33:それは二人の秘密です
「あかりん、今日はお疲れさま〜」
Mr.崎が軽いノリで、当然のように楽屋へ入ってきた。
マネージャーが「いま来客中ですから」と止めても、まるで聞こうとしない。
「おや、来客中だったのか。気づかなかったよ」
――いや、気づいてただろ絶対。
「これから打ち上げみたいなんだけど、一緒に行かないかい?」
俺たちを無視した一方的な物言いに、ムカッときたが……我慢する。
鏡見の隣では、鈴が盛大に威嚇しているが、Mr.崎はまるで気づく気配もない。
「ですから、来客中なのでご遠慮ください」
マネージャーが、少し強めの口調で断るが、それを無視して話を続ける。
「今回は、美零さんや欲沼Pも参加するって言ってるし、気に入られれば番組のレギュラー入り出来るかもよ?」
――あ、これ完全にハラスメント行為じゃないのか?
これには鏡見も、眉をひそめて怒った顔を見せる。
「もう。先輩、面倒くさいんでやっちゃってください!」
おい、藤宮! ややこしくなるから、ここは黙ってろって!
「あれぇ? もしかしたら君も打ち上げに参加したいの? 欲沼Pに紹介してあげよっか?」
――地雷を踏んでるのに、さらに踏み抜くタイプかよ……。
おい、ミョルニルが反応してるって!
そこへ、見かねたマネージャーが割って入る。
「崎さん。茜はこのあと用事がありますので、ご遠慮ください!」
そのまま強引に崎を楽屋の外へ押し出す。
抵抗する崎だったが、マネージャーの「クレーム入れますよ?」の一言で、渋々引き下がった。
「すみません……お騒がせてしまって。欲沼Pって、あまり良い噂がない人で、気に入ったタレントがいると、レギュラー入りを餌に無理やり酷いことをしてるみたいなんです」
「なにそれ、最低っ!」
藤宮も相当ご立腹だ。
「そんなやつにやりたい放題させて、周りは見て見ぬふりか……。芸能界も大変だな」
申し訳なさそうに謝るマネージャーにそう答えると、鏡見が「みんな怖いんですよ」と言って悲しそうな顔をする。
「それより――話があるって聞いたけど?」
「あ、そうですね。……実は最近、いつも誰かに“見られている”気がするんです」
「えっと、それはストーカーってことか?」
「はじめは、そう思ったんですけど……」
言い淀む鏡見に代わり、今まで黙っていた鈴が静かに言った。
「相手はおそらく“人”ではない」
◇◆◇
――とあるマンションの高層階。
「へえ、これが“あかりん”の部屋なんだぁ。思ったより古風なんだね」
「実家の影響で、昔からこのほうが落ち着くの」
そう言って、少し照れくさそうに笑う。
「あの……藤宮さん、今回はよろしくね」
「任せて! あとね、これからは真琴って呼んで。私も“茜ちゃん”って呼ぶから。他人行儀だと、犯人に怪しまれるかもしれないし」
「ええ、分かったわ。真琴ちゃん」
そう言って、茜ちゃんは少し恥ずかしそうに微笑む。
「でも、神楽さんは外に置いてきて大丈夫なの?」
「大丈夫、先輩よくゲームを買うために店の外で並んだりしてるみたいだから。それに――アイドルの部屋に男の人を入れちゃダメだよ!」
先輩はアイドルとか興味ないみたいだけど……うん、やっぱりダメね。
「それに先輩には外の監視をお願いしてるし、車内で待機してもらってるから」
「そっか。……それにしても、まさか“鈴”が、神楽さんの所に行くって言い出したのには驚いたわ。いつも私のそばを離れたがらないのに」
実は先輩が外で見張ると言ったとき、鈴ちゃんも「そっちに行く」と言い出したんだよね。
「先輩、ああ見えて妖怪に好かれる体質みたいなの」
「ふふっ。やっぱり噂の“巻き込まれ体質”ってやつかな?」
「ブッチくん曰く、妖怪たちにとって先輩の近くは居心地がいいらしいよ」
