第26話 警備隊長アマンとであう
警備隊の詰め所は、思ったより静かだった。
革命軍の隊長であるハクエイに、官軍の兵たちが丁寧に敬礼している。
妙な光景だ。
しかしハクエイが「おう」と短く答えるだけで、誰も不満を口にしない。
Sランク冒険者の名は、それだけで空気を変える。
案内された応接間も、整然としていた。
ダークエルフのビゼンを斜めに見る者がいない。
それだけで、ここがどういう場所かが分かる。
「緊張してるのか」
ハクエイが私に声をかける。
「ちょっとね」
お茶をすすりながら答える。落ち着いた、いい茶葉だ。
「ビゼン、ここの隊長はダークエルフだからと気にはしない。仮面を取ってもいいんだぞ」
「……いつもの習慣でな」
ビゼンは短く答え、仮面に手をかけなかった。
扉が開いたのは、それからすぐだった。
入ってきた男を見て、私は思わず目を細めた。
若い。二十代前後——あるいはまだ十代かもしれない。
赤毛に、端正な顔立ち。
見た目だけなら、どこかの国の王子と言われた方が納得できる。
だが。
その赤い瞳が、部屋に入った瞬間に私たち三人を順番に捉えた。
ほんの一瞬。それだけで、この男が室内の全員を静かに計ったのだと分かった。
「お久しぶりです、ハクエイ殿」
「おう、アマン。久しぶりだな」
「アビ=キョウカ殿、ビゼン殿」
男はこちらへ向き直り、手を差し出した。
「私がここの責任者、アマン=キスリィだ」
冒険者の私に。ダークエルフのビゼンに。分け隔てなく、まっすぐ目を見て。
ビゼンが、ほんの一瞬だけ躊躇した。そして、仮面を外した。
アマンは——少しだけ、目を細めた。驚いたのではない。
どちらかというと、確かめるように。そして静かに、ビゼンの瞳を見つめたまま握手を交わした。
整った顔立ちに、燃えるような赤い瞳。
思わず見とれそうになる、と気づいて私は慌てて視線を外した。
「このたびは、奴隷商人カクの捜査にご協力いただく。誘拐の実行犯がカクの名を口にしていた——それは確かか」
「ああ」
ビゼンが答える。アマンは頷いた。
「ならばやつの家宅捜索の根拠になる」
それだけだった。疑わなかった。真偽を深く確認もしなかった。
ダークエルフの証言を、当然のように事実として受け取った。
ビゼンが、わずかに目を見開くのが分かった。
「ひとつ聞かせてほしい」
ビゼンが、静かに口を開く。
「なぜ、あなたはダークエルフを受け入れる。立ち振る舞いを見れば、貴族の出だとわかる」
アマンは少し間を置いた。
「逆に聞こう」
椅子に深く座り直し、ビゼンを見据える。
「なぜダークエルフは、エルフからも人間からも忌み嫌われていると思う」
「……私たちが信仰する神が、エルフには邪神とみなされているからだ。魔王が勇者に敗れるまで、私たちは魔王の庇護下にあった」
「エルフの理屈はそうだ」
アマンは短く認めた。
「だが、人間には本来、関係のない話だ。魔王領に暮らしていた人間など、いくらでもいる。なぜ人間にまで嫌われているのか——あなたは考えたことがあるか」
ビゼンが、わずかに黙った。
「私は独自に、書物と遺跡を調べた」
そこで、アマンの声がわずかに変わった。
怒りと嘲笑が混じったような声だ。
「その結果、ひとつの仮説にたどり着いた」
アマンは、身をわずかに前へ傾けた。
「ダークエルフへの差別は、作られたものだ。過去の誰かが政治的な理由で広め、いつの間にか『当然のこと』になった。——エルフもダークエルフも、元は同じ場所に生きていたのではないか」
「……馬鹿な」
ビゼンの声は低かった。
しかし、否定しきれていなかった。
「今は仮説だ」
アマンは静かに言葉を継ぐ。
「だが——」
ほんの少し、口の端が上がった。
「——不愉快だが滑稽だとは思わないか。もしそれが本当なら、あなたたちダークエルフが背負ってきたものは何だったのか、という話になる」
