第9話 仲間の旅の目的を知る。
目の前に積まれた金貨の袋をみて、さすがにワタシもビビる。
「いや、ここまでしなくても……」
つい、口にしてしまう。
「仕事には軍資金が要る。
いただけるものは、いただいておこう」
ビゼンは落ち着いた声で言った。
「これで、私も二人へのここまでの報酬を支払えた、ということでいいね」
アオが、何でもないことのように言う。
……いや、確かに十分すぎる。
十分すぎるんだが。
「それより、いい機会ですし。
ギルドマスターに、例の件を相談してみては?」
アオが、私のほうを見る。
ああ……そうだった。
ワタシ は、チュウエイの件を
ギルドマスターに伝え始めた。
チュウエイからパーティーに誘われたこと。
だが、実際にやらされそうになったのは、
このアオの家に強盗に入ることだったこと。
止めようとしたら、 その場で殺されかけたこと。
そして――
ワタシ が助かったのは、このアオのおかげだったこと。
一通り話し終えると、
ギルドマスターが神妙な顔で口を開いた。
「すみません。ひとつ、よろしいでしょうか?」
「どうぞ」
ワタシはうなずく。
「アオ様なら、 チュウエイ氏など、問題ではなかったのでは?」
……そうなの?
やっぱり、こいつそんなにすごいの?
思わず、隣に座っているアオをちらりと見る。
「ご存じの通り、私はあまり直接、人と関わらないようにしていましてね」
アオは、どこか他人事のように言った。
「まさか、このアビが刺されるとは思っていなかったので。
死んだふりをして、やり過ごしたんですよ。
盗られると言っても、大したものもありませんでしたし」
……まあ、確かに。
ワタシ の傷も、自分の傷も、あっさり治してしまう回復魔法の腕前だ。
そう考えると、死んだふり作戦も“間違い”ではないのかもしれない。
「なるほど……」
ギルマスは、歯切れの悪い相づちを打った。
「お嬢さん。
あなたは、チュウエイ氏のことを、どれくらいごぞんじですか?」
「いや……」
ワタシは正直に答える。
「あいつが異世界から来たことと、
Aランクの冒険者だってことくらいしか知らない」
「そうか。 では――」
ギルドマスターは、ゆっくりと息をついた。
「チュウエイ氏について、話さなければなりませんね」
そう言って、
彼は静かに語り始めた。
「彼は異世界から来たそうです。
最初の頃は、お嬢さん、あんたと同じように、ずいぶん苦労していましたよ」
ギルドマスターは静かに続ける。
「ところが、ある時期を境に、急に手柄を立て始めた。
理由は分かりません。
何かしらのスキルを身につけたのかもしれませんが……」
魔物を次々と討伐し、最近では、各地で暴れている革命軍とかいう反乱軍の討伐でも、 立て続けに功績を挙げた。
「もっとも――
お嬢さんの言う通り、黒い噂がなかったわけではありません。
とにかく、彼に同行した初心者の戦死が多かった」
「なるほどね」
ワタシは、奥歯を噛みしめる。
「自分で殺して、金品を奪い、
女ならおそってたってわけか」
思い出すだけで、腹の底が煮えくり返る。
「なんで、そんなやつを野放しにしてるの?」
ワタシは、ギルドマスターを睨みつけた。
「彼の今のスポンサーは、エン家という大貴族なのです」
ギルドマスターは、言葉を選ぶように答える。
「公爵家の。
ですから……ギルドとしても、なかなか手が出せない状況でして」
「じゃあ何? ギルドは、あいつの悪事を見て見ぬふりしてるってこと?」
ワタシはおもわず語気を強める。
「いえ……」
ギルマスは苦しそうに言葉を続けた 。
「そもそも、多くのパーティーは、
仲間が死んでも、正式な死亡届すら出さないのです。
その点、彼は……きちんと届けを出していた。
制度上は、むしろ“ちゃんとしていた”とも言えまして……
もっとも今思えば、死んだ仲間の遺品を嬉しそうに金に換えていたのは妙だとおもいましたが…」
くそ、どれほどの犠牲者がでたんだ。
でも・・・・
「じゃあ、それも今日までね」
ワタシは、はっきりと言った。
「ここに、生き証人がいる。 ――ワタシが」
「……それも、そう簡単ではありません」
ギルマスは、視線を伏せる。
「我々としては、
“死亡したアビさん”と
“今ここにいるアビさん”が
同一人物だという証明が、何一つないのです」
そう言って、
ギルマスは様子をうかがうように、アオのほうをちらりと見た。
……そんなに、こいつが怖いのか。
アオはいつもどおり布で目を覆っているせいで、表情は分からない。
アオは無言のまま、わずかに俯き、考え込んでいるようだった。
アオもどんな貴族かは知らないが、
相手は公爵家。
王家に次ぐ家柄――
簡単な話じゃない、ということか。
「……クソ」
ワタシは、それ以上言えず、黙り込んだ。
その沈黙を破ったのは、ビゼンだった。
「すまない。
私からも、ひとつ聞きたいことがある」
「はい。なんでしょうか」
ビゼンは、懐から一枚のスケッチを取り出す。
「この紋章に、見覚えはないか?」
描かれていたのは――見知らぬ、紋章だった。
「これは、さきほど話に出たエン家の紋章ですよ」
ギルドマスターが答えた。
「――なんだと!」
ビゼンが、思わず声を荒げて立ち上がる。
