9 優しい男は怒らすなかれ
「いいとこ、泊まってんじゃん」
ブッチは当然のように俺たちのグランピング施設についてきた。
動画の元データを見せてくれと頼んだら「でかいテレビはあるか」と言うので、しかたなく連れてきた。
藤宮はというと、初めてのカッパに夢中だ。
「ブッチくんは、ここで何してたの?」
「今は休暇中だからな。観光だ観光」
カッパのくせに、優雅なもんだ……。
「そろそろ、例の動画を見せてくれ」
「せっかちな奴だな。まあいい、ちょっと待つクワッ」
ブッチはどこから取り出したのかパソコンをテレビに繋ぐ。
映し出されたのは、観光客同士の喧嘩の映像だ。
「ここだな」
問題の女性をズームする。SNS上のものより鮮明だ。
やっぱり何か言ってるように見える。
「さすがに、何を喋ってるかまでは判別できないか」
俺がそう呟くと、ブッチがちょちょいとパソコンを操作する。
「ちょっと待ってろ、データを補完して鮮明にしてやるクワッ」
すると、今までモザイクのように潰れていた映像が滑らかになっていく。
「ブッチくんすごーい!」
「クワッ、カッパ舐めんなよ!」
藤宮に褒められてブッチがドヤ顔をキメる。
二人のやり取りは無視して、俺は動画に集中する。
「タイタラ? ダイダナか?」
さすがに読心術でもなきゃ無理か。
でも、手を上げて何かブツブツ言ってるのは確かだし、杉田の症状と似てるな……。
「なあ、この女がどうしたクワ?」
ブッチに杉田の写真を見せながら、人探しをしていることを説明した。
「なんだ、そういうことか。こいつなら数日前に見たクワッ」
「ほんとうか!?」
「ああ。おいらが撮影してたらさ、そいつが空をじーっと見てんだよ。変な奴だなって思ってたら、そのうちどっかに行っちまったクワッ」
「どこへ行ったか分かるか?」
「さあな……でも、動画ならあるクワッ」
確認すると、映っていたのは確かに杉田だった。
少しの間、空を見上げたあと――ブッチの言う通り、ふらりとどこかへ立ち去っていく。
「なあ、立ち去った方向に何があるか分かるか?」
ブッチが「ちょっと待ってろ」と言い、“どこでもマップ”で検索する。
「山の麓に、角避比古神社ってのがあるクワッ」
神社か……他に手掛かりも無いし行ってみるか。
◇◆◇
――翌朝。
俺たちは杉田の手掛かりを求めて、角避比古神社へ向かっていた。
……で、何故かブッチも付いてきた。
今は、なんと“ぬいぐるみサイズに変身”して、藤宮のリュックにイン。顔だけひょっこり出している。
「無自覚の能力者ってのは結構いるからな。用心のためクワ」などと言っているが――
まぁ変身も気になるけど、今はそこじゃないんだよ!
何で、しれっと付いてきてんだって話だ!
しかも完全に藤宮に懐いてやがる……。
――その神社は、山道を少し外れた場所にひっそりと建っていた。
セミの声が辺りに響き、苔むした鳥居が参拝者を迎える。
一礼して鳥居をくぐる。
……フワッ。
「えっ? 今、全身を撫でられたような……」
「先輩も感じました?」
「結界だな。“悪意あるもの”を退ける力があるクワッ」
こんな感覚は初めてだ……能力に目覚めたことが影響してるのか?
境内には、手水舎があり、その先には立派な拝殿が見える。
白衣に紫袴姿の神主が掃き掃除をしていて、俺たちに気づくと視線を上げた。
「いやはや、これは稀有なことよ。近頃は参拝に訪れる者など、ほとんど見かけぬものを……」
そう言って柔らかく微笑む。
「あの、立派な神社ですね。ここでは何を祀ってるんですか?」と藤宮。
「“ダイダラ”じゃ」
「ダイダラ……?」
「昔このあたりで暴れまわった大男でのう。昔語りを聞きたいか?」
「はい! ぜひ!」
そういうのが好きな藤宮が食いつく。
まあ、俺もちょっと興味はある。
――話してくれた伝説はこうだ。
かつて、この地には“ダイダラ”と呼ばれる大男がいた。
身体が大きく、力も強い、そして優しい性格。
ある晴れた夜、ダイダラは寝そべって星を眺めていた。
すると、夜空に星が流れた。
その流れ星は夜を昼に変えるほど眩しく輝き、村に落ちたという。
翌朝、女神のように美しい女が村に現れた。
いつしかダイダラは、その女に魅かれ、毎日のように会いに行くようになる。
しかし、そんなダイダラの気持ちを知ってか知らずか。
また、夜空に星が流れた。
次の日、女は「時が来たら必ず戻ります」と告げ、村から姿を消してしまう。
それ以来、村でその女の姿を見た者はいなかった。
いくら待っても戻ってこない女に、ダイダラは裏切られたような思いに打ちひしがれ、何日も泣き続けた。
やがて悲しみに耐えきれず、暴れ狂うようになる。
そして困り果てた村人たちは高名な修験者に頼み、ダイダラを岩に封じてもらう。
その岩というのが、湖に浮かぶ礫島という小島だという。
その後、ダイダラを鎮めるために建てられたのが、この神社なのだとか。
「貴重なお話ありがとうございました」
話を聞き終えると、神主に礼を言い神社を見学させてもらった。
その際、杉田の写真を見てもらったが、知らないとのことだった。
――杉田は、ここには来ていないか。
じゃあ、どこに向かったんだ?
それとも、たまたま見ていないだけか……?
結局、結論は出なかった。
――帰り道。日は傾き、ようやく暑さも和らいできた。
「ねえ先輩。思ったんですけど、動画の女の人が言ってたのって“ダイダラ”じゃないですか?」
藤宮が思案顔で口を開く。
「え? 確かに……」
言われてみればそんな気がする。
まさか今回の事件――ダイダラの伝説が関係しているのか?
……嫌な予感がする。
浜名湖まで戻ってくると、辺りが騒がしい。
救急車と消防車が並び、観光客がざわめいていた。
「事件か?」
「あれ! 動画に映ってた女の人じゃないですか?」
藤宮が指差した先で、救急隊員が女性を担架に乗せていた。
顔は見えないが、服装はあの動画の女性と同じだ。
「何があったんですか?」
俺は近くにいた観光客に尋ねる。
「湖の縁に立っていた女性が……空に手を掲げると、手が光ってそのまま倒れたらしい」
そう、教えてくれた。
もう少し近寄って――。
「ドクンッ!」心臓が跳ねた。
――胸騒ぎがする。
理由は分からない。だけど直感が、ここから離れろと警告している。
隣を見ると、藤宮も顔を青ざめさせ、眉間にしわを寄せていた。
「ドクンッ! ドクンッ!」さらに心臓が跳ねる。
(これは本当にまずいかも!)
――そう思った次の瞬間、大地が揺れた。
ゴゴゴ、ズズゥゥ……地響き。
すると湖に浮かぶ小島から赤黒い粒子が噴き上がる。
見上げた先に――やつはいた。
十階建てのマンションほどもある巨体。
黒く半透明な体内で赤い粒子が渦を巻き、心臓のあたりが不気味に明滅している。
夜叉のような顔。
そして頭に生えた鋭い二本の角。
圧倒的な存在感に空気そのものが震え、完全にその場を支配しているようだ。
その光景に圧倒され立ち尽くしていると、ブッチが低くつぶやいた。
「あれは……“オニ”、クワッ……」
――そこに立っていたのは、誰もが知る伝説の存在。
“オニ”だった。




