38 狛狐の浮世紀行
「なるほど……死猿たちは、この“宝珠”を使って猿神を完全に復活させるきか」
「そうじゃ、それにサルどもの連携の取れた行動。おそらく裏で猿神が糸を引いておるのじゃろう」
「じゃあ、俺たちはどうしたらいいんだ?」
「まずは死猿どもの拠り所を見つけることじゃ」
「拠り所?」
「そうじゃ。死猿どもに力を貸しておる“場所”――あるいは“者”を探す。そこに、今回の元凶……おそらく“猿神”の手掛かりもあるはずじゃ」
「場所を探すにしても、何か手掛かりはないのか?」
「……少し、よろしいですかな?」
鏡見の背後で静かに控えていた彦左さんが、一歩前に出る。
その表情はどこか険しく、言葉を選ぶように口を開いた。
「じつは近頃、山の獣どもが麓に降りてきて、田畑を荒らす被害が多くなっておりましてな。
この時期、獣が食を求めて山を降りるのは珍しくもないので、当初は気にしておらなんだのですが――」
彦左さんは一度言葉を切り、思案するようにゆっくりと続ける。
「……しかし、今の話を聞いて“もしや”と思う節がございます」
「というと?」
「いつもなら、人の気配を感じれば逃げる獣たちが……このところは逃げぬ。といいますか……より恐ろしい“何か”から逃げているような、そんな感じがしたのです」
「その山の上には、何かあるのか?」
「ここ数百年、そこに寺社仏閣があったという記憶はないのう」
鈴が目を閉じ、古の記憶を手繰るように答える。
「ブッチ。一応“どこでもマップ”で航空写真を見せてくれ」
「ちょっと待つクワッ!」
ブッチがどこからともなくノートパソコンを取り出し、慣れた手つきで操作を始めた。
「このあたりクワか?」
彦左さんが画面を覗き込み、地図上で指示を出す。
その山間の一角――木々の合間に、屋根のような影が見えた。
「そこ、ズームしてみてくれ」
ブッチが器用に指を動かすと、映し出されたのは、朽ち果てた社と、柱だけになった木の鳥居。
だが、そのすぐ隣に――なぜか真新しい祠が、ぽつんと建っていた。
「こんな所に……なぜこのような社があるのじゃ? 我は知らぬぞ」
鈴の眉がぴくりと動く。
すると、鏡見の父が静かに口を開いた。
「たしか昔、そのあたりに“落人の里”があったと聞いたことがございます」
「……なるほどのう。であれば、そやつらが社を建てたということか。
――流石に、我もそこまでは把握しておらなんだ」
「それに、時期的には鈴殿がまだ大社におられた頃かと」
「ふむ……となると、少々厄介な匂いがしてきおったのう」
「どういうことだ?」
『祠があるということは、“神”がいる可能性がある。……そういうことじゃ』
その言葉を聞いた瞬間、背筋にゾクリと冷たいものが走った。
◇◆◇
「ブッチくん、まだ着かないの?」
「もう少しクワッ」
俺たちは今、“どこでもマップ”で見つけた社を目指していた。
彦左さんに上空から見てもらったところ、数匹の死猿を確認――実際に調査に来たというわけだ。
今回は俺と藤宮、そしてブッチの三人。
鏡見は結界を出られないし、鈴にはもしものために屋敷で待機してもらっている。
「ふぅ……昔の人は、よくこんな山奥で暮らしてましたね」
「現代人には考えられないな」
「おい、そろそろクワッ」
ブッチがそう言った瞬間、視界がふっと開けた。
今は朽ち果ててはいるが、確かにここには“村”があった形跡がある。
古井戸、段々畑、崩れた石垣。――そして、土台だけを残した家々。
「ここで間違いなさそうですね」
「ああ。……社はこっちか?」
獣道のような荒れた道を抜けると、目的の社跡が現れた。
衛星写真で見た通り、建物は崩れ、朱塗りだった鳥居も半ば朽ち落ちている。
だが、その隣には――場違いなほど“新しい祠”がぽつんと建っていた。
「死猿は……いないみたいですね」
「よし、俺は何か手掛かりが無いか調べてみる。藤宮とブッチは見張りを頼む」
「任せてください」
「了解クワッ」
俺は近くで調べようと祠に近づく。
すると、何か体を押し返すような、何かが侵入を拒んでいる感覚があった。
それでも全身に念動を行き渡らせ、無理やりこじ開けるように一歩踏み出す。
――バチンッ!
すると、祠から何かが弾けるような音が響いた。
祠の方を見ると、閉まっていたはずの扉が、わずかに開いているのに気づく。
その隙間から中を覗くと、奥に“白いキツネ像”が見えた。
「……!?」
その瞬間――肌が粟立つ。
――圧。
見えない重圧が空気ごと押しつぶしてくる。
俺は反射的に全身に念動をまとわせ、抵抗する。
『ほう……これに抗うか。お主、何者じゃ?』
声は、頭の中に直接響いた。
「誰だ?」
『聞いておるのは我だ。何者じゃ、何をしに来た。答えよ!』
重圧がさらに強まるが、動けないほどではない。
「……ここに異変を調べに来た!」
『ほう、異変じゃと? ――それはサルどものことか?』
「やっぱり知ってるのか!」
『控えよ! 儂を誰だと思っておる!』
――いや、だから聞いたけど答えないのはそっちだろ!
『ぐぬぬ……うるさい! 儂は長年この地を守りし“守護者”じゃ!』
守護者か……って、人の心を勝手に読むのかよ! 鈴みたいなことするなよな……。
『なに!? 鈴と申したか!?』
「ん? 鈴を知ってるのか?」
「誰かと思えば……お主じゃったか……」
次の瞬間、重圧がすっと消えた。
鏡見の家で待機しているはずの鈴が、藤宮のリュックからひょいと飛び降り、こちらに近づいてくる。
「お前、向こうで待機してたんじゃなかったのか!?」
「ふん。茜が“神楽たちを頼む”と言うから、仕方なくついて来てやったのじゃ」
感謝しろと言わんばかりの尊大な態度。
すると、目の前のキツネ像から驚いたような声が響いた。
「お、おお……お主は“すーちゃん”ではないか!」
「はぁ。すーちゃんと呼ぶなと、何度言ったらわかるのじゃ!」
すーちゃん? 知り合いか……?
すると、白いキツネ像が淡く光、鈴によく似た白狐が姿を表した。
鈴に比べると耳が少し小さく、目尻に赤い模様がある。
二匹が向き合って並ぶ姿は、まさに神社の“狛狐”のようだった。




