32:アイドルは大変だ
俺は――忘れていた。
あの“約束”のことを……。
「せんぱーい! 遅れちゃいますよ!」
元気すぎる藤宮の声が、遠くから近づいてくる。
そう……“妖怪飴事件”のとき強引に決まった、あの――。
「もう、なに深刻そうな顔してるんですか! 待ちに待ったテレビ収録ですよ!」
そう、今日は“ヤバすぎオカルト伝説”の収録日だ。
「なあ……やっぱり行くのか?」
「何言ってるんですか、先輩が“行きたい”って言ったんですよ?」
ま、まあ、そうなんだが――
……あれは事故みたいなものでさ。
俺は、重い腰を上げ渋々歩き出す。
◇◆◇
テレビ局に到着すると、指定の集合場所でスタッフに招待状を見せる。注意事項や収録中のルールを聞き、俺たちはスタジオへと案内された。
今回は“大きな荷物の持ち込み禁止”のため、ブッチは来ていない。昨日電話で「バーチャルデビューするクワッ!」とか言っていたが……。
ブッチよ、お前はいったい、どこへ向かってるんだ……。
そんなことを思いながら、観覧席の最上段に腰を下ろす。
スタッフが「拍手の練習しまーす!」「笑うタイミングはこちらで合図を出します!」などと説明しているが――正直、うまく笑える自信がない。
時間になり、いよいよ収録が始まった。ゲストが登場するたびに、観客席から拍手が起こる。
藤宮が話していたとおり、最近テレビやSNSで話題の“能力者タレント”たちや、派手なプレゼンターが次々と登場。
そして最後に――人気アイドルや俳優たちゲストが入場してくる。
その中には、先日のパーティーで顔を合わせた“鏡見 茜”の姿もあった。
鏡見がステージ中央に立つと、会場は一気にヒートアップする。
さすが、今いちばん勢いのあるアイドルだな。
……ただ、気になるのは“鈴”の姿が見えないことだ。今日は付いてきてないのか?
「ここじゃ」
「……!?」
「茜に“お主の近くで大人しくしておれ”と、言われたのじゃ」
耳元で小さな声が聞こえる。視線を動かすと――ちょこんと俺の肩に、掌サイズの“鈴”が座っていた。
な、なんで俺のところなんだよ! それに……小さくね?
「ジロジロ見るでない。白狐の妾なら、サイズなど自由自在じゃ」
な、なるほど。便利なことで。……まあ、ブッチも出来るしな。
隣でこちらを凝視している藤宮に、鈴を摘んで与える。鈴が何やら文句を言っているが無視だ。
やがてゲスト紹介が終わり、番組が本格的にスタートする。大型モニターには都市伝説やUMA(未確認生物)の映像が流れ、プレゼンターたちがそれぞれの“持論”を熱く語っていた。
少しの休憩を挟み、番組も中盤に差し掛かったころで、最近SNSで話題の“自称イケメン超能力者”――Mr.オカルト 崎のプレゼンが始まった。
モニターには、崎がビデオカメラ片手に町を歩きながら、「妖怪は普段から人間社会に紛れている」などと語る映像が映し出される。
どうやら今回は、“超能力で妖怪を撮影する”という実験らしい。
そして、撮影した映像を公開する段階になって――
司会者が唐突に口を開いた。
「鏡見さんは“不思議なものが見える”と噂ですが、この映像が本物かどうか、確かめてもらえませんか?」
その言葉に、鏡見が明らかに驚いた表情を見せる。
(ん? 今のリアクション……想定外って感じだな)
「台本には無いのう」と鈴が呟く。
(サプライズってことか? テレビだとよくあるのか?)
「いや、こんなことは初めてじゃ」
(そうなのか……って、なんで俺の思考と会話してんだよ!)
「ふんっ」
ふんっ、じゃねえ! 勝手に人の頭ん中読むなよ!
「お主が聞きたそうな顔をしておったから、教えてやっただけじゃ。普段は疲れるし、そんな面倒な真似せんわ」
(……ほんとかよ)
「本当じゃ」
(ブッチといい、妖怪ってのはクセの強いやつばっかだな……)
「…………」
俺たちがそんな会話をしている間にも、番組は進行していた。今は鏡見が、モニターに映る映像を確認している最中だ。
画面には、路地裏で黒い影のような“人型の何か”が動く姿が映っていたが、そこからは何も感じ取れない。
「えっ……と、すみません。何も感じません」
鏡見が困ったように首を傾げる。
やっぱり、鏡見も何も感じないらしい。
するとそこに――突然、別のゲストが割って入った。
「私には分かるわ!」
そう言って立ち上がったのは、黒のロングヘアに、深いスリットの入った黒のドレスを着たの女だった。
「この映像からは強烈な妖気を感じる……! これは間違いなく邪悪な妖怪よ!」
その一言に、スタジオの空気が変わる。
司会者がオーバーリアクション気味に「おお〜、さすが美零さん!」と声を張り、場を盛り上げた。
え? 何も感じないんんだけど?
「なんじゃ、あのたわけ者は……」
鈴が呆れ声で、そんな事を言う。
美零と呼ばれた女優は、客席に向かってウインクをすると、自分の席に戻っていく。
その後は、Mr.崎の独壇場。
次々に新しい映像や写真を見せ、会場を沸かせる。その度に美零が出てきて「このままでは危ない」だの「怖くて見られません」だの言って観客を楽しませている。
そして、最後にMr.崎が勝ち誇ったように言った。
「信じるか信じないかは君次第だよ」
その後、番組は興奮冷めやらぬうちに進み、収録は終了する。
◇◆◇
番組収録後、俺たちは鏡見から「話したいことがある」と呼ばれ、マネージャーに案内されて彼女の楽屋を訪れていた。
「なあ、“美零”っていう女優、あれ有名なのか?」
「先輩知らないんですか? 美零さんってね、最近上映されたホラー映画の主演女優で、“見える女優”として今ブレイク中なんですよ!」
藤宮が“オカルト限定”の博識を披露する。
鏡見も頷きながら続けた。
「でも……多分だけど、美零さんは番組側の“仕込み”だと思うの」
確かに、コメントのタイミングとかリアクションが、いかにも台本くさかったな。
「なるほどな、鏡見が“空気を読まなかった時用”の保険ってわけか」
「もう! 私が空気読めないみたいに言わないでください。ひどいです!」
そう言って、ぷくっと頬を膨らませる。
さすが現役アイドル。近くでやられると、反則級に可愛い。
「先輩、だらしない顔になってますよ!」
「いや、なってねぇよ!」
なんでちょっと怒ってんだよ……。
「でも――あの“美零”って、本当に何か見えてるのか?」
「わかりません、けど私には何も見えませんでした……」
「ふん、あの女は只者ではないぞ」
突然、鈴がそんな事を言う。
「只者じゃない?」
「うまく力を隠しておったがな」
たしかにあの“美零”って女には、何か引っかかるものがあった。
存在に揺らぎ”があるっていうか……掴みどころのない感じだったな。
「とはいえ、あのMr.崎とかいうのは、ただの痴れ者じゃ」
「ああ、Mr.崎はやっぱり偽物か」
「せっかく本物の超能力者だと思ってたのになぁ」
藤宮が残念そうに呟く。
おーい、藤宮さん。ここに一応“本物”がいるんですけど……。
どうも藤宮の中では、俺とああいうタレントは別カテゴリらしい。
――その時、楽屋のドアがノックされた。
鏡見のマネージャーがドアを開けると、そこに立っていたのは――Mr.崎だった。




