第三話「探偵の決意」
お読みいただきありがとうございます!
前回、エドガーは連続窃盗事件を解決し、魔法裁判との違いを証明しました。
推理の価値を認めてもらえた——それは大きな一歩でした。
今回は、エドガーがこの世界で「探偵」として生きていく決意を固める回です。
日常の中で、推理という技術の可能性を見出していきます。
ゆっくりとした展開ですが、丁寧に物語を紡いでいきます。
第三話「探偵の決意」、どうぞお楽しみください。
連続窃盗事件を解決してから、一週間が経った。
俺——エドガー・クロウの日常は、少しずつ変わり始めていた。
朝、目が覚めると、セバスチャンが部屋に入ってくる。
「おはようございます、若様。今日も良いお天気ですよ」
「ああ、おはよう」
俺はベッドから起き上がる。もう、昏睡から目覚めた時のような倦怠感はない。体も、この世界に馴染んできた。
いや——正確には、エドガー・クロウとしての体と、千尋としての意識が、ようやく一つになりつつある。
窓の外を見る。
クロウ家の小さな庭。その向こうには、グレゴリー邸の豪華な屋敷が見える。
あの盗難事件以来、グレゴリーとは良好な関係だ。時々、食事に招かれることもある。
「若様、朝食の準備ができております」
「すぐに行く」
俺は身支度を整え、食堂へ向かう。
*
朝食は相変わらず質素だ。黒パン、スープ、少量の肉。
だが、不思議と不満は感じない。むしろ、この素朴な食事が、心地よい。
前世——日本での生活は、もっと便利だった。コンビニ、スマートフォン、インターネット。
だが、この世界には、それらがない。
代わりに、魔法がある。
魔法——
俺は、まだその全容を理解していない。
「セバスチャン、魔法について教えてくれないか」
食事をしながら、俺は尋ねる。
「魔法、ですか?」
「ああ。この世界で生きていくには、魔法のことをもっと知る必要がある」
セバスチャンは頷き、説明を始める。
「魔法には、大きく分けて四つの系統がございます」
「攻撃魔法——火球、氷槍など、戦闘に使う魔法」
「防御魔法——バリア、身体強化など、守りに使う魔法」
「補助魔法——治癒、探知など、支援に使う魔法」
「特殊魔法——真実魔法、記録魔法など、特殊な用途の魔法」
俺はメモを取りながら聞く。
「魔法を使うには、魔力が必要なんだよな」
「はい。魔力は個人差が大きく、生まれつき決まっております」
「そして、俺は魔力がほぼゼロ」
「……申し訳ございません」
セバスチャンが申し訳なさそうに言う。
「いや、謝ることじゃない」
俺は笑う。
「魔力がないなら、別の方法で生きていけばいい」
「別の方法、ですか?」
「ああ。推理——論理的思考で、問題を解決する方法だ」
俺は先日の事件を思い出す。
真実魔法では解決できなかった事件を、推理で解決した。
それは、魔法がなくても、価値を生み出せるという証明だった。
「若様は、本当に素晴らしい才能をお持ちです」
セバスチャンが微笑む。
「魔力がなくても、その頭脳で多くの人を救えるでしょう」
「ありがとう、セバスチャン」
俺は——少し、嬉しくなる。
前世では、探偵として孤独だった。
事件を解決しても、感謝されることは少なかった。むしろ、真実を暴いたことで恨まれることもあった。
だが、この世界では違う。
推理は、まだ珍しい。新しい。
だからこそ、価値がある。
*
午前中、俺は書斎で勉強に励んだ。
この世界の歴史、地理、文化——知らないことだらけだ。
エドガー・クロウとしての記憶はあるが、断片的だ。体系的に学び直す必要がある。
特に、法律は重要だ。
探偵として活動するなら、この世界の法制度を理解しなければならない。
俺は法律書を読み進める。
決闘裁判、魔法裁判、神罰——
やはり、どれも完璧ではない。
決闘裁判は、力の強い者が勝つだけ。
魔法裁判は、嘘を見抜けても、真実の全体像は見えない。
神罰は、迷信に過ぎない。
では、この世界に必要なのは——
推理による裁判。
証拠を集め、論理的に考察し、真実を明らかにする。
それが、最も公正な裁きだ。
だが——
この世界の人々は、推理という概念を知らない。
どうやって、この価値を広めるか?