(先輩は嫌がってたけど、私はすごく羨ましいんだけどな……)
◇◆◇
――車内。
「なぁ、お前はこっちにいていいのか?」
「藤宮とか言う娘もおるし、大丈夫じゃろ。それに――ああ見えて、茜もなかなかなものじゃからの」
鈴は特に心配していないみたいだ。
まあ、鏡見の能力はパーティーの時に見ているし、疑うわけじゃないけどな。
――鏡見には、今回の相談を受ける際にいくつか事情を聞いている。
彼女の話によると、実家は代々“かんなぎ”を務める由緒ある家系で、アイドル活動をすることに反対しているらしい。それでも彼女は、「歌うことが好きだから」と夢を追い、元々家の古いしきたりが嫌だったこともあり、外の世界で生きる道を選んだ。
だが、人気が出始めたここ最近――実家からは再三「家に戻れ」と言われることが多くなったと言う。
だからこそ、ストーカー被害やスキャンダルのような騒動は、できる限り実家に知られず解決したい。
彼女が俺たちに“直接”相談してきたのも、そういう理由からだった。
そして鏡見の楽屋で事情を聞いたあと、Sweepの仕事として正式に依頼を受けた。
星乃社長にも秘密裏に動くことの了承を取り、こうして調査を進めている。
「その、犯人を見たことはあるのか?」
「いや、気配は感じるのじゃが、近づくと消えてしまうのじゃ」
「警戒しているのがバレたってことか?」
「わからぬ。気配は完全に消していたはずなんじゃが……」
鈴は渋い顔をして、しばらく黙り込む。
――収録で、鈴が気配を完全に遮断していたときは、話しかけられるまでまったく気づかなかった。
「だとすると、俺があまり近くにいるのはまずいかな?」
「いや、むしろ逆じゃな。お主の“力”に、向こうが引き寄せられてくる可能性のほうが高いじゃろう」
「……はぁ。その“力”って、“巻き込まれ体質”のことだよな?」
「うむ、稀有な体質じゃ」
(欲しいってやつがいたら、喜んで譲るんだけどな……)
◇◆◇
「ねえ、真琴ちゃんて、神楽さんとはどうやって知り合ったの? やっぱり仕事で?」
「そう言えば、私も先輩も大学生だって言ってなかったよね」
「二人とも学生なんだ。もしかして同じ大学とか?」
「うん、そう。それでね――私、オカ研に入ってるんだけど、その取材をしていた時に初めて会ったの」
私は茜ちゃんに、先輩と初めて会った“口裂け女事件”の事を言える範囲で話した。ネットの噂は知っていたみたいで、私たちがその事件に関わっていたと知って驚いていた。
それから、ブッチくんと出会った時のことも話したら、おもしろそうに笑っていた。
「茜ちゃんと鏡ちゃんはどうなの?」
「鈴とは、私が物心ついた時からの付き合いね。私の家を代々守ってくれている“神獣”なの。……あ、でも年齢の話はしちゃダメよ? すごく怒るから」
「そうなんだ。鈴ちゃん、かわいいね」
怒った鈴ちゃんも、少し見たいなと思ったけど、それは秘密。
「あ、そうだ。これ、私が焼いたクッキー。よかったら食べて」
「“あかりんの手づくりクッキー”なんて、ファンの子に知られたら恨まれそうだね」
「じゃあ二人の秘密ね」
そう言って、二人で小さく笑い合った。
――その時。
部屋の電気が突然チカチカと点滅し、次の瞬間――パチン、という音とともに電気が消えた。
「きゃ! 何? 停電?」
電気の消えた部屋で、スマホのライトを使って周りを見る。
すると窓の外、ベランダのほうで“何か”が動く気配。
そこには黒い影が、こちらを覗き込むように立っていた。
金色の双眸がギラリと光り、闇を切り裂く。
そのシルエットは、小さな翼を持つ人型。そして異様に長い鼻。
――それは、オニ・カッパと並ぶ日本三大妖怪のひとつ、テングだった。




