第1話 冒険者ギルドで、私は死んでいることになっていた
冒険者ギルドの受付は朝から混み合っていた。
仕事の掲示板の前では、剣や杖を背負った冒険者たちが声を張り上げている。
ワタシはその横を抜け、受付カウンターに向かった。
怒りを胸にワタシは自分がとある奴に騙され殺されかけたことを報告しようとする。
「報告したいことがある」
そう言って、冒険者証を差し出した。
これが、ワタシの身分証明だ。
異世界から来たワタシには、これ以外に何もない。
受付の女性は冒険者証を受け取り、台帳に目を落とした。
……そして、指が止まった。
一瞬。
本当に、ほんの一瞬だけ、彼女の表情が固まる。
「……少々、お待ちください」
嫌な予感が、背骨を這い上がる。
受付の女性は台帳を確認し直し、落ち着いた声で言った。
「その番号の冒険者の方は――死亡届が出ています」
周囲の音が、すっと遠のいた。
「……え?」
自分の声が、ひどく間の抜けたものに聞こえた。
「死亡扱いです。登録は、すでに抹消されています」
私は死亡となっている台帳をみた。
『Eランク冒険者アビ=キョウカ 死亡』
確かに死亡となっている。
「そのアビって、ワタシなんですけど。本人が、ここにいるんですけど」
受付の女性は、困ったように首を傾げる。
「ご本人確認できるものは、お持ちですか?他の身分証とか紹介状とか」
言葉に詰まった。
ない。
だから冒険者になったのだ。
異世界から来たワタシが身分も出自も問われない、唯一の道だったから。
背後で、ひそひそ声が広がる。
「おう、あくしろよ」
急かす声が聞こえる
私は奥歯を噛みしめた。
――チュウエイ。
あいつがやった。やってくれたな。
私を殺しておいて、死んだことにした。
まあ、実際は死んでないが。
証拠隠滅だ。
そのとき、横から女性声が割って入った。
「待て。」
振り向くと、フードを深くかぶった仮面の女性が立っていた。
黒髪と、静かな気配。
ここまでの旅を同行してくれたダークエルフの戦士ビゼンだ。
もっとも、フードを被り、仮面までつけているので、外からは人間とまったく区別はつかないが。
彼女は自分の冒険者証を差し出す。
「私はBランク冒険者のビゼンだ。彼女がアビ本人であることは、私が保証する。」
受付の女性は、明らかに戸惑った。
「……少し、上と相談します」
そう言って、奥へ引っ込む。
ワタシは何も言わなかった。
ただ、だまってビゼンの仮面みつめていた。
――知っている。
彼女が何者かも、この仮面の意味も。
だからこそ、周りの空気が変わるのを、黙って見ていた。
その直後だった。
重い足音が、床を鳴らして近づいてきた。
上役らしい男が、面倒くさそうな顔で現れる。
視線は、私ではなくビゼンに向けられていた。
「あー……あんた、ダークエルフだろ」
確認するまでもない、という口調だった。
「悪いがな。ダークエルフの推薦なんて、うちじゃ通らん」
ビゼンの肩が、わずかに震えた。
「待て。ギルドの規約では、Bランク以上の冒険者は保証人になれるはずだ」
男は、書類をめくりながら鼻で笑う。
「たしかに書いてあるな。だが、それは“ギルドが信用すると判断した場合”だ」
顔も上げず、にやつきながら答える。
「ダークエルフはな……トラブルが多い。差別じゃない。実績だ」
その言葉に、周囲がざわつく。
「あいつ、ダークエルフか」
「やっぱりな」
「関わらない方がいいぞ」
空気が、一段冷えた。
なんだ、こいつら。
どいつもこいつも。
胸の奥で、何かがはっきりと切れた。
私は一歩、前に出た。
「これは、ワタシの問題でしょう!彼女は関係ない!
今の言い方、取り消して、彼女に謝りなさい」
男は、ようやく私を見た。
値踏みするような目だった。
「Eランクが、ずいぶん偉そうだな」
口元が、わずかに歪む。
「身元不明、死亡扱い、そのうえダークエルフとつるんでる、信用しろって方が無理だろ」
そして、結論を告げる。
「再テストだ、それで合格できなきゃ、ここには戻れない。冒険者ごっこは、そこまでだ」
即答だった。
「わかったわ」
私は、はっきり言った。
「ただし、私が合格したら、彼女に、正式に謝りなさい」
男はあざ笑ってこたえる。
「合格できたらな」
その声には、最初から結果が決まっている確信があった。
私は、ちらりとビゼンを見る。
仮面の奥は見えない。
それでも、怒りと屈辱だけは、痛いほど伝わってきた。
「見てて、ビゼン!」
そう言い切った瞬間。
頭の奥に、あの光景がよみがえった。




