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19 北欧の風に乗って

 陽が完全に沈み、遠くから、発電所のタービンの低いうなりが響いている。


 モニターの光だけがバンの車中を照らし、スタッフの指が無言でキーボードを叩く。

 無線機からは、各班の位置確認と短い報告が途切れ途切れに聞こえてくる。


 もうすぐ――作戦が始まる。

 その緊張が現場全体に伝わり、空気がわずかにざわつく。




 ――始まりは、突然だった。


 一匹の野良犬が、発電所の外をふらついていた。口に“何か”を咥えて……。

 ズームされたカメラ映像に映ったのは――白銀のキューブだった。


 その野良犬は、キューブを咥えたまま異常な跳躍で金網を飛び越え、発電所の敷地へと侵入する。


 無線機が一斉に鳴り出した。


『こちら監視班! 対象を確認』


『全班、作戦開始!』


 モニター越しに、その様子を見守る。

 特殊装備を身にまとったテレパス(共感能力者)が、犬に向かって慎重に近づいていく。

 すると、犬の動きがピタリと止まり、ゆっくりとテレパスに振り向いた。

 数秒の静寂――見つめ合ったのち、犬はキューブを地面に落とし、その場にしゃがみ込む。


 ……成功、か?


 テレパスがキューブを拾い上げる。


 しかし、なぜか発電所の方へとゆっくり歩き出す。

 明らかに、作戦とは違う動きだ。


(……操られている)


 脳裏に浮かんだのは、その言葉だった。


『全班、強行確保に切り替えろ!』


 作戦指揮官の声が無線に響く。

 直後、五名の強硬部隊が金網を越え、敷地内に突入していくのが見える。


 だが――天秤は、最悪の方へ傾く。


 キューブを持ったテレパスの動きがピタリと止まり倒れこむ。

 それどころか、それを追っていた五名の隊員たちも、まるで糸が切れたように次々と地面に崩れ落ちた。


 俺はモニターを凝視しながら、確信する。

 ――2E。やつだ。


「2Eはどこにいる?」


 隣でモニターを見ているブッチに確認する。


「ちょっと待つクワッ!」

 ブッチが数値を確認しながら、慌てて端末を操作する。


「いたクワッ!」


 モニターの一つが切り替わる。

 夜間運転を停止した煙突の上――そこに、2Eの姿があった。月明かりを背に、黒い影のように立つ。

 その瞳は遠くからでもはっきりとわかるほど、赤く輝いていた。


 ――そして、状況はさらに混迷を極める。


「……行かなきゃ」


「藤宮!?」


「キューブが助けを呼んでます」


 気づけば藤宮が、モニターを睨んだまま立ち上がっていた。

 次の瞬間、発電所の方向へ全力で駆け出す。


「おい、待て藤宮!!」


 俺が叫ぶよりも早く、藤宮の姿は闇に溶けていった。


「くそっ、どうなってんだ!」


 混乱と不安を抱えながら、俺も外へ飛び出した。

 その後を追って、鬼頭さんとブッチも続く。


 無線からは「止まれ! 命令だ!」という指揮官の声が何度も響いていたが、俺に止まるという選択肢はなかった。


 ――仲間(藤宮)を放っておけるわけないだろ!


 フェンスを越えて、敷地内へ侵入する。

 モニターで見た通り隊員たちが倒れている。意識はあるようだが、体は金縛りのように動けないでいる。


 そして――藤宮は倒れたテレパスの前で立ち止まっていた。

 手にはキューブを握りしめ、上空の2Eを睨みつけている。


 煙突から、2Eがふわりと飛び降り、音もなく着地する。


「また、貴方たちですか。次邪魔したら代償を払ってもらうと警告したつもりなんですがね」


「同意したつもりもないけどな!」


 ――2Eの目が赤く光った。心臓を鷲掴みにされたような圧迫感。


 前回のように体が金縛りのように動かなくなるが、俺は全身に念動を巡らせ、自分の体を無理やり動かす。

 そして藤宮を後ろへ庇いながら、一歩前へ出た。


「おまえのの金縛りが、精神への攻撃の類だろうという推測は当たっていたみたいだな」


「ほう、少しは頭を使ったということですか……」


 2Eが口角を上げる。

 ――瞬間、2Eの姿が掻き消えた。


「なっ!」


 目の前に、奴が立っていた。


「動けるようになったからといって、状況が有利になったわけではありませんよ」


 2Eのスピードにまったくついていけない。


「俺は能力が使える“だけ”で、身体能力は普通の大学生なんだよ……くそが!」


 怪物と、一般人。

 身体能力の圧倒的な差はどうにもならない。

 これはまずい――そう思った瞬間。


「神楽!!」


 ――キュイィィィンッ……ズガァァァァン!!