ビゼンが、黙った。
百年以上生きてきて、人間からそんな言葉をかけられたことが、果たして一度でもあっただろうか。
しかもこのアマンはその歴史に怒りを感じているようにおもえる。
だからこそ、彼の言葉がビゼンの胸に刺さったのかもしれない。
「根拠のない憎悪に従い続ける理由が、私にはない。それだけのことだ」
部屋が、しんと静まり返った。
「コウロの話をしよう」
アマンが切り替える。声が、また元の硬さに戻る。
「私の後ろ盾はショウ=エン——コウロの弟であり、政敵だ。近いうちに、この王都は割れる。あなたたちにも、傭兵として協力してほしい」
「ちょっと待って」
思わず口を挟む。
「警備隊長がそんなことをベラベラ話して、大丈夫なの?」
アマンが、こちらを見た。
一瞬だけ——本当に一瞬だけ——その赤い目に、おかしそうな色が過ぎった。
「なんだ、知らないのか」
「知らないから聞いてるんですけど」
「冒険者ギルドにはすでに傭兵募集が出ている。コウロ側も、ショウ公側も。どうせ隠せる話でもない」
私は言葉に詰まった。
政治に絡む案件も、ちゃんと目を通しておくべきだったか。
「正直に言う。このままではわれわれに勝ち目がない」
アマンの声が、また静かに沈む。
「コウロ側にはチュウエイ、ロフ、親衛隊のレツオウ。そして——華姫という悪魔がいる」
チュウエイ。
腹に剣が入ったあの夜の感覚が、一瞬だけ蘇る。
「その華姫というのは、どんなやつなの?」
「守秘義務がある。詳しくは言えん」
アマンは短く答えた。
「ただひとつだけ言える。あれに対峙できる者は、ショウ公の配下でも限られている。出会わないに越したことはない」
……まあ、すでに出会ってるんですけどね。
今はそれを言うつもりはなかったが。
「戦力はひとりでも欲している。ハクエイ殿にも期待している」
まあ、この人が革命軍の隊長なわけですが。
「わかった。あなたを信用する」
私は頷いた。
「ありがたい。では準備が整い次第、ハクエイ殿を通じて連絡する。それまで王都を楽しんでくれ」
「しかし、それでは今、市場にいる仲間が」
ビゼンが異を唱える。
「安心してくれ」
アマンは少し考えてから言った。
「今、市場にいる仲間については——私が個人で購入するという形にしよう。どのみち近日中にすべての取引は無効になる」
「え、警備隊長がそんなことをして、いいの?」
「構わん」
アマンはビゼンをまっすぐに見た。
「ただし——ひとつ、懸念がある」
「懸念って?」
「今は言えない」
その一言が、やけに重かった。言えない、ではなく——言わない、という顔だった。
「市場にいる貴方の仲間は、必ず全員取り返す。それだけは約束する。もし果たせなければ、この職を辞す。この命を懸けても構わん」
彼の誇りと覚悟がみえる。
「……わかった。信じる」
ビゼンが、静かにそう言った。
こんな早さでビゼンが人間を信じるのを、私は初めて見た。
「助かる」
ハクエイが短く礼を言う。
「では、連絡を待ってくれ」
アマンが立ち上がる。それだけで、会談が終わったと分かった。
詰め所を出て、王都の石畳に出た。
ビゼンが、ぽつりと言った。
「……あの男、只者ではないな」
私は黙って頷いた。
只者ではない、という言葉では足りない気もした。
若い。あの男は、たぶん私とそう歳が変わらない。それなのに、あの重さはなんだ。あの静けさはなんだ。
赤い目が、頭から離れない。
チュウエイ、コウロ、華姫——積み上がっていく敵の名前の中に、あの男はいない。
敵ではないはず。
でも、いつか——あの男自身が、私にとっての「越えられない壁」あるいは「超えるべき壁」になる日が来るような気がした。
根拠はない。ただの直感だ。
それでも、確信に近かった
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