5 大ピンチなんですけど!
……気がつくと、目に飛び込んできたのは赤と黒の世界。
頭がふらつく。身体は直立したベッドに固定され、器具もないのに一切動けない。
首だけを動かすと、遥か眼下にはさっきまでいた学校と街並みが広がっていた。
どこだよここ! それに――なんで裸に、こんな薄っぺらい検査着姿なんだよ!!
頭が混乱する。
身体は動かず、連絡手段も無い、状況は最悪だ。
これは本格的にまずい!
必死に脱出方法を考えようとするが、恐怖で頭が空回りする。
そんな中、背後から脳天気な声が響く。
「うわぁぁ! 何ここ! すごいですよ!」
藤宮のテンションが爆上がり中なようだ。
……完全にオカルト病が発症してる。
「はぁ……興奮してるとこ悪いけど、自分の格好を見てみろよ」
「え、格好……? って、えっ、な、なにこれ!? なんで私、こんな格好してるんですか!? しかも……うそ、下まで……」
藤宮の声が裏返り、慌てふためく。
「これ、絶対なんかの実験じゃないですか! すごい! すごいけど……いや、怖い! きゃぁーーー!!」
悲鳴混じりの絶叫が、赤黒の空間に木霊した。
◇◆◇
――藤宮がブツブツと独り言を言っている。
「昨日スイーツ二つも食べなきゃよかった……やっぱり運動不足かな……」
絶叫の後はこの調子。テンション爆下がり中だ。
その時――頭の上から「ポンッ」と電子音が鳴った。
「お目覚めですか。箱舟へようこそ」
無機質な声が空間に響く。
「おい、俺たちをどうする気だ!」
「あなたたちは“救済”されたのですよ」
「はぁ? 口裂け女が救済?」
「それは、あなたたちが勝手にそう呼んでいるだけです」
「じゃあ正体は何なんだ!」
「私たちは『%$’ッ…@◆#%…ッ!?#』……人類の発音では“セイヴィア”。以前は“ノア”とも呼ばれていました」
「セイヴィア……ノア……!?」
『星々を巡り、絶滅の危機に瀕した種を調査・保存する。それが我々の存在意義なのです』
「絶滅の……危機って、おい……」
人類が、絶滅寸前だとでも言うのか?
何を言ってるんだこいつは。
スケールがでかすぎて、脳がついていかない。
「私たちは、救済に来たのです」
「だとしても……これは、ただの拉致じゃねぇか!」
「あなたたちも、動物に同意など求めないではないですか」
……こいつらにとって、俺たちは動物同然ってことか?!
「さあ、ご覧なさい。これが“救済”です」
その瞬間。
部屋の壁も、床も、天井すらも消えた。
――そして現れた光景に息をのむ。
そこは巨大な球状空間。
俺たちは、空間の中心にぽつんと浮かんでいた。
壁一面を埋め尽くすように、無数のカプセルが並んでいる。
何百、いや何千……それ以上かもしれない。
そのすべてに、生物が収められていた。
透明な液体に満たされたカプセルの中で、さまざまな生物が静かに眠っている。
人間もいれば、明らかに“人間ではない”存在もいた。
目を閉じ、脈打つ管に繋がれ、淡く光っている。
……まるで“種の保管庫”かのような光景だった。
「あなたたちは調査に協力する代わりに、永遠の命を手に入れられるのです」
感情のない声が響く。
永遠の命。
だけど、自由のない“檻”の中で――。
「では、おしゃべりはこの辺で終わりにしましょう」
天井から影が降りてくる。
空気がぐっと重くなった。
現れたのは――まさに“ザ・UFO”としか形容できない平たい円盤状の機体。
そこから伸びた四本の無機質なアームが、「カチリ、カチリ」と不気味な音を響かせる。
「では――まずは“メス”の脳から。開頭検査を始めましょうか」
藤宮が小さく息を呑むのが聞こえた。
