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異能BG ーRe:d Boxー  作者: Amie


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第九話 小さな相続人を警護せよ Ⅲ

第九話 小さな相続人を警護せよ Ⅲ

****

 

 「兼高さん、斗黎君、おまたせ!」

 後ろから弾んだ声が飛んできて、振り返る。

 塾を終えた氷河と蓮華が、並んで校舎から出てきた。吐く息が白く、街灯に照らされて淡く揺れる。

 「それじゃあ、帰りましょうか!」

 日もすっかり落ち、辺りはもう真っ暗だ。住宅街は人影もまばらで、足音だけがやけに響く。沈黙が追いかけてくるような寂寥感に包まれる。

 そのとき、氷河は何も言わず、ふいに進路を変え、家の近くの公園へと入って行った。

 「氷河君?」

 蓮華が怪訝そうに、その背中を目で追う。

 「家、すぐそこだよ?」

 返事はなく、言葉を意図的に閉ざしているようだった。

 氷河はベンチに腰を下ろし、俯いたまま動かない。

 街灯の光が長い影を落としていた。

 「家に帰っても一人だし」

 ぽつりと、独り言みたいに呟く。

 確かに――ここから見える氷河の自宅だけ、明かりが灯っていない。

 窓は黒く沈み、誰もいないことを静かに主張していた。

 「氷河君、君は今、命を狙われてるんだ。分かってるかな?」

 兼高が、いつもの落ち着いた口調で諭すように言う。

 氷河は下を向いたまま、何も答えない。

 指先がぎゅっと握られているのが見えた。

 「寂しいのか?」

 斗黎が、そっと口を開いた。

 「俺も三年前に親父が亡くなってる。氷河君みたいに母さんが生活のために仕事復帰してさ、帰ってくるのは大体、二十二時くらいだったよ」

 そう言いながら、斗黎は氷河の隣に腰を下ろす。

 ベンチの冷たさが、スーツ越しに伝わった。

 「氷河君と違って妹達がいたから寂しくはなかったけど、部活終わりにご飯作ったり、洗濯したりさ。みんながそのまま寄り道して遊んでるのに、なんで俺だけヤングケアラーみたいなことしなきゃならないんだって、正直思ってた」

 一度息を吐き、夜空を見上げる。

 「でもさ……俺たちを食わせるために、必死に働いてるんだなって気づいたんだ」

 気づけば、氷河がじっと斗黎を見ていた。

 「氷河君のお母さんも同じだよ。忙しい中でも、氷河君を守ろうとしてる。どうしても傍にいられないから、俺たちに警護を依頼してきたんだ」

 暫く沈黙が落ちる。冷たい夜気が四人の間を満たす。

 「……お兄ちゃんって、意外と大人だな」

 小さく笑って、氷河が言った。

 「つまんない大人!」

 そう言い残して、勢いよく立ち上がる。

 予期しない言葉に、斗黎はぽかんと口を開けたまま固まった。胸の奥に、微かな棘のようなものが刺さる。


  ――


 「危ないっ!」

 兼高の鋭い声が夜気を裂いた瞬間、蓮華の肩が跳ね上がるように構えへと移る。

 同時に、兼高は反射的に氷河の前へ踏み込み、その身体を覆うように壁となった。

 闇の奥から、不快に地面を掻く足音。砂利が跳ねる。

 一匹の小型蟲が、一直線に此方へ突っ込んで来る。

 虫の節足に、獣じみた筋肉。不自然に膨れた顎。

 牙の隙間から粘ついた唾液が糸を引き、外灯の光を鈍く反射している。

 生理的嫌悪感が、ぞわりと背筋を這い上がった。

 「ギエェェェェェイッ!」

 金属を引っ掻くような奇声が鼓膜を震わせる。

 鼓膜が震える。

 次の瞬間、蓮華が踏み込んだ。

 『ガギンッ!!』

 ナックルと牙が真正面から打つかり、火花と衝撃音が夜に弾ける。

 蓮華の足元が地面を削り、数センチ後退する。

 「ハァァァアッ!」

 しかし、攻撃を押し返し、蟲は数メートル後方に飛ばされる。 

 兼高は氷河の手を強く引き、後退する。

 「兼高さんっ、後ろ!」

 蓮華の叫び。後ろを振り向く。いつの間にか、二体目。

 影の中から、もう一匹が低く這うように迫っていた。

 「矢車!」

 兼高の声。

 反射的にポケットへ手を突っ込む。

 

