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40 神楽舞う!

 猿神の祠に向かう俺たちの車は、町から離れ山道に差しかかる。

 山道から見下ろす京都の町は――いまだに煙を上げていた。

 ところどころで灯りは途絶え、暗闇に沈む建物の隙間からは、遠くサイレンの音が響いている。


「鏡見の力が必要って話だったけど、どういうことか説明してくれないか?」


 俺は、準備で聞けなかった疑問を口にする。


「そうじゃな。現地に着く前に、今回の作戦について話しておこうかの」


 鈴が小さく頷き、ゆっくりと語り出す。


「まず、茜の役割についてじゃが――“依りよりしろ”として、神降ろしをおこなってもらう」


「神様を……降ろすってことか?!」

 はぁ……また神様かよ。


「“猿神”は曲がりなりにも“神格”を持つ存在。ゆえに神は、“神”にしか倒せぬ。それが(ことわり)というものじゃ」


「なるほど……つまり鏡見が今回の肝ってことだな」


「そうじゃ。ゆえに、祠に辿り着いたら茜が“神楽舞(かぐらまい)”で、“神降ろし”を行う。その間、外からの邪魔を一切入れさせぬ――それが、我らの役目じゃ」


「了解。……で、神様を降ろしたら次は?」


「それで(しま)いじゃ」


 ――“それが神という存在”。


 鈴の言葉を聞きながら、俺の脳裏にはあの光景が蘇る。

 “ダイダラ事件”の時、藤宮を依り代に降りた市杵嶋姫命イチキシマヒメノミコト

 あの時の力を思えば……本職のかんなぎに神が降りたらどうなるか――想像もつかないな。



 ◇◆◇



 路肩に車を止め、二人が並んで歩けるくらいの細い山道を進む。

 周囲は闇に包まれ、灯りひとつない。

 頭上では星が瞬き、虫の鳴き声が静かに夜気を満たしていた。


「我と結が警戒しておるが、気は抜くでないぞ」


 鈴の声に、全員が頷く。


「茜ちゃん、私も頑張るから任せてね!」


「うん、よろしくね真琴ちゃん。私も絶対に成功させるから!」


 藤宮と鏡見が、両手に握りこぶしを作って励まし合う。

 上空では夜目の利く彦左さんが周囲を旋回し、偵察を続けていた。

 たまに山の奥から獣の走る音が響き、そのたびに神経が張り詰める。


 ――その時、空気が一変した。

 結界とは明らかに違う、ザラザラとした不快な感触が全身にまとわりつく。


「っ……!? これが“穢”か?!」


「やつらの領域に踏み入ったようじゃ。目的の祠は近いぞ」


 鈴の言葉どおり、道の先に小さな洞窟があり、月明かりに照らされた内部には祠があった。そして、そこには大きなサルの石像が鎮座していた。


(よし、ここで間違いない!)


 そう思った次の瞬間、静寂を切り裂くサルの鳴き声が響いた。

 その鳴き声は、まるで森全体から響いているように感じる。


 ――キィ……キッキィィィ……!


