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異能BG ーRe:d Boxー  作者: Amie


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第十話 小さな相続人を警護せよ Ⅳ


 ――とあるオフィスの一室。

 

 灯りを落とした暗がりの部屋で、二人の人影が静かに向き合っていた。

 「社長、申し訳ありません。失敗しました」

 「……」

 男が恐る恐る謝罪する。声には隠しきれない狼狽が滲んでいた。

「どうやら、特認企業のボディガードを雇っているようで……用意していただきました、小型犬二匹に例の薬を投与し、蟲にしましたが、二体共やられました」

 「特認企業のボディガードはSTACKみたいに蟲も倒してしまうのね」

 女は淡々と呟く。その声音には、僅かな苛立ちと冷然とした思考が混じっていた。

 「はい」

 男は深く頭を下げる。

 「神楽坂(かぐらざか)、私にはもう、時間が無いことは分かってるわよね」

 「はい……」

 「神楽坂、私の秘書になって何年かしら」

 「9年です」

 

 ――

 

 「貴方には感謝してるわ……」

 女は秘書の肩へと身体を寄せるように腕を回す。柔らかな仕草だったが、どこか底知れない気配があった。

 「社長……!?」

 バチッ――バチッ。

 刹那、電気が弾ける鋭い音が室内に走る。男の身体が痙攣し、そのまま意識を失った。

 「せめて、最期まで……私の役に立ちなさい」

 女の手にはスタンガンが握られていた。

 

****

 

 目が覚めた秘書の神楽坂。だが、身動きが取れない。それもそのはず、両手足が椅子に固定されている。

 目の前には社長の調月。

 「調月社長、こっ、これはどういうことですか?」

 慌てた口調で聞く神楽坂。声には明らかな狼狽が混じっていた。

 「私には時間が無いの。あの二体で仕留められないなら、今度は、貴方がボディガード諸共、お父さんと氷河を殺すのよ」

 社長の調月の左手には注射器がある。透明な液体が、月光のように鈍く光っていた。

 「まさか……社長……冗談はやめてください、私は貴方のためにずっと働いてきました」

 「薬はもうこれ一本分しかないの。だから……最期まで私のために働きなさい」

 冷たい視線で男を見下ろす。そこには情も躊躇も無かった。

 注射器を男の膝に垂直に突き刺す。

 「ぐっ!?」

 薬がみるみるうちに神楽坂の体内に投与されていく。

 「い、嫌だっ。俺に妻が……娘が……嫌だぁ」

 目に涙を溜める男。声は懇願に変わり、哀れなほど震えていた。

 薬を打ち終えると部屋の外へ出ていく調月。

 「この外道、ふざけるなぁ」

 号泣しながら調月に罵声を浴びせる男。声は慟哭に変わり、室内に反響する。

 不敵な笑みを浮かべて扉を閉める。扉の向こうから苦しむ男の叫び声が、響く。

 「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁ。い、嫌だぁ。死にたくない、助けてくれぇ〜」

 暫くすると男の声は止んでいた。

 「あら、もう蛹になってるわ。あの量を一気に投与したら感染スピードも早いわね」

 男が座らされていた椅子には蛹のようなものが乗っかっている。人の形を歪に残した、不気味な繭だった。

 「次は確実に仕留める」

 不吉な笑みから一変、鋭い表情となり窓の外の満月を睨みつけるのだった。

 

****


――土曜日。

 

 あの一件から今日まで、結局、蟲は現れなかった。だが、それが安堵に繋がるわけではない。嵐の前の静けさのような、どこか胡乱な予感を反芻していた。

 「ご実家には、蓮華と別の班が先着しています」

 「そんなに大袈裟にしなくても……」

 「お義姉さんは恐らく、一時的に病院の外に出たお祖父さんと氷河君が会う今日、前よりも強敵な蟲を従えて、必ず何か仕掛けてくるはずです。ご意向に添えなくて申し訳ありませんが、最小限の警備の増援をさせていただきました」