 ――特殊警棒。

 

 だが、焦った指が滑る。

 カラン、と乾いた音。

 足元に落ちた。

 心臓が跳ねる。

 

 ――まずい。

 

 蟲は俺など視界にも入れていない。

 一直線に、氷河へ。

 兼高が覆い被さるように抱き込み、盾になる。

 牙が、兼高の喉元へ迫る。

 「ジョウント」

 短い呟き。

 空気が歪んだ。

 

 ――次の瞬間、二人の姿が掻き消えた。

 

 視界が遅れて理解する。

 斗黎の後方、十メートル。

 そこに、二人が立っていた。

 

 ――空間湾曲移動。

 

 斗黎は転がるように警棒を拾い上げ、そのまま振り抜いた。

 『ゴッ!!』

 鈍い手応え。

 蟲の身体が横へ吹き飛び、地面を転がる。

 「矢車!シオン粒子を警棒に滞留させて打ち込むんだ!」

 兼高の声。

 理屈は分からない。だが、身体が先に動く。

 

 ――イメージしろ。

 

 粒子を流す。――集める。――警棒に込める。

 握ったグリップから微かに熱を感じる。

 特殊警棒が桃色の光を帯びる。

 間合いを詰める。――踏み込み。――振り下ろす。

 蟲が悲鳴を上げ、のたうち回る。

 「ギェェェッ!」

 明らかに効いている。

 三撃。――四撃。

 連続で叩き込む。

 骨を砕くような感触。

 息絶えたのか、蟲は動かなくなる。やがて、蟲の輪郭が崩れ始め、粒子状の煙となって霧散していった。存在そのものが瓦解する。

 荒い呼吸のまま、顔を上げる。


 ――

 

 蓮華は、まだ戦っている。

 牙とナックルの鍔迫り合い。火花が散る。

 何度も近づいては離れてを繰り返している。

 その度に、ギチギチと嫌な音が公園に響く。耳障りな軋み。

 蟲の攻撃を蓮華がナックルで一方的に受けている。

 次の瞬間。――ピシリ。

 蟲の牙に罅が入る。微細な破断音。

 蟲が一旦跳び退き、距離を取る。

 そして、低く唸りながら再突進。

 ぞくりとするほど冷静な目。感情が削ぎ落とされた、戦闘者の視線。

 極限まで引き付け――

 紙一重で回避。

 地面を踏み抜くようなアッパーカット。衝撃が空気を裂く。

 蟲の体が宙へ打ち上がる。

 外灯を蹴る。

 軽やかな三角飛び。

 空中で身体を捻り、蟲の真上へ。重力すら味方にする動き。

 

 ――人間技じゃない……

 

 右手のナックルが、黄色く輝く。

 凝縮されたシオン粒子。

 『ドカッ!!』

 重い衝撃音。

 叩き落とされた蟲が地面にめり込む。

 蓮華が着地した瞬間、蟲は煙となって崩れ、夜風に溶けた。

 

 ――静寂。

 

  遅れて、自分の鼓動がやけにうるさいことに気付く。耳鳴りのように響く。

 ……凄い。

 流れるようで、無駄がなくて。

 美しいとさえ思える戦いだった。機能美という言葉が脳裏を過る。

 本来、増援に向かわなくてはいけないのに、蓮華の戦闘に見入ってしまっていた。

 「みんな、大丈夫でしたか?」

 蓮華が駆け寄ってくる。

 「あぁ、大丈夫だ。氷河君、怪我はないか?」

 「うん、大丈夫。お姉ちゃんたち強いね!」

 氷河は目を輝かせている。

 怖がるどころか、尊敬の眼差しだ。

 ……馬鹿なのか、肝が据わってるのか。

 「氷河君、お家入ろうか」

 家の前で、ちょうど母親の澪と鉢合わせた。

 「お母さん!」

 「氷河!」

 駆け寄る息子を、澪が強く抱きしめる。

 「調月さん、少しお話したいことがあります。お時間よろしいでしょうか?」

 兼高が低い声で言った。

 「はい……あっ寒いんで、中へどうぞ」


****

 