「……ついに来たな!」


「うむ、茜は神降ろしの準備を始めよ! 我らは何としても茜を守りきるのじゃ!」


「わかったわ!」


「ああ、任せておけ!」


 俺は死猿を見つけ次第、念動で動きを封じ、倒していく。

 だが、暗闇に潜む死猿は見つけづらく、近くに接近してからでないと対応できない。


「ちっ……暗くてやりづらい!」


「あせるでない。全滅させずとも、茜さえ守りきれば我らの勝ちじゃ!」


 藤宮がミョルニルを銃に変形させ、閃光を放つ。

 放たれた閃光は意思を持つかのように軌道を変え、正確に死猿を撃ち抜いていく。

 鈴と結も死角から迫る影を払い、戦線を維持して頑張っている。


「“清め塩水鉄砲”をくらうクワッ!」


 ブッチも、彦左さんが連れてきた木葉天狗たちと一緒に奮闘してくれている。


「しかし、何匹いるんだ!? まったく減る気配がないぞ!」


「おそらく、人の“欲”を媒介にしておるのじゃ。――欲望の数だけ、あやつらはおる」


「そんなもん、ほぼ無限じゃねぇか!」


 戦闘が始まって数分。

 すでにかなりの数の死猿を倒してきているはずなのに、その勢いは増すばかり。

 そんなとき背後から、澄んだ歌声が風に乗って届いた。


「……神楽歌(かぐらうた)じゃ。神楽舞(かぐらまい)が始まったようじゃの」


 ちらりとそちらを振り向くと、月明かりに照らされた鏡見が舞を踊っていた。


 その歌声は――

 まるで、畏れ多くて触れられない存在への“恋歌”みたいだ。


 手にした神楽鈴が揺れるたび、澄んだ音色が夜気に溶けていく。


 ――シャリン、シャリン。


 星はその旋律に合わせて瞬き、月光を纏う鏡見の姿は――

 現実と夢の境が、静かにほどけていくんじゃないかと勘違いするほどだった。



 ◇◆◇



「もう少し。――みな、頑張るのじゃ!」


「猿神の姿が見えないんだが……まだ目覚めてないとか?」


「いや、必ずおる。京都の惨状を見たであろう? そうでなければ説明がつかん!」


 ――その時だった。


 上空で戦っていた木葉天狗たちが、次々と羽をもがれたように墜ちてくる。

 同時に俺たちの周囲を、巨大な“影”が覆う。


 空を見上げる。

 月光を遮る漆黒の輪郭――

 逆光の中、その体の縁だけが赤黒く輝き、灼けるように赤くギラつく双眸が、俺たちを睨みつけていた。


「やつが猿神じゃ!!」


 鈴の叫びと同時に、猿神が咆哮とともに急降下し、舞を続ける茜めがけて一直線に落ちてくる。


 ――グラァァァァァッ!!


「させるかよッ!」


 俺は両手を突き出し、念動を一点に集中させた。

 見えない力が奔り、猿神の巨体を空中で絡め取る。


 空中で停止した猿神は、苛立ったように咆哮し、激しく身を捩り、凄まじい力で拘束を逃れようと暴れる。


「くっ……! こいつはキツい!」


「結っ!」「鈴っ!」


 眩い光とともに、鈴と結の姿が膨れ上がる。そこに現れたのは――顔に赤の隈取(くまどり)を刻んだ、二匹の巨大な白狐。

 白銀の毛並みが月光を浴びて揺らめき、尾が夜気を裂く。


 ――その姿は、神獣というにふさわしく荘厳。


 あれは……鈴と結!?


「ゆくぞ!」


「まかせるのじゃ!」


 瞬間、二匹は疾風のように跳躍し、猿神の懐へと突っ込む。

 刹那、回転――そして同時に強烈な蹴を放った。


 その威力は凄まじく、俺の念動ごと猿神を吹き飛ばし、岩肌に叩きつける。


 ――グギャァァァァァッ!!


 地鳴りのような咆哮。岩が砕け、砂煙が宙を舞う。


 立ち上がろうとする猿神へ、藤宮がミョルニルを連射する。ブッチや天狗たちも一斉に攻撃を叩き込んだ。


 ――グッ、グググァァァッ!!


 だが、奴の身体は崩れない。

 燃え上がる眼光が、俺たちを睨み嘲笑うかのように輝いている。


「まじか、あれで倒せないのかよ!」


「言ったであろう――神は、“神”でしか倒せぬのじゃ!」


 すかさず、鈴と結が猿神に向かって攻撃を放つ。


「時間を稼ぐのじゃ!」


 そして俺は、猿神への攻撃に集中する。

 無数の死猿は藤宮やブッチ。それに彦左さんと木葉天狗たちが、なんとか抑え込んでくれている。


 猿神が投げてくる巨大な岩を、念動で死猿へ向けて弾き飛ばす。

 それだけで数匹の死猿が霧散する。


 それに合わせて、別の死猿が襲いかかってくのを鈴と結が蹴り飛ばす。

 俺たちは、みんなの奮闘でなんとか猿たちの猛攻を防いでいく。


 ――そして、その時が来た。

 辺りに鏡見の透き通った声が静かに響く。


「お待たせしました」


 そして、静寂。


 一瞬にして、あたりを覆っていた不快な穢が消え去る。

 鏡見の身体は白銀に輝き、その瞳に金色の光が宿る。


 そして、なおも暴れ狂う猿神に向かい、彼女は静かに一言。


『――滅せよ』


 その言葉が放たれると、世界が止まった。

 次の瞬間、猿神たちは自分の身に何が起こったのかもわからないまま、黄金の粒子となって崩れ、夜の闇へと溶けていった。


「うっわ……まじかよ」


 藤宮もブッチも、ただ呆然とその光景を見つめている。


 一瞬の静寂のあと――声が響く。


『鈴、結……久しいですね』


「お久しゅうございます、宇迦之御魂大神うかのみたまのおおかみ


『契りを守りしこと、感謝します、鈴。これからも、この娘を頼みますよ』


「はい」


『して、結よ。そなたはどうです? 人の世はいかがでしたか?』


「絵巻に描かれているほどには、きらびやかな世ではございませんでした」


『……では、どうする。 まだ旅を続けますか?』


「いえ、終いにしようかと存じます」


『そうですか。ならば――これからは鈴と共に、この娘を見守ってやりなさい』


召命(しょうめい)承りました」


『さて、これ以上留まれば、この娘にも負担がかかるゆえ戻るとしましょう』


 そして大神は、俺たちの方を静かに見渡す。


『お主らにも世話になりました。どうか、これからもこの娘と良き縁を結びなさい』


 その言葉とともに、鏡見の身体から光が離れ、天へと昇っていく。

 力の抜けた彼女を、彦左さんが優しく抱きとめた。


 ――静寂。


「昇神されたか……」


 鈴の声が、夜空へと溶けていく。


 見上げた空には、果てなき帳のもと、幾千幾万の星が瞬いている。

 その光はまるで――天上に座す神々が無言のまま世界を見渡しているかのようだった。

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