それが、俺の課題だ。
コンコン。
扉がノックされる。
「若様、お客様です」
「また?」
最近、本当に訪問者が多い。
「どなたですか?」
「村の雑貨屋のマーサ様です。息子さんのことで相談があるとのことです」
息子のこと?
「分かった。応接室で待たせてくれ」
*
応接室には、中年の女性——マーサが待っていた。
質素な服装、疲れた表情。庶民の女性だ。
「エドガー様、お忙しいところ、申し訳ございません」
「いえ、構いません。どうぞ、お座りください」
マーサは椅子に座る。だが、落ち着かない様子だ。
「それで、息子さんのことで?」
「はい……実は、息子のトムが、三日前から行方不明なんです」
「行方不明?」
「ええ。トムは十五歳で、最近、友人たちと森へよく遊びに行っていたんです」
「森?」
「はい。クロウ領の北にある森です。子供たちの遊び場になっています」
マーサは続ける。
「三日前、トムは『友達と森へ行く』と言って出かけました。でも、夕方になっても帰ってこなくて……」
「他の友人たちは?」
「みんな帰ってきました。でも、トムだけが——」
マーサの目に、涙が浮かぶ。
「衛兵隊にも相談しましたが、『森で迷っただけだろう。そのうち帰ってくる』と言われて……」
「ですが、もう三日です。トムは、森のことをよく知っています。迷うはずがないんです」
俺は考える。
十五歳の少年が、三日間も行方不明——
これは、事件かもしれない。
「マーサさん、詳しく聞かせてください。トムが行方不明になった日、何があったのか」
「はい……」
マーサは話し始める。
三日前、トムは友人三人と森へ行った。
遊んでいる途中、トムが「珍しい鳥を見つけた」と言って、一人で森の奥へ入って行った。
友人たちは、しばらく待っていたが、トムが戻ってこない。
心配になって探したが、見つからなかった。
日が暮れてきたので、友人たちは村に戻って大人に報告した。
「珍しい鳥?」
「はい。青い羽の鳥だと、友人が言っていました」
青い羽の鳥——
エドガーの記憶を辿る。
この地域には、青い羽の鳥は——いない。
ほとんどの鳥は、茶色や灰色だ。
青い羽の鳥は、もっと南の地域にしかいない。
では、なぜトムはそんな鳥を見たのか?
いや——見たと思ったのか?
「マーサさん、その友人たちに会えますか?」
「はい、もちろんです」
「では、案内してください。話を聞きたいです」
「本当ですか! ありがとうございます!」
マーサは涙を流しながら、何度も頭を下げる。
俺は——少し、胸が痛む。
母親の必死な姿。息子を思う気持ち。
前世でも、こういう依頼者は多かった。
そして、俺は——できる限り、応えてきた。
この世界でも、同じだ。
困っている人を助ける。真実を明らかにする。
それが、探偵の仕事だ。
*
マーサに案内され、俺はトムの友人たちに会った。
三人の少年——ジャック、ベン、サム。
みんな、不安そうな顔をしている。
「トムのこと、教えてくれ」
俺は優しく尋ねる。
「あの日、何があったんだ?」
ジャックが答える。
「俺たち、いつものように森で遊んでたんです。木登りとか、鬼ごっことか」
「それで?」
「途中で、トムが『青い鳥がいる!』って叫んで」
「青い鳥?」
「はい。すごく綺麗な青い羽の鳥でした。トムは、その鳥を追いかけて森の奥へ——」
「お前たちは見たのか? その鳥を」
三人は顔を見合わせる。
「……実は、俺は見てないんです」
ジャックが言う。
「トムが『いる!』って言ったけど、俺には見えなかった」
「俺も」
ベンも頷く。
「俺も見えなかった」
サムも同じだった。
つまり——
青い鳥を見たのは、トムだけ。
これは、おかしい。
「その時、トムの様子は?」
「様子、ですか?」
「ああ。興奮していたか? それとも、いつも通りだったか?」
ジャックは考える。
「興奮、してました。『すごい! あんな鳥、初めて見た!』って」
「そうか」
俺は頭の中で、状況を整理する。
トムだけが青い鳥を見た。
興奮して、森の奥へ追いかけた。
そして、行方不明——
これは——
もしかして、幻覚?