この人が、こんな反応をするのは珍しい。
「どうしたの?」
ワタシは驚いて、ビゼンを見た。
ビゼンは、ゆっくりと腰を下ろし、静かに口を開く。
「……私が旅をしている理由だ」
淡々とした声だった。
「私や、里の男の戦士たちが留守にしている間、
里が襲撃された。
多くの仲間がさらわれた。
女も、子どももだ」
一拍置いて、続ける。
「そして、多くの仲間が殺された。
しかし生き残った仲間が、敵の鎧に描かれていた紋章を覚えていた。
――それが、この紋章だった。」
「え?」
思わず、声が漏れる。
「じゃあ、あなたの仲間をさらったのが、
そのエン家とかいう公爵家だっていうの?」
「分からん」
ビゼンは、首を横に振った。
「だが、手がかりであることは間違いない。
アビ、お前のおかげで、大きな糸口を得た。
礼を言う。 私は、すぐにエン家を探るつもりだ」
そう言われて、
ワタシは考えるより先に口を開いていた。
「待って。じゃあ、ワタシも行く」
「……なに?」
「そのエン家ってやつは、
チュウエイともつながってるんでしょ。
それに――」
ワタシ は、はっきりと言った。
「あなたは、もう私の仲間でしょ」
「アビ……」
ビゼンは、しばらく黙っていたが、
やがて小さくうなずいた。
そして、仮面をとり私の眼をみてほほ笑んだ。
「……ありがとう」
その素顔は、ドキリとするほど綺麗で。今まで仮面で隠していたのがもったいないくらい、優しくて強い、澄んだ瞳をしていた。
その笑顔を見てワタシ もおもわず、歯を見せてわらう。
「いいって。」
「ギルマス。
世話になったわね。
もう遅いし、今から宿を取らないと……」
そう言うと、
ギルドマスターはすぐに答えた。
「お、お嬢さん! 何を仰いますか! 当ギルドが誇る最高級の特室を用意させています。食事も、この街一番のシェフを呼びつけました。どうか、どうか我がギルドでお休みください!」
「え、いや、そんなお金もったいないし・・・」
「代金など! いただけるわけがないでしょう!!」
ギルマスの必死すぎる形相に、ワタシ は思わず引き下がった。
……まじか。
いたせり、つくせりか。
エン家も相当な貴族らしいが、このアオも相当にすごい貴族に違いない――
そう思って、ちらりと横を見る。
……無表情。
黙ったまま、動かない。
対策を考えてくれているのか。
「……すー、すー」
……ん?
いや、待て。
おかしいだろ。ひょっとして、ずっと寝てたのかこいつ!
「寝るなあああ!」
思わず靴を脱ぎ、
そのままアオの頭をスパーンと叩いた。
「いいいいい!?」
ギルドマスターが、とんでもない声を上げる。
「いたああい!」
今度は、アオが叫んだ。
「ああ?
話、もう終わったんですね。
じゃあ、食事とホテル、お願いできますよね?
ギルマス?」
「は……ははああ!
も、もちろんです!
おい、だれか!」
こうして私たちは、
とりあえず部屋と食事へと案内されることになった。
それから――
三人が部屋を出た後のこと。
「ギルマス……
あの、アオ……様? とかいう人、
一体、何者なんです?」
二人きりになった部屋で、
エンオウがギルドマスターに恐る恐る問いかける。
「おまえな……
世の中には、知らないほうがいいこともある」
そう言いかけて、
ギルドマスターは言葉を切った。
「……いや。
ここまでになったのは、
オレが何も言わなかったせいか」
彼はそう呟くと、
煙草に火をつけ、深く息を吐いた。
「お前、四神様は知ってるな?」
「ええ。もちろんです。
魔王と並ぶ……
いや、魔王以上に、
人類が手を出してはいけない存在ですよね。この世界の力の頂点。」
一瞬、間を置いて続ける。
「それが……何か、あの人と関係が?」
「……もしだ」
ギルマスは、煙を吐きながら言った。
「その四神の一柱――
青竜様が、この町の近くに住んでいて」
エンオウの喉が、ごくりと鳴る。
「気まぐれで初心者パーティーに混じったり、
“指導”と称してピクニック気分でついていったり、
そのたびに、我々に報酬をたかり、いや要求…
いや、――
我々が“お礼”をしていたとしたら、信じるか?」
「……は?」
一瞬、意味が理解できず、
エンオウは固まった。
次の瞬間、
みるみる顔色が変わっていく。
「ま……まさか。
それじゃあ、あのお方が……」
ギルドマスターは、
何も言わずに、静かにうなずいた。
「あの方が本気を出せば、このギルドだろうが、
エン家だろうが何だろうが、ひとたまりもない。
実際、とある四神様の怒りをかい、国ごと消されたという国もあるという話だからな。
もっとも――」
煙草を灰皿に押しつける。
「人の世の些細な争いなんぞ、
あの方は、基本的に興味がないがな」
「……お、俺は……
青竜様のお連れに……」
エンオウの声が、震える。
「それよりもだ」
ギルマスは、乾いた笑いを漏らした。
「あの嬢ちゃんだよ。何者なんだ。
アオ様の頭を、靴で叩くなんてな……」
しばらく黙ってから、
ぽつりと言う。
「まあ……
関わらないのが一番だ。十分もてなして、
何事もなかったように出発してもらう。
それが、うちにできる最善だろう」
そう言って、ギルドマスターは諦めたように大きく息を吐いた。