 そうこうしていると、豪邸の前に車が止まる。

 目の前には立派な日本家屋が建っていた。古い箇所は所々にあるが、手入れは隅々まで行き届いており、長い年月を経てもなお凛とした佇まいを保っている。どこか堅牢で、歴史すら感じさせる屋敷だった。

 斗黎が先に出て後部座席のドアを開ける。

 「お祖父ちゃん!」

 そう声をあげると、お祖父ちゃんと呼ぶにはまだ若々しい年配の男性が、スーツ姿の若い男性に支えられながら玄関の前に立っていた。

 「氷河!久しぶりだなぁ、元気だったか」

 「うん!お祖父ちゃん、体は大丈夫なの?」

 「あぁ、最近は調子が良くてな」

 「薫叔父ちゃんも久しぶり!」

 「氷河、段々とお父さんに顔が似てきたな」

 氷河が祖父に抱きつく。

 「お義父さん、お久しぶりです」

 「澪さん、ちょっと痩せたんじゃないか?生活費が足りなかったら言ってくれよ?」

 「いえ、もう充分頂いてますから」

 焦ったように返す澪。

 「お義姉さん、お久しぶりです」

 「薫君、久しぶり」

 祖父の視線が此方に向く。

 「そちら様は?」

 「こちら九篠警備保障株式会社のボディガードの方々です」

 澪が紹介する。

 「ボディガード?」

 お祖父さんは怪訝そうに表情が一瞬曇る。

 「まぁ、立ち話もなんですから、中へどうぞ」

 兼高班は家の中へ入り、別班は外で待機することとなった。

 「はじめまして、調月総一郎といいます」

 「息子の薫です」

 澪はここ最近の出来事をお祖父さんに順を追って報告した。言葉を選びながらも、事実だけは隠さずに淡々と吐露していく。

 「そうか……澪さん、氷河、申し訳ない」

 お祖父さんは頭を下げる。深く、ゆっくりと。

 「ボディガードの皆さんもうちのゴタゴタに巻き込んでしまい申し訳ない」

 年配の男性が頭を下げて詫びている。なんとも言えない気持ちになる。

 「薫、一ノ瀬先生に連絡してすぐに来てほしいと伝えろ」

 「分かった」

 一ノ瀬先生?

 「すぐに弁護士の先生を呼んで正式な文章を残します」

 総一郎の行動は早かった。逡巡はない。決断した瞬間、迷いなく動く人物なのだと斗黎は俯瞰する。

 「折角の日にすまないな。向こうに御馳走を用意してある。ボディガードさんもいかがかな?」

 総一郎が、場の空気を変えようと食事に誘う。

 「我々は任務中ですので、お食事している部屋の外で待機しております」

 兼高が淡々と応える。その声音には一切の揺らぎがない。

 「そうですか、――じゃあ、氷河、澪さん向こうの部屋に行こうか」

 「うん!」

 「はい」

 氷河が笑顔で総一郎に別室へ連れられていく。

 四人で食卓を囲み、時々笑い声が聞こえ、穏やかな時間が流れていく。ほんの刹那、先程までの逼迫した空気が嘘のようだった。

 「ぐあぁ!!」

 屋敷の外で別班メンバーの声が響く。

 

****


 声を聞きつけ、急いで表へ出る兼高と蓮華と斗黎。

 庭には別班の五人のうち二人が倒れている。――その傍らに、一体の蟲が蠢いていた。

 「蟲!?なんで、こんなところに!」

 蓮華が驚いた声を上げる。

 「お前たちは中の要警護対象者に付け。コイツは俺達が相手する」

 「わ、分かった」

 残りの三人は倒れている二人を残し、屋敷へ駆け込んでいく。

 「蟲。お前の相手は俺達だ!」

 通じるはずもないが、兼高はあえて声を投げる。

 「俺は入口を塞ぐ。二人とも、行けるな」

 「「はい!」」

 「行くよ!斗黎君!」

 蓮華はポケットからナックルを取り出し、装着して構える。

 「あぁ」

 「また警棒、落とさないようにね!」

 この状況で、蓮華が冗談めかして茶化す。

 「煽るなよ」

 斗黎も警棒を振り、伸縮させて一気に構えた。

 