いや、この世界には魔法がある。
幻覚を見せる魔法もあるかもしれない。
「分かった。ありがとう」
俺は三人に礼を言う。
「森へ案内してくれるか?」
「はい!」
*
森は、クロウ領の北にあった。
鬱蒼とした木々、薄暗い雰囲気。
確かに、子供の遊び場にしては、少し危険だ。
ジャックたちの案内で、トムが消えた場所へ向かう。
「ここです」
ジャックが指す。
小さな空き地。周囲は木々に囲まれている。
俺は周囲を観察する。
地面、木々、草むら——
そして、見つける。
地面に、小さな足跡。
トムのものだろう。
足跡は、森の奥へ続いている。
「ジャック、お前たちはここで待っていてくれ」
「でも——」
「大丈夫だ。すぐに戻る」
俺は足跡を追う。
森の奥へ、奥へ——
やがて、開けた場所に出た。
そこには——
古い小屋があった。
ボロボロの小屋。だが、最近使われた形跡がある。
俺は小屋に近づく。
扉を開ける。
中には——
トムがいた。
床に座り込み、ぼんやりとしている。
「トム!」
俺は駆け寄る。
トムは——反応しない。
目は開いているが、焦点が合っていない。
まるで、魂が抜けたような——
俺はトムの肩を揺さぶる。
「トム、聞こえるか!」
トムがゆっくりと俺を見る。
「……あ、青い鳥……」
「青い鳥?」
「追いかけて……ここに……」
トムは、また視線を逸らす。
これは——魔法の影響か?
俺は小屋の中を調べる。
隅に、小さな瓶がある。
瓶を拾い上げ、蓋を開ける。
微かな、甘い香り——
これは——薬?
いや、もしかして——幻覚剤?
この世界にも、そういう薬物があるのか。
俺はトムを抱え起こす。
「トム、立てるか?」
「……うん」
トムはふらふらしながらも、立ち上がる。
俺は瓶をポケットに入れ、トムを連れて小屋を出る。
*
村に戻ると、マーサが泣きながらトムを抱きしめた。
「トム! トム! 無事で良かった!」
「母さん……」
トムは、まだぼんやりとしている。
俺はバーナード隊長に事情を説明する。
「小屋の中で、この瓶を見つけました」
俺は瓶を見せる。
「おそらく、幻覚剤です。トムは、この薬の影響で青い鳥を見たんでしょう」
「幻覚剤? そんなものが、この森に?」
「誰かが、意図的に置いたんです」
バーナード隊長は険しい表情になる。
「では、これは事件だと?」
「おそらく。子供を誘い出すための罠です」
「なぜ、そんなことを?」
「それは——まだ分かりません」
俺は小屋の方向を見る。
「ですが、調査が必要です」
バーナード隊長は頷く。
「分かった。すぐに衛兵を派遣する」
*
その夜。
俺は自室で、今日の出来事を振り返っていた。
トムの失踪事件。
結果的に、無事に見つかった。
だが、これは——氷山の一角かもしれない。
誰かが、子供を狙っている。
幻覚剤を使って、誘い出している。
目的は? 誘拐? それとも——
まだ、分からない。
だが、これは放っておけない。
俺は机の上にノートを広げ、今日の情報を整理する
幻覚剤の瓶。森の奥の小屋。トムの証言——
手がかりは少ない。
だが、必ず真相を突き止める。
それが、探偵の仕事だ。
困っている人を助ける。
真実を明らかにする。
そして——犯罪を防ぐ。
前世では、いつも事件が起きた「後」に呼ばれた。
だが、この世界では違う。
俺は、事件が起きる「前」に動ける。
予兆を掴み、被害を防ぐ。
それこそが、本当の意味で人を救うことだ。
俺はノートに、今後の調査方針を書き込む。
幻覚剤の出所。小屋の所有者。他に被害者はいないか——
やるべきことは、山積みだ。
だが、一つずつ、確実に——
お読みいただき、ありがとうございました!
第三話は、エドガーの日常と、小さな事件を描きました。
派手な展開はありませんが、エドガーの「探偵としての決意」が固まる大切な回です。
次回、第四話からは「最初の本格事件編」が始まります。
隣家での新たな盗難事件——エドガーの推理が、本格的に試されます
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次回もお楽しみに!




