35 不幸体質なんじゃないの?!
電車を降りた俺たちは伏観稲荷大社への道を歩いていた。
ブッチは、いつもの“ぬいぐるみ姿”で藤宮のリュックにイン。
鈴はというと、小型化して――なぜか俺の頭の上に乗っている。……正直、やめてほしいんだが。
表参道を進み、やがて大きな朱の楼門をくぐる。
その瞬間、あの“全身を撫でられるような感覚”を感じた。
「やっぱり、ここにも結界があるんだな」
「当然じゃ。京都といえば昔から魑魅魍魎が跋扈する土地じゃからの。至るところに結界が張られておるのじゃ」
「おれっちの爺ちゃんも、昔“京都の百鬼夜行”に参加したって自慢してたクワッ!」
「百鬼夜行かぁ。一度見てみたいなぁ」などと言う藤宮。
「やめておけ。お主たちが関わったら碌なことにならん。――とくにお主はな」
そう言って俺を見る鈴。
何も言ってないのに、なんでディスられてんだ俺……反論できないのが悔しいが。
「ここ千年以上は使われておらぬが、京都全体を覆う“大結界”も実在するからのう。下手に刺激すれば大騒ぎになりかねん」
「そっかぁ。残念ですね先輩」
いや、俺は別に残念でもなんでもないんだが。
「鈴ちゃんって、やっぱりこの辺が生まれ故郷だったりするの?」
「そうじゃ。昔は、ここの“お山”に住んでおった」
「じゃあやっぱり、神様のお使いだったり?」
「……我の役目は、“鏡見家”を見守ることじゃ」
白い毛並みに赤い瞳。
鈴って、どう考えても“神の使い”っぽいんだよな。
話し方も偉そうだしな。
「さて――そろそろ目的の本殿に着いたぞ。では取りに行ってくるゆえ、暫しここで待っておれ」
そう言って、鈴は本殿の奥へスッと消えていった。
……いくら普通の人には見えないからって、堂々と正面突破はやめてくれ。こっちがひやひやする。
「しかし、何を取りに行ったんだろうな?」
「宝物だったらどうします?」
「おい、物騒なこと言うなよ。俺たちまで共犯になるだろ」
「巻き込まれ体質のお前がいるんだし、あながち間違ってないと思うクワッ」
おいおい、まじかよ。――またいつもの悪い予感がするんだが。
◇◆◇
しばらく待っていると、鈴が何かをくわえて戻ってきた。
「何を取ってきたんだ?」
「ほれ、これじゃ」
そう言って、俺の前に“それ”をぽとりと落とす。
……ん? なんだこれ、どこかで見たことがあるような?
手に取って確かめる。
藤宮も横から覗き込み、首を傾げる。
「うーん、これ……門のところで狛狐像がくわえてた“アレ”じゃないですか? えーと、あれです!」
そう言って藤宮が近くの狛狐像を指差す。
そう、狛狐像がくわえていた“あの鍵”そっくりだ。
いや、そっくりどころか――これが本物じゃないのか?
「な、なあ鈴。これってもしかして……めちゃ貴重なやつだったり……しないよな?」
「ふん。昔、我がもらって遊んでおった“鍵の玩具”じゃ」
ぜってー使い方間違ってるから! 怒られるやつだから!!
ああ、神様。俺は無実です……。
「ど、ど、どうすんだよこれ! 藤宮、ほら……もっと見たいよな!?」
「べ、別にそうでもないかなぁ……」
手渡そうとしたら、藤宮は一歩どころか二歩くらい下がりやがった。
ブッチを見ると、我関せずといった感じで、SNSに撮った写真を上げるのに夢中だ。
……こいつはマジで何をやりに来たんだか。
「ほれ、茜も待っておるし行くぞ」
鈴はそう言うと、ひょいっと飛び上がって俺の頭の上に着地した。
俺はため息をつきながら、鍵を強引にズボンのポケットへ仕舞うが、はみ出してしまう……。
足早に鳥居をくぐり抜け、俺たちは伏観稲荷大社を後にする。
そして――次なる目的地、鏡見の実家がある愛宕山へと向かった。
愛宕山までは、レンタカーを借りて移動することにした。
ヤバい“物”を持っている俺が、公共交通機関は精神的に無理だからだ。
藤宮に「しまっておいてくれ」と言っても、両手でリュックを抱えて断固拒否しやがるしな!
途中、少し遅めの昼食をとる。
藤宮と鈴が「いなり寿司が食べたい」と言うので、お土産用を買って車の中で食べることにした。
……結果、いなり寿司は一人と二匹の腹にほとんど収まり、運転していた俺の口には一つしか入らなかった。
やがて道は山道へと変わる。舗装こそ荒いが、道幅はそれなりにあるため、走行に支障はない。
その途中、“全身を撫でられるような感覚”があった。
「――結界に入ったな」
「うむ、もうすぐじゃ」
鈴の声と同時に、道の先がぱっと開ける。
白い土塀が山の斜面に沿って広がり、中央には大きな門があった。
車を止め、しばらく眺めていると、門の奥から使用人らしき人影が現れた。
促されるまま車を進めると、敷地の中は白い砂利が敷き詰められ、手入れの行き届いた庭が広がっている。
玄関先で車を降り、案内されるまま引き戸を開けると――そこには鏡見が立っていた。
「茜ちゃん!」
藤宮が勢いよく駆け寄り、二人で両手を取り合って跳ねるように喜び合っている。
その後ろには、静かに見守る壮年の男女の姿。
おそらく――鏡見の両親だろう。
「えっと、父と母です」
鏡見が俺たちに両親を紹介する。
それぞれ挨拶を交わすと、鏡見母が興味津々でブッチを覗き込み、「まぁ、カッパなんて初めて見たわ」などと言いながら、まるで珍しいぬいぐるみを見るように話しかけている。
まぁ、実際ぬいぐるみバージョン中なんだけどな。
一方、鏡見父の方は俺の頭の上をじっと見つめていた。
「あ、あの……これは鈴が勝手に乗ってるだけで……」と弁解する俺に、鏡見父は訝しげな表情でこう切り出した。
「きみは、茜とはどういう関係かね?」
――ん? 鈴じゃなくて、そっち?
「お父さん! いきなり何言ってるの、神楽さんは友達よ!」
鏡見が即座に反論する。
まぁ、正確には依頼の受注者だが、“友達”って言われて悪い気はしない。
「しかし、鈴殿が懐いているじゃないか! 茜以外に懐くなんて今までなかっただろ?!」
そうなのか? まぁ妖怪に好かれる体質って、ブッチも言ってたけど……。
「神楽さんは特別なの!」
「と、と、特別だと!?」
「ち、ちがう! そういう意味じゃなくて!」
おいおい、話が変な方向に進んでないか!?
「そうです、先輩は特別ですけど――違う意味で特別なんです!」
おい藤宮! お前まで“特別”連呼すんなよ! よけい誤解されるだろうが!
愕然とする鏡見父の横では「あらあら」と言いながら、微笑んでいる鏡見母。
「神楽くん、ちょっと二人きりで話そうか」
やっぱり盛大に勘違いしてるじゃねぇか!
「お父さん! もう行きましょ神楽さん!」
鏡見が俺と藤宮の手を掴み、強引に家の中へと逃げ込むように進む。
背後で「待ちなさい!」という鏡見父の声が響くが――完全に無視だ。
その後ろで、鈴とブッチが、「面白くなってきたのう」「同感クワッ」とか言っているのが聞こえる。
……俺の体質、“巻き込まれ”じゃなくて“不幸体質”なんじゃないのか?