 ――暫くの沈黙が流れる。


 斗黎が先に仕掛ける。

 空間湾曲移動で蟲の目の前まで一気に間合いを詰める。シオン粒子を滞留させた特殊警棒を蟲の腹に打ち込む。

 が、弾かれる。

 「――硬いな」

 蟲が、カウンターを仕掛けるも、空間湾曲移動で躱して再び距離をとるが、蟲は斗黎の方へ向かって行く。

 「毒針」

 その声と一緒に蟲の背後から電気が流れ、蟲が苦しがる。

 蟲が、後ろを振り向くとそこには蓮華がいた。

 背中には、放電と一緒にシオン粒子を流し込んだのであろう、甲殻が凹み罅が入っていた。

 

 ――あの一撃でこの威力か

 

 斗黎は戦闘中に感心していた。

 蟲はどうやら、感電して痺れている。

 「毒針」

 蓮華が小さくそう呟くと、ナックルがシオン粒子の黄色に光、電気を帯びている。

 すかさず、ストレートを連続で打ち込む蓮華。

 「シュッシュッ、シュッ、シュッシュッ」

 蟲は反撃したいようだが、体が痺れて続けて動けないようだ。蓮華がストレートを打ち込む度に蟲の甲殻が砕け、飛び散る。

 蟲は体を無理矢理動かして、蓮華を攻撃する。――が、既のところで攻撃を躱す蓮華。

 斗黎は兼高の言葉を思い出す。それは蓮華のシオン粒子の保有量が少ない事。

 まだ、余裕は全然あるだろうが、蓮華にばかり、任せていられない。ダメージは与えられているが、このままだとこっちが劣勢になる。

 斗黎はある作戦を思いつく。

 「蓮華!一旦距離を取ってシオン粒子を溜めるんだ!」

 蓮華が斗黎の声のする方を見ると、斗黎はいない。

 気付けば、蟲と距離を取り、横には斗黎がいた。

 「斗黎君!?」

 「蓮華、このままじゃジリ貧だ。俺に作戦がある」

 「……分かったよ!斗黎君に任せる!」

 「よしっ」

 斗黎は蟲のところまで、再度、一瞬で飛ぶ。

 特殊警棒を蟲の甲殻に打ち込む。すると、さっき弾かれたはずの特殊警棒の一撃は甲殻に罅を入れていた。度重なる電撃とシオン粒子の蓄積で、甲殻の耐久が確実に削れている。蟲が攻撃モーションに入るのと同時に縦横無尽に空間湾曲移動し、攻撃を打ち込む。

 蟲の体はボロボロだ。――蟲もなす術なく、息が上がっている。蓮華と斗黎のシオン粒子が体に入り込み苦しそうだ。

 「いいよ!斗黎君!」

 蓮華が力を溜めている。

 タイミング良く蟲が膝をつく。

 「スイッチ!!」

 そう叫ぶと、自分の位置と蓮華の位置を空間湾曲移動ですり替える。

 「はぁぁぁぁぁぁっ!!猛毒針!」

 そう叫ぶと、渾身の右ストレートを蟲に打ち込む。

 「ぐぎゃぁぁぁぁぁぃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 大量の電撃とシオン粒子が蟲に流れ込む。

 辛そうな鳴き声が庭一帯に響き渡る。

 やはり、俺の一撃よりも遥かに威力がある。

 蓮華の一撃を受けた、蟲は、その場に倒れ込む。体がちょっとずつ、粒子煙となり崩れていく。

 蟲に人間の顔が浮かび上がる。

 「これって……」

 蓮華が驚いたように小さく呟く。

 「危ないです。中でお待ち下さい。調月さん」

 ボディガードの制止を振り切り、庭に出てくる総一郎。後を追って薫と澪も出てくる。

 「これは……」

 庭の光景に唖然とする総一郎。

 「神楽坂さん!?」

 薫がびっくりしたように叫ぶ。

 神楽坂さん?