 「氷河、二階に行ってなさい」

 澪はそう言って、氷河の背中をやさしく押した。

 氷河は名残惜しそうにこちらを振り返りながらも、小さく『うん』と頷き、階段を上っていく。

 軽い足音が、やがて二階で止まった。

 それを確認してから、澪はゆっくりと此方に向き直る。

 「実は先ほど、蟲二体の襲撃に遭いました」

 「えっ!?」

 澪の肩がびくりと跳ねる。

 「安心してください。二体共に我々が駆除いたしました」

 「そ、そうですか……ありがとうございます」

 張り詰めていた糸が切れたように、澪の表情が崩れ、深く息を吐いた。

 「調月さん、この男と車に見覚えはありますか?」

 兼高はスマホを取り出し、静かに写真を差し出す。

 「これは……」

 「蟲が来た方向の木の陰に、この男がいました。二体共、倒されるのを見るとすぐに車に乗って去って行きました」

 

 ――あの状況でよく撮れたな……

 

 斗黎は内心で舌を巻く。

 澪は画面を見つめたまま、言葉を失ったように沈黙する。

 指先が、僅かに震えていた。

 「知っていることや思い当たることがあれば、話していただけませんか?」

 「はい……」

 重たい空気を押し出すように、澪はゆっくり口を開いた。 

 「この車は恐らく、主人の姉の車です。この人も……はっきりとは覚えていませんが、多分、義姉の秘書の方だと思います」

 「お義姉さんですか……」

 「はい……」

 「失礼ですが、ご主人のお家の事情について、お伺いしてもいいですか?」

 澪が静かに口を開いた。

 「主人の実家は資産家で建設会社を経営してます」

 「それって、調月建設ですか?」

 「はい」

 「名前が一緒だからまさかとは思いましたが、業界大手の建設会社ですよね」

 そういえば、調月という名字はあまり見ないな。既視感のない響きだ。

 「主人とは学生結婚でした。長男なので、いずれ社長になる予定だったんです。でも……私が氷河を妊娠して、結婚を報告したら猛反対されて」

 そりゃ、学生結婚じゃ無理もない。

 「それでも主人は私を選んでくれました。最初は貧乏で生活も大変でしたけど……就職してからは落ち着いて」

 旦那さん、腹が据わってるな……。

 「氷河が生まれたあと、もう一度挨拶に行った時に、義姉と初めて会いました。その時も、この秘書さんを連れて同じ車で……」

 「そのお義姉さんが、氷河君を狙う心当たりは?」

 澪は一瞬、視線を落とす。

 「あくまで、私の憶測なんですが……義父の遺産だと……」

 空気が変わった。

 「結婚当初とは違って、義父は孫の氷河をとても可愛がってくれてますし、私にも良くしてくれて、主人が亡くなった後の生活の支援もしてくれてます。――最近、主人の弟がうちを訪ねて来たんです」

 「弟さんが?」

 「義父はここ数年、体調がすぐれなくて、大学病院に入院しています。主人の通夜と葬儀にも来られませんでした。主人の弟が言うには個人資産の相続人を氷河にしているらしいんです」

