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異能警護 ―Re:d Box―  作者: Amie


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第7話 赤い箱

 訓練を始めて二週間。

 九篠警備保障株式会社に入社してから、三週間が経とうとしていた。

 季節は師走の第一週。街へ出れば、通り沿いの店先には赤や緑の装飾が並び、どこからかクリスマスソングが流れてくる。浮き足立った空気が街全体を包み込み、年の瀬が近いことを否応なく意識させられた。

 そんな喧騒とは無縁のように、斗黎は今日も九篠警備保障株式会社のオフィスに来ていた。

 「矢車、今日で研修は終わりだ」

 兼高はそう言うと、いくつかの物を取り出す。

 バッジと特殊警備許可証、そして緋緋色金で作られた特殊警棒。ひとつひとつが、ずしりとした重みを伴って斗黎の手のひらに収まった。

 「ありがとうございます」

 形式的な礼の言葉とは裏腹に、胸の奥がわずかに熱を帯びるのを斗黎は感じていた。

 「あと、これも」

 差し出されたのは、金属製の手錠だった。

 「手錠……ですか?」

 警察でもない自分が、これを持つ意味があるのだろうか。

 不思議そうな表情を浮かべる斗黎を見て、兼高は苦笑混じりに説明する。

 「手錠は普段の任務では使わない。警察との合同任務で、“部外SP”として仕事に従事する時に使う。まぁ、逮捕はSPの職務上、“仕事の範囲を超える行為”と言われているから、御守りみたいなものだがな」

 そうなのか……。

 納得したような、しきれないような感覚のまま、斗黎は小さく頷いた。

 「許可証や武器は貴重品ロッカーに入れておけ。任務に就く時以外は基本、持ち出しは禁止だ」

 「はい」

 「無線機、防弾チョッキ等は共用だ。会社の備品だ。大切に使うように」

 「斗黎君、これは私からね!」

 声の調子を変えて割って入ったのは蓮華だった。

 差し出されたのはスーツの収納袋と靴。

 「?」

 「基本、クライアントからの要望が無い限りはスーツが正装だよ。BGやSPにとってスーツは消耗品だから、うちの会社では支給してるの」

 警備会社とは思えない手厚さだ。

 斗黎は思わず心の中で感嘆する。

 なんて福利厚生の良い会社だ。

 「早速なんだが、来週から任務に就いてもらう」

 兼高が、何でもないことのように次の話題へ移る。

 「今日の十八時にクライアントがヒアリングで来社する。矢車と蓮華は一緒に応接室に行ってもらう」

 「はい」

 「了解です」


****


 クライアントの来社まで、あと一時間ほど。

 オフィスのソファに腰を下ろし、斗黎と蓮華は束の間の休憩を取っていた。

 仕事の気配が漂う室内は静かで、外の華やぎとは対照的だ。

 「そういえば、異能力ってなんで、RED BOXって言うんだ?」

 以前から引っかかってはいた。

 だが、そういうものなのだろうと深く考えずに流してきた疑問でもある。

 「RED BOXって名付けたのは、堂上さんって人なの」

 「堂上さん?」

 「うちの会社にもね、小さいけど研究室があるの。堂上さんは、元厚労省の研究機関で働いていた研究員なの」

 警備会社――そう思っていた場所の奥に、研究室という別の顔がある。その事実が、斗黎の中で会社の輪郭を少し歪めた。

 「その堂上さんが中心になって、ヴェノームの研究や、私たちの異能力に関する研究をしているの」

 はじめて知った。

 警備業務の裏側で、そんなことまで行われているとは思いもしなかった。

 「うちは特別認可企業だから、政府からヴェノームの生体情報や専門知識も開示されてる。私たちの異能力や、シオン粒子の有用性を見つけたのも、うちの研究室なのよ」

 「凄いな……」

 素直な感想が口をついて出る。

 そう言うしかなかった、が本音はまだ整理できていなかった。

 蓮華はそれを聞いて、ニコリと笑った。

 「RED BOXの“RED”はね、堂上さんが言うには――『本来は高次領域に存在するはずの能力情報や進化因子、異能波長が、赤方偏移によって人類が観測可能なレベルまで歪められて到達した状態』って意味らしい……」

 「……」

 「よく分からないけどね。多分、“赤方偏移”から“赤”を取ったんだと思う」

 よくわからん……。

 斗黎は正直な感想を胸の内に留めた。

 「“BOX”は、『人間の身体・精神・遺伝子が、異能力を収容・封印・演算するための“器”である』って言ってたかな。多分、“器”を“箱”に置き換えたのかな?」

 「それで、“RED BOX”か……異能力自体、ブラックボックスみたいなもんだから、ネーミングセンスとしてはいいんじゃない?」

 斗黎は冗談めかして言う。

 「他の研究機関にRED BOXの事を知られたりなんてしたら、きっと私たちは今頃、人体実験のモルモットにされてたよ」

 さらりと告げられた言葉に、背筋がひやりとする。

 それが冗談なのかどうか、斗黎には判断がつかなかった。

 「蓮華や櫻子は、いつから異能力を使えたんだ?」

 斗黎はシオン粒子の存在は知っていたが、異能力そのものについては最近まで知らなかった。

 「斗黎君も同じだと思うけど、私も櫻子も、幼い頃からシオン粒子の存在には気付いていたの。うちの会社はヴェノームの情報も入って来るし、可視化サングラスみたいな道具も提供されるから――」

 言葉を選ぶように、蓮華は続ける。

 「私たちがお父さんにシオン粒子の事を話した時、お父さんは子供の戯言だって切り捨てず、ちゃんと聞いてくれたの」

 いいお父さんだな。

 斗黎は率直にそう思った。

 「そこから、うちの会社にも研究室ができたの」

 「そんな成り立ちだったんだな」

 「お父さんは、異能力の有用性を証明するために、身辺警護課に異能力者が集まる班を作ったの。『きっと、蓮華や櫻子以外にも、異能力に覚醒した子がいる』って」

 蓮華は、どこか懐かしむような微笑みを浮かべている。

 その言葉の奥に、親としての切実さが滲んでいる気がした。


 ――ん?


 「確か、株式会社SEALDsにも異能力者がいるって、兼高さんが言ってたよな」

 「SEALDsの社長の赤﨑さんの息子も、異能力者なの」

 社長の息子も異能力者なのか……。

 「SEALDsとは昔から付き合いがあるから、うちのやり方をSEALDsが真似たの。でも、異能力者の数は、あっちの方が多いけどね」

 蓮華は苦笑いしながら言った。

 「随分、話し込んじゃったね。そろそろ時間だから、応接室に行こうか」

 まだ何も始まっていないはずなのに、胸の奥がざわついていた。


 ――二人は足早に応接室へと向かった。

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