 「この方、お姉さんの秘書の方ですよね?」

 兼高が、割って入って来る。

 「はい……神楽坂さんです」

 薫が悔しそうに言う。

 総一郎が蟲にゆっくり、歩み寄る。

 「神楽坂……」

 「だ……旦那様……」

 「!?」

 言葉を発した蟲に驚く一同。

 「神楽坂っ!なぜ、お前がこんな姿に……」

 「社長です……」

 神楽坂は振り絞るように応える。

 「絵里が!?」

 「拘束され……薬を投与されました」

 「なんと……」

 総一郎は悲しい表情だ。

 「薬はどこで、手に入れた?」

 兼高が割って入る。

 「社長は……バーで知り合った男から薬をもらったと言っていました」

 神楽坂の視線は遠くを見ている。

 「最初に襲って来た時、現場でお前が蟲を従えていたな?知能のない蟲をどうやって従えていた?」

 神楽坂を更に問い詰める。

 「血……です」

 「血?」

 「採取した自分の血液と薬を混ぜるんで……す。投与された生き物は自分に従順な蟲になる……社長が用意した小型犬二匹投与しました……」

 「そんなっ……」

 蓮華がショックを受ける。

 「兼高さん……それくらいにしてやってくれませんか?」

 総一郎は目に涙を浮かべている。

 「神楽坂……すまなかった……」

 「旦那様……私の……家族を……」

 総一郎を見つめる神楽坂。

 「あぁ、分かっている」

 総一郎がそう答えると、笑顔を浮かべ神楽坂の体は消えていった。

 「ボディガードの皆さん。この件はうちで処理させてくれませんか?」

 「分かりました」

 斗黎がギョッとした目で兼高を見る。

 「か、兼高さん、いいんですか?人が一人殺されてるんですよ?警察に届け出なくていいんですか?」

 斗黎は驚いた様子で兼高に尋ねる。

 「蟲に関する事案は立件が難しいんだ。なんせ、証拠となる遺体が消滅してしまうからな。それに、今回、狙われはしたものの被害者は出ていない。警察も動かないだろう」

 「そんな……」

 言葉にならない様子の斗黎。

 「神楽坂は……ずっと、うちの使用人として働いていました。娘は勘当しましたが、妻を早くに亡くして男で一つで育てた娘。心配していた気持ちを察したのか、神楽坂は娘に付いて行くと言いました」

 短い沈黙が流れる。

 「娘の近況は神楽坂から逐一聞いていました。娘の事業が危ないことも。私の命を狙っていることも。全部」

 総一郎は立ち上がる。

 「こうなったのも、全て私のせいです。始末は私がつけます」

 「調月さん……」

 蓮華がなんとも言えない表情で見ている。

 

****


 蟲を倒した所で、食事会はお開きとなった。帰宅途中の車内は終始無言だった。戦いの余韻だけが静かに残り、誰もそれを言葉にしようとはしない。

 「今日までありがとうございました」

 自宅の前で澪が頭を下げる。深く、丁寧に。

 「無事で良かったです」

 「氷河もお礼言って!」

 澪が促す。

 「ありがとう!お姉ちゃん達、凄かったね!」

 俺は以降省略ね。

 「お兄ちゃん」

 氷河が斗黎に話しかける。

 「何?」

 「お兄ちゃん、カッコいい大人だったよ」

 何日か前に言われた『つまらない大人』という言葉。その言葉が訂正されて返ってきた。

 年齢的にはまだ子供だが、小学生からしてみれば大人に見えるのだろうか。

 斗黎は一瞬だけ言葉を失い、それから小さく息を吐く。胸の奥に、照れくささが広がった。

 「ありがと!」

 斗黎の初めての任務は笑顔で終われたのだった。

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