第3話 潜在異能力
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あれから二日。
斗黎は九篠警備保障株式会社の講習室にいた。
講習室内は、無機質で、どこか張り詰めた空気が漂っている。机と椅子が整然と並び、研修用の空間であることを主張していた。
「今日から座学なんだが……矢車、一昨日霧島からシオン粒子について教えてもらった事は覚えてるか?」
どうやら兼高さんが講師みたいだ。
「はい、コントロールの仕方も大分、慣れてきました」
言葉を選びながら、正面を見据えて答える。
「練習するのは良いが、プライベートで無闇矢鱈と異能力は使用するなよ」
「はい……」
短く返事をしたものの、放課後という時間帯もあってか、瞼の裏がじんわりと重い。
本来なら夜更かしに備えて仮眠を取っている頃だ。
「使い方はもう大丈夫だから、今日はシオン粒子の性質について学んでもらう」
異能力自体、中二病の産物みたいなものだ。
異世界で魔法を学ぶのも、きっとこんな感覚なんだろうな。
「シオン粒子の保有量は生まれながらに決まっている。色も、異能力の内容も人それぞれだ」
斗黎は自然と、今まで見てきた兼高班の面々を思い浮かべていた。
蓮華は黄色。櫻子は白色。霧島は水色。
――そして、俺は桃色。
人それぞれ、本当に違うらしい。
「シオン粒子のコントロールで何故、異能力が使えるかといったら、異能力の基となる個別情報体が含まれているからだ」
「……個別情報体……?」
思わず、声が漏れる。
なんか、難しい言葉が出てきたぞ。
「そんなに難しく考えることは無い。要は異能力のデータがシオン粒子に登録されてて、お前が演算処理をすることで読み取りができる。記憶媒体みたいなもんだ」
成る程。
……というか、兼高さん、俺の考えてること分かってる
「シオン粒子は可視光線として視覚することができる。初めて会った時に蓮華が言ってただろ?」
そう言えば、そんなことを言っていた気がする。
「しかし、視えるのは異能力者だけだ。覚醒していない人間には視えない。この可視化サングラスを掛けなければな」
兼高は自分のサングラスを取り出す。
「前にも言ったが、これはシオン粒子を可視化するためのサングラス。厚労省の研究成果が実用化された代物だ」
国の研究機関が絡んでるのか……思っていた以上に、話は大きい。
「矢車、お前たち、覚醒した人間の他にもシオン粒子が使える奴らがいる。――それが何か分かるか?」
―― 斗黎は過去の記憶やニュースの映像を思い出す。
「蟲ですか?」
「そうだ、やっぱり、視えるお前なら気付いていたか」
「……はい」
「このサングラスはSTACKが蟲を生け捕りにし、厚生労働省の研究機関が蟲の生体について調べたことで作ることができたものだ」
そうだったのか……
「だが、奴らはシオン粒子を使うことができるが、扱うことができない。知能が低いからな」
「あの……蟲がシオン粒子を使えることは分かったんですが、そのサングラスを作る意味ってなんなんですか?蟲が出現したら倒せばいいだけですよね?」
「これは、あまり公にはされてないんだが、奴らの中には人間に擬態する種がいるらしい」
初耳だった。
――そんなことを日本中の人間が知ってしまったら、疑心暗鬼に陥るだろう。
「擬態されてもシオン粒子が可視化できれば蟲か判断できる。お前達のシオン粒子とは出方が違うからな」
擬態できるのであれば、話は変わってくる。
「話が逸れたな。シオン粒子に物理的な作用は無いが、異能に干渉する作用がある。擬態できる蟲がいるってことはもしかしたら、お前達みたいに異能力を扱える個体が、いつか現れるかも知れないってことだ。これから先、覚えといて損はない」
成る程。
「よし、矢車、立ってみろ」
言われるがまま、椅子を引き、静かに立ち上がる。
