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Re:d Box  作者: Amie


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第8話 小さな相続人を警護せよ Ⅰ

 兼高、蓮華、斗黎の三人は、九篠警備保障株式会社の応接室でクライアントの到着を待っていた。

 白を基調とした室内は、無駄な装飾のない簡素な造りだ。壁際の観葉植物だけが、わずかに空気を和らげている。

 やがて、


 ――コン、コン。


 控えめなノック音が響く。

 「失礼します」

 という声とともに、応接室の扉が静かに開いた。

 入ってきたのは、オフィスカジュアルの服装に身を包んだ女性だった。年齢は二十代後半ほどだろうか。

 肩に掛けたバッグは少し使い込まれており、仕事帰りであることがうかがえる。どこか疲れの滲む表情が、第一印象として目に留まった。


 ――三人は揃って立ち上がる。


 「本日はご足労いただき、ありがとうございます」

 落ち着いた声音で、兼高が一歩前に出る。

 「私、九篠警備保障株式会社の兼高と申します」

 名刺を差し出しながら、丁寧に一礼した。

 女性も慌ててバッグから名刺を取り出し、差し出す。

 「……調月つかつきと申します。よろしくお願いします」

 その後、兼高が軽く横を示す。

 「こちらが九篠、そして矢車です」

 「よろしくお願いします」

 「よろしくお願いします」

 蓮華と斗黎が、ほぼ同時に頭を下げた。

 「今日は私を含め、三名でヒアリングをさせていただきます」

 「……よろしくお願いします」

 調月は少し緊張した面持ちで、再度頭を下げた。


 ****


 全員が席に着くと、応接室には静かな空気が戻った。

 兼高は手元の資料に目を落としながら、淡々と確認を進める。

 「調月澪つかつき みおさん。二十八歳、神奈川県青葉区在住。こちらの内容でお間違いありませんか?」

 「はい……」

 返事をする調月の表情は、どこか草臥れている。無理に気丈に振る舞おうとしているが、疲労が隠しきれていない。

 「では、今回のご依頼について、詳しくお話を伺ってもよろしいでしょうか」

 「……身辺警護をお願いしたいのは、私ではなくて……息子なんです」

 「息子さん、ですか?」

 「はい……」

 一瞬、言葉を選ぶように視線を落とし、調月は続けた。

 「二週間ほど前のことです。息子が通学途中、信号待ちをしていたとき……後ろから、突然突き飛ばされました」

 思わず、斗黎の胸に緊張が走る。

 無差別であれ、狙い撃ちであれ、あまりに物騒な話だ。

 「幸い、通りかかった車が急ブレーキをかけてくれて……大事には至りませんでした」

 「そのとき、突き飛ばした人物について、何か分かっていますか?」

 「車の運転手が言うには、背の高い男性だった、と……顔は隠していて、はっきりとは見えなかったそうです。でも、体格から男性だと……」

 兼高は無言で頷く。


 ――ただの通り魔か?


 いや、ここに話が持ち込まれている以上、単純な事件とは考えにくい。

 九篠警備保障株式会社は、特別認可企業だ。

 つまり――どこかでヴェノームが関わっている可能性が高いから神奈川県からわざわざ足を運んだのかも知れない。

 調月は、意を決したように言葉を続けた。

 「それから三日ほど前……今度は、息子がヴェノームに襲われました」

 「……怪我は?」

 「ありません。たまたま近くにモノリスがあって……なんとか助かりました。でも……」

 声が、わずかに震える。

 「さすがに、こうも立て続けに狙われると……」

 「息子さんが狙われる理由について、何か心当たりはありますか?」

 「……いいえ」

 調月は、視線を逸らした。

 斗黎はその仕草に、微かな違和感を覚える。


 ――本当に、何も知らないのか?


