第40話 後宮の悪魔 妲姫
浴場は奴隷用とは思えないほど綺麗だった。
シャンプーとボディソープ、さらには肌の保湿用のジェルまで備えられている。そして、剃刀まで。
入浴する前、女性の係が「王女殿下は不潔が嫌いなので、全身の手入れをするように」と注意をしていた。
全身のムダ毛も手入れしろという意味なのだろうか。
なぜ、と思いながら素直に従う。
片目で全身に刻印が刻まれた私をチラチラ見る視線が気になる。
湯船につかろうとすると、そんな私に空気を読まない声が飛んできた。
「へえ、これが刻印ってやつね。初めて見た。」
黒髪をうしろにまとめた女がワタシに話しかける。彼女も護衛の一人だろう。
「あまり、じろじろ見ないでほしいんだけど。」
私は思わず抗議する。
「そんなケチなこと言わないで、どこまで入ってるか見せてよ。」
そういいながら、全身をまじまじと見てくる。
「ちょっと、やめてよ!なによあんた!」
ワタシは思わず顔を赤くして大事なところを隠す。
「アハハ、ごめんごめん。私はルオ。あなたは?」
「ワタシはアビよ。」
「へえ、アビか。ごめんごめん、めずらしくてね。で、その刻印、あなたなにをやったの?」
「無実よ。」
ワタシは短く答える。
「無実?」
「そう、無実。どうせ信じないでしょうけど。」
「いえ、信じるよ。」
本気だろうかこの子は。しかし、悪い気はしない。
「それにしても、アビって共同生活は慣れてないんだね。」
「まあね。」
周りを見ると、慣れたものでどうどうとしている女性たちもいる。中には体に傷が刻まれた歴戦の戦士らしき女性の姿も見える。
しかしこのルオという女は逆にきれいすぎるくらいだ。
肌の手入れが行き届いている。爪も整っている。護衛というより、どこかの令嬢のようだ。
「ねえ、アビ。」
「なに?」
「背中、流してあげようか?」
「は?」
「背中。刻印のところ、自分では見えないでしょ。ちゃんと洗えてる?」
言われてみれば確かに。背中の刻印は自分では確認しにくい。
でも、
「いえ、結構よ。」
私は丁重にお断りする。
「だったら前は?」
「余計いらんわ!」
思わず素っ頓狂な声が出た。
浴場の女たちが一斉にこちらを見た。
「あら、残念。」
ルオは楽しそうに笑っている。。
その時、一人の女が話しかけてきた。
褐色で銀髪、年齢は20代半ばくらいか。
「あんた、刻印持ちか。めずらしいな。」
「まあね。」
そう返そうとした瞬間、ワタシのスキルが反応する。
【幻影】――周りに幻の姿を見せる。
この女からスキルの発動を感じた。
私のスキルも成長したらしい。発動元まで探知できるようになっている。
「離れて、ルオ!お前、何者だ!」
ワタシは銀髪女と距離をとる。
「すごいな、まさか一発で見破られるとは。」
そういうなり銀髪女の瞳が青くなり、褐色の肌が白くなる。頭に一本の角が現れる。
悪魔だ。
「な!」
浴場にいた護衛たちが一斉に悪魔を囲む。
そしてルオが悪魔を取り押さえようとするが、悪魔が腕を一振りすると、どう見ても致命傷な血しぶきを吹き出し、ルオは湯船に沈んだ。
やばい!
ワタシが回復魔法をかけようとした瞬間、悪魔が素早く動きルオを抱える。
「おっと、勘違いしないでほしい。私は妲姫。お前たちの敵ではない。ちょっとからかい半分に、お前たちの危機感をテストしただけだ。」
妲姫と名乗った悪魔は空中でルオを抱えながら言う。
「合格者はアビ、お前だけだ。あとの連中は私がその気なら全員死んでいるぞ。とくにこいつは無防備に私に襲い掛かってきた愚か者だ。」
【狙撃】――魔力弾を放つ。
ワタシのスキルが反応し、護衛の女の一人が悪魔に魔力弾を放った。しかし妲姫のシールドにはじかれる。
「おいおい、話を聞いていたのか。私はお前たちの敵ではないよ。まあいい、私も驚かせすぎたな。初見で看破したのはお前が初めてだ、アビ。今後ともよろしくな。」
そういうと、妲姫はルオを抱えたまま消えていった。
後には血に染まった湯船だけが残った。
ルオ……。
生きてなさいよ。
私は赤く染まった湯船をただ見つめた。
しばらくして、係のメイドが浴場に入るなり声を上げた。
「これは……なにがあったのですか!」
まもなくジヨウが現れた。
血に染まった湯船をひと目見て、舌打ちをする。
「……妲姫か。」
それだけ言うと、ジヨウは何も聞かずに踵を返した。
「お前たち、湯舟は自分であらっておけよ。」
それだけ告げて、廊下の奥に消えていく。
ルオの安否も、経緯も、何も聞かなかった。
ここは、そういう場所なのか。
護衛一人の生死など、誰も気にしない。
刻印持ちのワタシは、なおさらここではそういう存在だ。
さて、うわさのキョウ王女、どんな王女様なのだろうか。
妲姫、あの感じ、あの華姫に似ていたな。
あいつが後宮の悪魔か。
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