第10話 豪遊する
部屋に案内された瞬間だった。
「………………」
ワタシとビゼンは、同時に言葉を失った。
広い。
とにかく、広い。
床は磨き抜かれ、壁には見たこともない絵画。
天井から下がる照明は、明らかに冒険者向けの宿のそれではない。
王族向けでしょ、これわ。
「……なに、ここ」
思わず呟くと、
ビゼンも周囲を見回しながら、静かに息を吐いた。
「……私の里の集会所が、十個は入りそうだな」
「いや、それ盛りすぎでしょ」
ツッコミを入れつつも、否定できないのが腹立たしい。
「お食事の準備ができております。」
かかりの人に促されて、席につく。
食堂ではなく、わざわざ部屋にもってきてくれるとは。
いや、よく見たらそれだけじゃない。
料理人たちが横で料理をしている。
まじか。
「アオ様。いつもお世話になっております。」
若いシェフが頭をさげる。
「いつも悪いね。ルアンさん。」
「いえ、アオ様のお陰でこうして仕事をいただけるわけですから。」
笑顔でかえすルアンと呼ばれた男。
「そう言ってもらえると助かるよ。今日は私の友人にあなたの腕前を見せてあげてほしい。」
「かしこまりました。なにか嫌いなものなどあればあらかじめおっしゃってください。」
「いえ、そんなとんでもない。」
返って恐縮した。
ここはワタシたちしかいないということもあり、ビゼンもフードをとり、マスクを外している。
料理人たちはダークエルフをみても、なんの反応もみせない。
人間と同じように接する。
特別扱いも、避ける様子もない。
プロだ。
銀の蓋が、ひとつ、またひとつと持ち上げられる。
そのたびに、
湯気と一緒に――香りが殴ってきた。
「……これは」
最初に声を漏らしたのは、ビゼンだった。
ダークエルフの里で育った彼女が、完全に固まっている。
焼きたての肉の香ばしさ。
バターのような、でもそれよりも深いコク。
香草と果実の甘みが混ざった、意味のわからない香り。
いや、ちがう。
意味は、わかる。
香りだけで、もう味が想像できてしまう。
「これは……この近郊でしか取れない白角牛を、低温でじっくりと――」
シェフが説明を始めるが、
正直、途中から何も頭に入ってこない。
視界が、肉で埋まっている。
「私も100年ほど生きているが、こんなものは初めてだ。」
ビゼンが、真顔で言った。
え?100年?
あ、ビゼンってそんなに生きていたんだ。
まあエルフって長命らしいしね。
次の皿。
魚。
だが、ただの魚じゃない。
表面は軽く焼かれているのに、 中は宝石みたいに透き通っている。
ナイフを入れると、 すっと刃が沈んだ。
……やばい。
これ、やばいやつだ。
一口。
「………………」
言葉が、出なかった。
いや、美味しいとか、そういう次元じゃない。
なんというか、
「世界が優しい」
そんな錯覚すら覚える。
次から次へと運ばれてくる料理。
スープ。
パン。
甘い果実を使った前菜。
どれも、
「冒険者向け」なんて言葉が土下座するレベル。
「……ねえ、アオ」
耐えきれずに聞いた。
「なに?」
アオは、相変わらず気楽な顔でワインを口にしている。
「あんたいつもここに来るたびにこんな料理たべてるの?」
「ええ、まあ。ギルマスっていいひとだね。」
なるほど、こいつが来るたびにギルマスは泣かされていたわけか。
「ここのいいところがもうひとつあるのよ。大浴場。お風呂がいいのよお湯がいい。広さも、湯温も。落ち着くのよ。」
そんなことを言われても、
所詮はギルドの風呂だ。
広いだけのお風呂だろう。
そんな風に思っていました。
落ち着く、で済む規模じゃなかった。
大浴場前
案内された大浴場は、 もはや「風呂」というより、 ひとつの施設だった。
「……これ、王城の中にあるやつじゃない?」
目の前に広がる光景を見て、 思わず口に出してしまう。
「前はもう少し狭かったんだけどね」
アオが、何でもないことのように言う。
「私が、
『狭いね。もう少し広くしてほしいな』
って言ったら、
広くしてくれたのよ。
あのギルマス、ほんとにいい人だよ」
……さらっと言うな。
アオの方を見ると、
いつも目を覆っている布を外していた。
素顔を見るのは、これが初めてだ。
傷でも隠しているのかと思っていたが、 そんなことはなかった。
濡れたまつ毛に縁取られた瞳は、夜空の星を閉じ込めたような金。
肌は湯気を弾いて、真珠のような光沢を放っている。
「…………」 同じ女として、いや、同じ生物として、敗北感をあじわうような気分になる。
しかも、一糸まとわぬ姿で、隠す気もなさそうに堂々と立っているのだ。
こっちは心臓がバクバクいって、視線の置き場に困っているというのに!
「あんた、やっぱり見えてたんだ?」
目線をそらせながらそう尋ねると、
アオはあっさり答えた。
「布が濡れちゃうからね。
あれは普段、 魔力を抑えるためと、
魔力感知のトレーニングのためにしてるんだよ。
肝心なときには、ちゃんと視力に頼らないとね。
ふふ。 ……ふふふふふ。」
そう言いながら、 彼女は湯船の方へ向かっていく。
「ふーん」
……そういうものか。
いや、ちょっとまて、最後の笑い、 ちょっと変じゃなかったか?
ワタシは、 湯船の縁に腰を下ろしたビゼンの後ろに回り、 その長い黒髪にそっと指を通した。
備え付けの高級そうなオイルをなじませ、 ゆっくりと櫛を入れていく。
「……すまない、アビ。 こんなことまでさせてしまって」
「いいのよ。 これだけ長いと大変でしょ?」
「……それに、 ビゼンの髪、 ちゃんと手入れしたら もっと綺麗になると思ったんだ」
指に絡む髪は、 お湯とオイルを含んで、 夜の絹みたいに滑らかになっていく。
黒い肌も美しく、 戦士とは思えないほど、 どこか華奢に見えた。
「……アビの手は、温かいな」
ビゼンが、
気持ちよさそうに目を細める。
……しかし。
先ほどのアオとビゼンの、 あまりに立派な胸と、 自分の慎ましい胸を見比べて、
思わず、
「むむむ」
と、心の中で唸ってしまった。
そのときだった。
ふと、 視線を感じる。
そっとアオの方を見る。
湯気に遮られて、
よくは見えない。
……はず、なのに。




