馬車の中。
俺は、今回の事件を振り返る。
密室トリック——氷を使った、古典的だが効果的な方法。
だが、犯人は一つ、計算違いをした。
三日前の夜は、予想以上に寒かった。
だから、氷が完全には溶けきらず、痕跡が残った。
それが、犯人の敗因だった。
俺はノートに、今回の事件の詳細を記録する。
密室トリックの種類、証拠の見つけ方、犯人の動機——
全てを記録しておけば、将来の参考になる。
馬車がクロウ領に近づく頃、夕日が沈み始めていた。
俺は窓の外を見る。
今日も、一つの真実を明らかにした。
そして、明日も——
いや、考えるのはやめよう。
今は、家に帰って、セバスチャンの作る夕食を楽しみにしよう。
ふと、馬車が揺れる。
御者が何か叫んでいる。
「止まれ! 前に人が——!」
馬車が急停止する。
俺は外を見る。
道の真ん中に——
誰かが、倒れている。
お読みいただき、ありがとうございました!
第六話では、エドガー初の本格的な密室事件を描きました。
氷を使ったトリック——古典的ですが、論理的に解明できる面白さがあります。
エドガーの推理力が、着実に評判を広げています。
隣町からも依頼が来るように——
そして、最後の引き!
道に倒れている人物——これが、次の展開への伏線です。
次回、第七話では少し趣向を変えて、
エドガーの日常と、村での小さな出来事を描きます。
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次回もお楽しみに!