 「氷河君に!?」

 「義姉はアパレル会社を経営しているらしいんですが、最近かなり厳しいみたいで……お金を無心しているそうです」

 成る程な。――経営難。――遺産。――相続人は氷河君。

 ……動機としては十分過ぎる。

 「昔から横暴で、お金遣いも荒かったらしくて。実家とは殆ど絶縁状態だと聞きました」

 「もしかして……氷河君のお祖父さんまで危なくないですか?」

 斗黎が呟く。

 「可能性は高いな。氷河君だけ事故死させても意味がない。遺産を狙うなら、順番的にも標的になる」

 澪の顔が青ざめる。

 「このこと、氷河君のお祖父さんは?」 

 「いえ、あくまで私の憶測だったので……証拠もありませんし……身内を疑うのも」

 証拠も無いのに身内を疑う道理もない。

 「でも、今日はっきりしましたよね」

 「急で申し訳ないのですが、今週の土曜日、追加で警護をお願いできませんか?」

 「土曜?」

 「義父が病院から一時帰宅の許可が貰えたらしくて、皆んなで集まって食事をしないかって誘われてるんです」

 「ご自宅からご主人のご実家までの警護ですね」

 「はい」

 「分かりました。後でご主人のご実家の住所を教えていただけますか?警備計画を作成し直します」

 「よろしくお願いします」

 澪は深く頭をさげる。


****


 帰りの車内。

 エンジン音だけが、低く唸るように響いている。街灯の光が、フロントガラス越しに流れては消え、流れては消えた。 

 「二人共、今日はご苦労だったな」

 兼高が労いの言葉をかける

 「はい」

 「……」

 斗黎は後部座席にもたれ、ぼんやりと窓の外を眺めていた。

 さっきの戦闘が、何度も頭の中で再生される。

 「矢車、気にするなよ」

 ちょうど、襲撃時のことを思い出していた。

 「すみません。俺、蟲が襲って来た時、動揺しちゃって……」

 「違う、氷河君に言われたことだ」

 斗黎は思い返していた。

 「『つまらない大人』って言われた事ですか?」

 「お前の考えは間違っていない。子供に理解しろと言う方が難しい」

 思っていた会話と違い、斗黎は目を瞬かせた。

 「はぁ……」

 情けない返事が漏れる。

 「それよりも、良くあの状況でRED BOXが使えたな。初めてにしては上出来だ」

 「なんか……気付いたら使ってました……」

 「警棒落とした時はどうなるかと思ったけど、斗黎君凄かったよ!」

 助手席から蓮華が振り返り、にこりと笑いながら斗黎を励ます。

 「あ、ありがとう……蓮華はRED BOXは使ってなかったよね?」

 「あれくらいの相手なら使わなくても勝てるよ」

 さらっと言われ、その言葉に酷く落ち込んだ。

 「そ、そうなの?」

 声がひっくり返る。

 「シオン粒子のコントロールで能力上昇(バフ)をかけるだけで余裕だよ!」

 屈託のない笑顔。

 蓮華のあの動き……恐らく、シオン粒子を目に集めて動体視力を上げると同時に、体にも巡らせて反射神経を底上げし、蟲の攻撃を躱した。更に、運動神経を向上させて外灯を蹴り上がったのだろう。――そして最後にシオン粒子をナックルに集めた渾身のストレート。


 ――俺よりも遥かに経験を積んでいる。まぁ張り合う必要もないのだが……


 「そういえば、斗黎君、RED BOXを使った時、『ジョウント』っていってたよね?あれって、空間湾曲移動の事?」

 聞こえていたのか……変な羞恥心が込み上げてくる。

 「うん……そうだよ」

 話を終わらせようと、短い返事で返す。

 「なんで、『ジョウント』なの?」

 どうやら、終わらせてはくれないようだ。

 「ちょっと前に観たSF映画で、空間湾曲移動の事を『ジョウント』って言ってたんだ。だから単純な空間湾曲移動を、それにしたんだよ」

 「そうなんだぁ、斗黎君、知らない間に、技名付けてるからびっくりしちゃったよ!」

 いくら戦闘に必要と分かっていても、やはり中二っぽくて恥ずかしくなる。


 ――

  

 斗黎は引っかかっていたことを聞いてみる。

 「蟲って知能が低いんですよね?」

 「あぁ」

 兼高が答える。

 「媒体は人間なんですよね?」

 「あぁ、そうだ」

 続けて斗黎が聞く。

 「あの、襲って来た蟲、小さくて……なんだか猫とか犬みたいな獣のような感じがしました」

 「そうだな」

 「やっぱり、斗黎君もそう思ったんだ。私もだよ!……それにあの蟲、一直線に氷河君に向かって行きましたね」

 「命令に従ってるみたいだった」

 「だが、見た感じ、自我はなさそうだった」

 車内の空気が、少し重くなる。

 「推測だが――」

 兼高の声だけが静かに響いた。

 「どういう、手法かは分からないが、生き物を蟲に変えて服従させている可能性がある」

 遺産のために、父親と甥を殺そうとする。

 その事実が、胸の奥に鉛のように沈む。

 窓の外の夜景が、やけに冷たく見えた。

 斗黎は小さく息を吐き、目を閉じた。

 なんだか、やるせなかった。胸の内に残るのは、言葉にならない懊悩だった。

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