 「一年前に主人が亡くなりまして……今は、私一人で子育てをしています。仕事も休めなくて……」

 言葉を区切りながら、調月は続ける。

 「とりあえず一週間、状況を見て……必要であれば、契約を延長したいと考えています」

 「承知しました。ただし――」

 兼高は、事務的な口調のまま告げる。

 「警護体制によっては、一週間でも相応の費用がかかります。その点は、問題ありませんか?」

 「……主人の保険金があります。本当は、息子が大きくなった時のために、できるだけ残しておきたかったんですけど……」

 調月の声が詰まる。

 「もし、万が一……息子に何かあったら……そんなお金、何の意味もありません……」

 目に、うっすらと涙が浮かんでいた。

 「分かりました」

 兼高は感情を挟まず、淡々と頷く。

 「警護は、主に登下校時間帯を中心に行います。ヴェノームが関与しているとのことなので、最低でも三名体制とします」

 条件が、次々と整理されていく。

 「あの……」

 調月が、遠慮がちに口を開いた。

 「息子、週に二日ほど火曜日と金曜日に塾に通っていて……塾の行き帰りも、お願いできますか?」

 「ええ、大丈夫ですよ」

 即答だった。


 「あの……もう一つ……」


 言い淀む調月の様子に、兼高が視線を向ける。

 「どうされましたか?」

 「この会社では……ヴェノームの退治もしていると、聞いたのですが……」

 「はい。私共は特別認可企業ですので、国からヴェノームとの戦闘を許可されています」

 一拍置いて、続ける。

 「ただし、最優先事項は警護対象者の安全です。状況によっては、必ずしも退治できるとは限りません」

 「……分かっています」

 調月は、拳を握りしめる。

 「無理を承知で、お願いします……息子を襲うヴェノームを、どうか……」

 涙を浮かべながら、必死に頭を下げた。

 「善処いたします。後日、警護計画を策定しお見積書をご提示させていただきます。」

 兼高は、静かにそう答えた。


****


 依頼人の調月が応接室を後にすると、三人は廊下を抜け、そのまま執務スペースへ戻った。

 固定席のないフリーアドレスのオフィスには、壁面や柱際にいくつかの大型モニターが設置されている。

 大型モニターに映し出された地図を前に、斗黎は無意識に一歩下がっていた。

 蓮華と兼高が自然にモニターの正面を取るのに対し、斗黎だけが全体を眺める位置に立っている。

 「……青葉区か」

 斗黎は口に出してから、少し間を置いた。

 「正直、距離ありますよね。それに、息子さんの登下校時間帯って……俺たちの学校の時間と被ってます」

 言いながら、自分でも「当たり前の指摘だ」と気づく。だが、聞かずにはいられなかった。

 「常時の随伴警護は、やっぱり厳しいですよね?」

 蓮華が視線をモニターに向けたまま言うと、兼高は画面から目を離さずに答えた。


 ――随伴。


 教本で読んだ言葉と、現場で使われるそれは、どうも重みが違う。

 「お前たちは塾の行き帰りの警護についてもらう」

 蓮華は既に頷いていた。理解が早い。

 「平日の登下校はどうするんですか?」

 斗黎が重ねて聞くと、兼高は簡潔に返す。

 「俺が常に張り付く。登下校の時間帯は単独随伴だ」

 どこに、どう立つのか。立ち位置までは、まだ見えてこない。

 大型モニターに表示された交差点に、マーキングが入る。

 「警護はこの班で固定だ。別班は使わない」

 「……固定、なんですね」

 斗黎が小さく確認するように呟くと、蓮華が横から口を挟んだ。

 「登下校と塾の送迎だけだからね。時間も動線もある程度は決まってる。顔ぶれを変える方が、かえってリスクになるよ」

 成る程、と斗黎は内心で頷く。 警護対象の行動範囲が限定されている以上、毎回同じメンバーで対応した方が連携も早い。


 ただ、その理屈を即座に「現場の判断」として咀嚼するには、斗黎の経験はまだ足りなかった。 頭では理解しているのに、考えが一拍遅れて追いつく。


  ――自分がまだ“素人側”にいることを、改めて思い知らされる。


 「明日は調査だ」

 兼高の言葉に、斗黎は反射的に聞き返しそうになり、ぐっと堪えた。

 身辺警護を行う際に最も重要なのは警護計画だ。

 「生活動線の洗い出しと危険ポイントの抽出が目的になる」

 通学路の想定ルートが表示され、交差点や細い路地にマーキングが入っていく。

 「見通しの悪い交差点、滞留しやすい場所、逃走経路が限定される区間……重点的に確認する」

 

 斗黎は、調月が視線を逸らした瞬間を思い出していた。


 ――申告内容と、現場が一致するとは限らない。


 「クライアントの話は参考情報だ。前提にはしない」

 兼高は淡々と言い切る。

 「調査結果次第で、警護レベルを再設定する。必要なら単独警護から複数展開に切り替える」

 依頼人の生活を考えるとなるべく安く抑えさせてあげたい気もするが……

 「いいか」

 兼高は二人を見回す。

 「民警の仕事は、起きた事件に対処することじゃない」

 一拍置いて、低く告げる。

 「インシデントを未然に潰すことだ」

 その言葉に、斗黎は自然と背筋を伸ばしていた。

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