「一昨日やったみたいに目を閉じて、シオン粒子を体内循環させるんだ」
瞼を閉じ、意識を内側へと沈める。
「これは、動きながら、なるべく早くできるようになれ!?この前放出量から、お前はシオン粒子保有量はかなり多いとみている。」
「この後は、どうするんですか?」
斗黎からシオン粒子が漏れ出している。
「体内でより早く循環するイメージをしろ」
斗黎の体表から、淡い光が漏れ出していく。
「コントロールが甘い!漏れ出すシオン粒子を最小限に抑えろ」
「はい!」
意識を絞ると、漏れ出す光は次第に穏やかになった。
「よし、そのまま目を開けろ!」
ゆっくりと瞼を持ち上げた瞬間――
霹靂の如く、電光石火の拳が目の前に迫る。
――咄嗟に躱す斗黎。
「うわぁっ!?――兼高さん、なっ何するんですか!?」
「シオン粒子が体内循環するスピードを上げることで一時的に反射神経、運動神経、動体視力が向上する。戦いの基本だから覚えておけ」
躱さなかったら、本気で怪我してたところだが、確かにパンチが遅れて見えたような……
「これを身につければ、常人以上、いや……怪物並みのスキルが手に入る。喧嘩でもそこらの穀潰しや有象無象が束になっても、問題にならない」
シオン粒子を他に使えるのが蟲だから怪物並みという表現は笑えない。
てかさっき、無闇矢鱈に異能力を使うなって言ってなかったか?いや、シオン粒子ならセーフなのか。
「次は事象変換についてだ」
兼高はそう前置きすると、視線をこちらに向けた。
「もう既に大体は理解しているだろうが、異能力の使用者は“演算処理”を行うことで、シオン粒子の個別情報体を異能力へと事象変換することができる」
一拍置き、言葉を選ぶように続ける。
「演算処理とは、“イメージ”だ。自分の異能力を正確に把握し、消費量を意識した上でイメージを組み立てる。そうすることで、能力の規模や威力を自在に調整できるようになる」
兼高は俺の反応を確かめるように、じっと目を向けた。
「――ここまでは、覚えているな?」
「はい」
即答すると、兼高は小さく頷いた。
「例えば、蓮華だが……アイツは、シオン粒子の保有量がやや少ない。もし常に放電し続けていたら、あっという間に粒子を使い切ってしまうだろう」
だから、と言葉を継ぎ、兼高は拳を軽く握る仕草を見せた。
「蓮華は、攻撃を打ち込む瞬間だけ放電する。無駄な放出は避け、必要な場面にだけ能力を集中させることで、戦闘中のシオン粒子の余計な消費を極力抑えているんだ」
「力任せじゃなく、計算しながら戦っている、というわけだ」
戦い方を考えなければ、戦闘の途中でガス欠になる。
――そんなことも、普通に起こり得るのか。
ただ力を振るえばいいわけじゃない。頭を使わなければ、生き残れない世界なのだと思うのだった。
「明日は、蟲と俺たちの仕事について教える。以上――」
その言葉を合図に、座学はひと区切りを迎えた。
――明日も座学かぁ。
内心でそう呟きながらも、斗黎は椅子の背に体を預け、小さく息を吐いた。
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会社帰り、斗黎は大通り沿いにある粉もの屋に立ち寄り、一人でたこ焼きを頬張っていた。
舟皿を片手に、焼きたてを口へ運んだ瞬間――
「熱っ!?」
舌先に走る鋭い刺激に、思わず声が漏れる。
やはり、たこ焼きを食べるときに最初に浮かぶのは「美味い」ではない。「熱っ」が先行して、形容する言葉として出てくる。
勉強にはなったが、正直なところ疲れた。
それでも、学校の授業とは違い、不思議と嫌いにはなれない。――むしろ、楽しいとさえ思える。
もう一つ、たこ焼きを口に放り込む。
「熱っ!?」
――学習能力が、ない。
早く実戦的な訓練を受けてみたい。戦闘訓練の日が、今から待ち遠しい。
そんなことを考えながら、斗黎は頬張り続けるのだった。