 鬼頭さんが叫ぶ声と同時に、耳の横を切り裂く風切り音。

 ライフル弾が閃光を残して2Eに迫る。


 しかし――2Eが広げる手のひらの前で、銃弾が空中に静止していた。


「なかなかの威力ですが……その銃は、前に見ていますからね」


 2Eが鬼頭さんを睨みつける。

 するとライフルの弾丸は、時間が巻き戻るかのように鬼頭さんめがけて飛んでいく。

 直後、空間が歪み衝撃波のような圧が走り、鮮血とともに鬼頭さんが吹き飛ばされた。


「鬼頭さんっ!」


 ブッチが駆け寄り声を掛けているが、反応がない。


「急所は外れてるクワッ!」


 命には別状がないようでホッとする。

 ブッチが鬼頭さんの手当をしてくれているが、あのままにはしておけない。


「さて、あまり時間をかけてもしかたありません。終わりにしましょうか」


 俺は2Eを睨みつける。


「くそっ!」


 奴の目が不気味に光った瞬間、嫌な予感がした。

 俺は藤宮の腕を掴み、瞬間移動で距離を取る。


 2Eの口がスローモーションのように開くのが見える。

 その奥、深淵のような闇から――赤い霧が噴き出した。


「おいおい、明らかに猛毒って感じの霧だな!」


「心配する必要はありませんよ、痛みを感じる暇もありませんから」


「なるほど、それは助かるな!」


 薄まった霧を吸い込んだだけでもヤバそうだな。


 このまま瞬間移動で逃げることもできた。

 だが、鬼頭さんやブッチ、他の隊員たちを置いては行けない。


「先輩、少し時間を稼いでください」


 その時、藤宮がキューブを両手で持ち、額に当てながら呟く。


「何とか出来る気がします。この子が、そう言ってます」


 この子? キューブのことか?


「ほんとうか?!」


「はい、信じてください!」


 藤宮の瞳には確信のそれがあった。

 俺は頷いて、回避に専念する。

 赤い霧を避けながら、瞬間移動を繰り返す。


 念動を使い敷地内にある花壇のレンガを投げ飛ばすが、2Eが一瞬ブレたかと思うと体をすり抜けてしまう。


「やっぱり、この程度の攻撃じゃ意味がないか……」


 力を直接当ててダメージを与えようにも、動きが早すぎて狙いが定まらない。

 結局、力を温存するため反撃もせずひたすら逃げに徹する。


 しかし俺たちの行動を見ていた2Eも何かを察したのか、攻撃はさらに激しくなる。


 瞬間移動で避けても、直後に目の前に現れる。それの繰り返し。

 なんとかギリギリで避けてはいるが次第に体が重くなり――わずかによろめく。


「くそ、少し能力を使いすぎたか……」


 一瞬、2Eから目を離す。


 ……油断。

 次の瞬間、目の前で2Eの口からゆっくりと赤い霧が噴き出すのが見えた。


 赤い霧が体に触れる――そう思った。


 しかし霧は、俺の数センチ先で金色の膜に阻まれた。


『先輩、お待たせしました。やっと使い方を理解できました』


 振り向くと、藤宮が金色の銃を構えて立っていた。

 その姿を見た2Eが、咄嗟に後方へ飛び退く。


「まさか……適合者が現れましたか。もう少し強引にでも封印しておくべきでしたね」


(適合者?)


 藤宮が無造作に銃を構え――引き金を引いた。


 銃口が金色に光り、

 ――バシュン。


 一瞬、空気を裂くような静寂が残る。

 まるでSF映画に出てくる光線銃のようだった。


 ――バシュン、バシュン、バシュン。


 放たれた閃光は、避けようとする2Eを追尾するように軌道を変えた。

 2Eも必死に回避するが、ついに左肩に直撃する。


 その破壊力は凄まじく、見た目とは裏腹に2Eの身体を左肩を吹き飛ばす。

 藤宮はさらに数発を撃ち込む。


 閃光が次々と着弾し、2Eが地面に落下し身体が大地にめり込む。

 しかし藤宮の追撃は止まらない。

 次々と銃弾を叩き込み地面に大きなクレータを作る。


 やがて弾幕が収まると――


 倒れ伏した2Eの顔は皮膚がめくれ、ところどころ穴が空いている。下から赤く巨大な眼と、黒い鱗のような肌が露わになる。

 全身を覆っていた赤いモヤは制御を失い、暴風のように渦を巻いた。


「あれを食らって、まだ生きてるのか……」


 2Eがその場でゆっくりと起き上がる。


「……このタイミングで“ミョルニル”の適合者が現れるとは。想定外ですね」


 赤いモヤが次第に収束し、2Eの身体が重力を失ったように、ふらつきながら浮かび上がる。

 

 藤宮は油断せず、銃を構えたまま一歩も動かない。


「いいでしょう。今回は――あなたたちの勝ちということにしておきましょう」


 2Eが静かにこちらを見て言った。


『ですが、過ぎた力は人類を堕落させる。その“力”が、いつまでもあなたがたの味方だと思わないことです』


 そう言い残し、赤い渦の中へと消えていった。

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