――キュィーン。
金属が回転する音が鳴り響いた瞬間、藤宮の喉が引きつる。
「ひぃっ……いやっ! やめてぇっ……! 神楽さん、たすけてぇぇぇっ!!」
涙声が張り裂ける。
必死に助けを求める震えた悲鳴。
「怖がらなくても大丈夫ですよ」
平然と返される冷たい声。
「痛みも感じませんし、検査後はちゃんと再生させますので。……おや、気絶してしまいましたか」
――ふざけんな。
胸の奥が焼ける。
怒りで、血が沸騰する。
視界が、真っ赤に染まる。
頭の奥で、「パキン」と何かが弾けた。
『……ふざけんなぁぁぁぁぁぁッ!!』
視界が弾け飛んだ。
あらゆる景色が、金の粒子にほどけていく。
まるで、世界そのものが解体されていくかのように――。
次の瞬間、俺の身体は――消えていた。
「ほう、これは規定外ですね」
UFOから伸びたアームが、藤宮に迫る。
だがその刹那。
俺は――彼女のすぐ隣に現れていた。
「藤宮ッ!!」
伸ばした腕で、彼女の細い身体を抱き寄せる。
同時に――彼女を縛っていた不可視の力が「バチッ」と音を立て砕け散った。
片手でUFOから伸びたアームを掴み、そのまま力任せに引きちぎる。
――ギギギィィィッ!!
金属が悲鳴を上げるように裂け、内部から青白い火花が弾け飛ぶ。
浮遊を制御できなくなった機体は大きく傾き、轟音と共に爆ぜながら球体の内壁へと墜落していった。
「先程のは高速移動ですか? ……いや、この数値。存在が一度消えて、急に現れたような……興味深いですね」
無機質で抑揚のない声が、背後から聞こえてきた。
振り向くと――頭部が異様に大きく、真っ黒な目には白目がなく、口は耳元まで裂けている“生物”。
「やっとお出ましか、化け物が!」
「容姿の良し悪しは、種族によって定義が異なるものですよ」
「見た目じゃねえよ。中身が化け物だって言ってんだよ!」
「……なるほど。下等生物には救済が理解できませんか」
そう言って、ゆっくり右手を掲げた。
次の瞬間、天井のハッチが開き、さっきと同型のUFOがわらわらと、まるで虫のように湧き出してくる。
俺は意識を集中する。睨んだだけでUFOが一機、二機と破裂した。
攻撃を瞬間移動で回避しつつ、集団の上方へ移動。四方八方から襲いかかるアームの一つを掴むとUFOの集団に投げつける。
連鎖的に爆発が起こり、いくつもの残骸が落ちていく。
だが――倒しても、倒しても、際限なく湧き出してくる。
くそっ、キリがない!
それに……俺の身体どうなってんだ?
考えただけで、現実が動く。全能感が思考を満たしていく――。
今なら思い描けば何でも出来る気がする。
不可能なんて無いんじゃないかとさえ感じてしまう。
そのとき――
「……神楽さ……ぅん……」
「目が覚めたか」
「え? ど、どういう状況ですかこれ!」
そうだ、藤宮もいるんだ。
早くなんとかしないと。
やってみるしかないか……。
「もう少し我慢してろ」
そう言って眼下に広がる街へと目を向ける。
意識を集中させ、全身に力を巡らせる。
――集中する。
――集中する。
校舎裏のイメージを、強く思い描く。
――よし、行ける!
溜め込んだ力を、一気に開放した。
次の瞬間――
俺たちの姿は、その場から忽然と消えた。
「……逃げましたか。まあいいでしょう、実験体は他にもいる」
裂けた口の化け物は、冷めた瞳で“三つのカプセル”を見つめながら呟く。
◇◆◇
見上げた先には青い空。
「おい神楽! おい、聞こえるか!」
遠くで、鬼頭さんの声が聞こえる。
――助かった、のか……?
もうろうとした意識の中、俺はその声を聞きながら、ゆっくりと目を閉じた。




