3 好きなんですよねオカルト!
木の扉を押し開けると、「カラン」と小さな鐘が鳴った。
焙煎されたコーヒーの香りとアンティークなランプの柔らかな光。落ち着いた空気が漂っていた。
――校門前で会った藤宮に、噂の調査に来たと伝えると、「情報交換しましょう!」と強引に押し切られ、結局近くの喫茶店へ入ることに。
この女――藤宮 真琴は桜泉大学の一年だという。
まさか俺と同じ大学だったとはな……。
オカルト好きが高じて、大学へ入ってすぐに研究会を立ち上げたらしい。
研究会の主な活動内容は、SNSに散らばる噂を調べてまとめ、オカルト雑誌に寄稿しているのだとか。
先月掲載された、「有名人の◯◯は宇宙人だった……」など、あの記事は私たちの寄稿した記事だと熱弁しているが……それ、普通に◯◯から怒られるやつじゃないのか?
熱弁の途中、不意に矛先がこっちに飛んできた。
「神楽さんって、同じ大学の二年なんですよね? オカ研入りませんか? 噂を調べてるくらいだし、好きなんですよねオカルト!」
……盛大に勘違いされ、研究会に誘われてしまった。
「いや、一応仕事だし別に好きでやってるわけじゃないんだが。……趣味はゲームだし」
「趣味がゲーム? ふーん」
その反応、ちょっとイラッとするな!
「そういえば、お二人は学校関係者じゃないんですよね? なんで口裂け女を調べてるんですか?」
「興味あります!」と目をキラキラさせて聞いてきた。
すると鬼頭さんが名刺を差し出した。
――“鬼頭探偵事務所”。
(探偵!? そんな肩書、初耳だけど!)
「へえ、探偵さんなんですね!」
藤宮が俺を見る。俺は苦笑いでごまかすしかなかった。
「じゃあ、失踪した生徒のことを調べてるんですか? あ、守秘義務で無理なら大丈夫です」
「いや、依頼人に関係ないことなら問題ない」
鬼頭さんは涼しい顔で答える。
その後、話せる範囲で情報を交換した。
すると――藤宮が今回のブームの発端。動画投稿者について、こんなことを言い出した。
「この投稿者なんですけど、通称“エラー”って呼ばれてるんです。知ってました?」
「エラー?」
「はい。アカウント名が文字化けしたみたいにデタラメで読めないんです。だから“エラー”です」
「ほう、興味深いな」鬼頭さんが反応する。
「ですよね――それっぽく見せてるだけかもですけど。だとすると投稿者が失踪した女子生徒だとしたら、この名前“かわいくない”じゃないですか。……だから投稿者は別にいるんじゃないかって、オカルト界隈では噂になってるんですよ」
確かに女子生徒が付ける名前っぽくはないな……。
だが、そこで違和感を覚える。
あれ? まてよ。俺が見たとき、アカウント名は普通に表示されてたような……?
慌ててスマホを開く。
やっぱりだ。ルーツ支給の端末では普通に表示されている。
『……the Watcher?』
鬼頭さんを見ると、小さく頷いた。
それを見た藤宮が「?」と首をかしげるが――
「藤宮さん。貴重なお話、大変参考になりました」
鬼頭さんが礼を言って、話を切り上げる。
その後、俺たちは連絡先を交換して別れた。
――車に乗り込んだ俺は、鬼頭さんに質問する。
「ウォッチャーのこと、知ってたんですか?」
鬼頭さんはハンドルを握りながら頷いた。
「ああ。今回この噂の捜査を始めたのも、実はこのウォッチャーの存在が大きい」
「えっと……ウォッチャーって、何者なんですか?」
「まだ正体は掴めていない。だが、奴が名前の通り“監視者”であるという事はわかっている」
「監視者ですか……」
「そうだ、軍事施設・核関連施設・政府機関など、あらゆるシステムに侵入し、必ず“the Watcher”というログを残していく」
「そんな施設に簡単に侵入できるなんて……一体何者なんですか?」
「さあな。俺たち“人類の敵”じゃないことを祈るしかないな」
◇◆◇
――翌朝。
ROOTS臨時隊員の肩書きを持ちながらも、普段の俺は普通に大学生活を送っている。
いつものように大学行きのバスに乗り込み、いつものように最後部……じゃなく運転席近くの席に座る。
あの事件のトラウマで、最近の定位置になっている。
しばらくスマホで新作ゲームの情報を調べていると、何事もなく大学前に到着した。
今日の講義は午前中の二コマだけだ。友達は「午後から彼女と遊ぶ」と言って去っていった。学食で昼飯を食べながら、電気街で掘り出し物のレトロゲーでも見て帰ろう――そう考えていた矢先、不意に声をかけられた。
「えっと、神楽さん?」
顔を上げると、そこに立っていたのは藤宮だった。
「やっぱり神楽さん。同じ大学って言ってましたもんね」
そう言って、向かいの席に腰を下ろす。
大学に入ってから女子と二人きりで話すのは初めてで、少し緊張する。
栗色の髪にふわっとウェーブ、大きな瞳でにこっと笑う。
昨日は気に留めなかったけど、改めて見ると――ちょっと可愛いかも、と思ってしまう。
「どうかしました?」
じっと見ていたことに気づかれ、慌てて視線をそらす。
「いや、なんでもない。で、何か用か?」
「えっと、昨日オカルト研究会のこと話したじゃないですか。この後、見学に来ませんか?」
そういえば、オカ研に誘われたのを思い出す。
「いや、今日はこのあとゲームを……」
「えー、ゲームよりこっちのほうが絶対面白いですよ! しかも、口裂け女の情報ですよ!」
いや俺にとってはゲームの方が大事なんだけど……。
「ね、行きましょ!」
身を乗り出して迫ってくる藤宮。近い。近いって!
その勢いに押され、結局付き合うことに。
グッバイ、まだ見ぬレトロゲームたち……。
◇◆◇
――その空間は赤と黒で埋め尽くされていた。
無機質なベッドに寝かされた、裸身に薄い服を着ただけの三人の女性。
その目は虚ろで、意識があるのか――それすら判別できない。
部屋には微弱な機械音だけが響き、規則正しく空気を震わせている。
「……これは、救済なのです」
突如響いたその声は、どこまでも無機質で、三人を見つめる瞳には感情の揺らぎも、迷いも、いっさい映してはいなかった。




