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37 本当の正義とは?

 ――ギギギィ……ガキーン。

 ――ギュィィィン……ドガーン。


 突然の轟音に、布団から飛び起きた俺は窓の外を覗く。


「な、なんだよこれ!?」


 ――黒いサルの化け物たちが、結界と思しき透明な壁を叩きつけていた。

 金属を引き裂くような音と共に、無数の拳や爪が火花を散らす。


「おいおい、うそだろ……!」


 俺は慌てて服を着替え、ブッチと一緒に階段を駆け降りる。

 広間には、既に俺たち以外は全員揃っていた。


「先輩! ブッチくんも来たんですね!」

 藤宮が真剣な表情で叫ぶ。


「どうなってんだこれ、説明してくれ!」


 俺の問いに、鏡見がすぐ答えた。


「見ての通り、急に黒いサル“死猿(しえん)”が襲ってきたんです。結界もありますし、被害は出てないんですが……」


「……とりあえず安全は確保されてるんだな?」


 とはいえ安全だとしても、これは確かに落ち着かないな……。

 外からは、結界に拳を叩きつける音や爪でひっかく甲高い音が途切れなく響いている。


「まったく、死猿どもが朝っぱらから騒がしいのう」

 鈴が呆れたように言い、ブッチも続く。


「ほんとだクワッ。寝起きにこれは勘弁してほしいクワッ」


 俺は二人の呑気な言葉に苦笑しながら、外の死猿を数える。

 六、七、八……少し多いけど――やれるかな。


「あの、一応聞くけど……あれ、倒しちゃっても良いんだよな?」


「当たり前じゃ。死猿どもめ、何度やっても無駄だと言うのにしつこい!」


「了解。じゃ、遠慮なく」


 俺は息を整え、右腕を前に突き出す。

 全ての死猿を視界に収め、意識の糸を絡め取るように――握り潰した。


 瞬間、死猿たちは悲鳴を上げる間もなく黒いモヤと化し、風に溶けていった。


「ふぅ……こんなもんか」


「ふむ、やっと静かになったのう。ご苦労じゃった」

 鈴がふてぶてしい態度でそんな事を言う。


「まあまあ、茜のお友達は凄いのねぇ!」


 鏡見の鏡見母が嬉しそうに微笑む。


「なるほど、さすが茜の――()()だな」


 鏡見父も腕を組んで頷く。どうやら、少しは認めてもらえたらしい。


「流石です。神楽さん!」


 鏡見が嬉しそうに俺の手をぎゅっと握ってくる。

 そして、なぜか藤宮も「先輩なら当然ですね」などと言って、鏡見とは反対の手を握る。

 

 それを見た鏡見母は微笑み、鏡見父は渋い顔をする。


 ――せっかく誤解が解けたのに、また昨日の状況に逆戻りかよ……。



 ◇◆◇



 窓の外では、鏡見家の使用人が慌ただしく動き回っているのが見えた。

 朝食を終えた俺たちは、昨日の続きを聞くために広間へ集まり、机を囲んでいた。


「それで――昨日は“神様がどうとか”言っていたけど、今回の襲撃と関係があるのか?」


 俺は気になっていたことを、鈴に聞いてみる。


「昨日の話は、“そういった神もいる”というだけのことじゃ。神々は本来、傍観者。慈悲ならばともかく、神罰を下すなど滅多にないことじゃ」


「じゃあ今回は、神様は関係ないってことか?」


「少なくとも“本物の神”はな。じゃが、あの死猿どもが何者かから力を得ているのは確かじゃろう」


「その何者かはわからないのか?」


「わからぬ。じゃが、やつらの考えに賛同したものがおるのじゃろう。そして、やつらの狙いは“猿神(さるがみ)”を完全に目覚めさせることかもしれぬ」


「猿神?」


「恥ずかしげもなく自らを神と名乗っておる。まあ、“亜神(あしん)”じゃな」


「じゃあ――その猿神の力を使って、堕落した人間に神罰でも下そうってのか?」


「まぁ、そんな所じゃないかのう」


 なるほど。

 あの死猿どもにとっては“世直し”のつもりなのか。

 乱れた世界を、自分たちの手で正そうとしている……。


 ――その考え方自体は、分からなくもない。

 けど、やり方を間違えた瞬間、それは“正義”じゃなく“傲慢”になる。


 自分こそが正しいと信じ、疑うことをしない。

 そして“正義”を振りかざすあまり、善悪の境界を見失う。

 人間社会でもよくある話だ。

 だけど今回は……それが“人”ではなかった、というだけのこと。


「でも、なんで死猿たちは鏡見を狙ってきたんだ? 神罰のつもりなら他に候補が沢山いると思うんだが?」


 俺の問いに、鈴が静かに鏡見へ視線を送る。

 鏡見も小さく頷き、昨日――鈴が持ち出した“鍵”を取り出した。


 そして、両手でそれを掴むと……ためらいもなく、自分の胸に突き立てた。


「なっ――!」


 思わず息を呑む。

 藤宮もその様子を、驚きの表情で見つめている。


 ――カチリ。

 鍵が開く音とともに、鏡見の胸元が柔らかな光を放ち始めた。

 光はやがて一点に集まり、体の奥から“丸い珠”がゆっくりと姿を現す。


 鏡見はそれを両手で包み込み、静かにこちらへ差し出す。


「……“宝珠”です」


 まるで空気が止まったような静寂。

 俺たちはその神秘的な光景を、言葉も無く見つめるしかなかった。


「死猿どもは、これを狙っておるのじゃ。“霊徳”――すなわち神の力を宿した、この“宝珠”をのう」


「私たち鏡見家は、代々この“宝珠”を守ることを任ぜられた一族なんです」


 鏡見の表情からは、いつもの柔らかな雰囲気が消えていた。

 その瞳の奥には、迷いのない意志――自分の生まれを、使命として受け入れた者の強さがあった。


 きっとこれが――何百年と続く“務め”を背負う一族の顔なのだろう。

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