18 夢夢忘れるなかれ
「そうか、お前たちが運んでくれたのか。……助かった」
翌日、俺と藤宮は入院している矢島警部補を見舞っていた。
「それで――矢島さんは、どうしてキューブを持ってあそこに?」
「それがな……正直、自分でもよく分からんのだ」
矢島はベッドの上で眉間を押さえる。
「確かに、現場へ行ったことは覚えている。だが、どうして向かったのか……そのあたりの記憶が曖昧なんだ」
キューブは、強盗の捜査中にたまたま見つけたという。
最初はそれが、盗まれたキューブだとは気づかなかったそうだ。
しかし、なぜか気になり拾い上げようと手に触れた瞬間から――おかしなことが起こり始めた。
「同僚に、“昨日なんであんな場所にいたんだ?”なんて言われてな。もちろん、行った覚えはない。だがその日は、確かにその場所で俺の姿が目撃されていたらしい」
「……夢遊病、みたいにですか?」
藤宮が尋ねる。
「ああ。気づくと見知らぬ場所に立っていたりもした。病院で検査も受けたが、脳にも身体にも異常はなし。むしろ――長年悩まされてた腰痛が、すっかり治っちまってたくらいだ」
矢島は自嘲気味に笑った。
「そして、昨日の……あのBESS施設だ。やつ――あの銀髪の男を見た瞬間……意識だけがぼんやり戻り、なぜか体が勝手に動き出したんだ。まるで誰かに操られてるみたいにな」
そしてキューブを拳銃で撃った瞬間、体が自由に動くようになり、近づいてくる2Eの異様さに思わず手に持った銃で再度発砲したということらしい。
――で、それから先は昨日俺たちが見たとおりだ。
矢島が話し終わると、病室の空気が静まり返った。
病室のモニター音だけが、一定のリズムで響いている。
――キューブに触れた瞬間から、意識を操られていた?
それが本当なら、キューブは2Eから逃れるために矢島さんを利用したのか?
それとも、他に何か別の目的があったのか――。
考えを巡らせていると、矢島さんがふと思い出したように口を開いた。
「ああ、そういえば――キューブが消えるとき、高い煙突のようなものが頭に浮かんだな」
「煙突ですか?」
藤宮が何かを思い出したかのように首をかしげる。
なにか気になることでもあるのか?
「まあ、関係あるのかもわからんがな……」
矢島さんはそう言って枕に体を預けた。
俺たちは「お大事に」と声をかけ、病室を後にする。
◇◆◇
病院を出て、ROOTS中央支部へ向かう車の中で、助手席の藤宮が思い出したように話しかけてきた。
「あのぉ……昨日、夢を見たんですけどね」
「はあ、夢?」
なんで今、そんな話題?
「さっき矢島さんが煙突って言ってたじゃないですか。夢にも出てきたんです」
藤宮の夢にも、煙突が?
「それでね、なんか……私たち、大きな蛇と戦ってたんですよ」
夢……か、まさか正夢とか言わないよな?
蛇とか勘弁してくれよ……。
いや、でも藤宮の直感は無視できないんだよなぁ。
「……中央支部に着いたら、一応報告しておくか」
「……はい」
藤宮は小さくうなずき、窓の外に目を向けた。
車窓を流れる街並みの向こうで、遠くにそびえる煙突が白い煙を上げていた。
◇◆◇
中央支部に到着した俺たちは、矢島さんの件の報告と、藤宮の“夢”の話を共有した。
矢島さんの体験については、すでにROOTSのほうでも検証が始まっているらしい。
そして藤宮の夢の件も、偶然と片づけるには気になる点が多いということで、夏目さんが本人から詳細を聞き取り始めた。
「ほな藤宮はん、煙突の本数とか色は覚えとる?」
「えっと……たしか三本です。色は――赤と白の縞々だったと思います」
「三本で、紅白の縞々っと……」
夏目さんが手元のキーボードで情報を入力していく。
すると、モニターに複数の施設の航空写真が並んだ。
「どないや、この中のどれかに見覚えあらへん?」
藤宮はじっと画面を見つめ、少し考え込んだ。
「あ、そういえば……近くに海がありました」
「海、っと……」
夏目さんがさらに情報を入力すると、モニターの画像が一つに絞り込まれる。
そこに映っていたのは――巨大な煙突を三本備えた建物だった。
「火力発電所やな……」
夏目さんが呟くと、部屋にざわめきが広がる。
「――こりゃ、間違いないかもな」
鬼頭さんが低い声で言う。
その言葉に、全員が無言で頷いた。
その情報をもとに、俺たちは次の目標を火力発電所に定める。
中央支部の空気は一気に張りつめ、廊下を行き交う職員の足音までが慌ただしく響いていた。
「――今回、2Eとの遭遇が予想される。総員、気を引き締めてかかれ」
真神支部長の一言で、場の空気がさらに引き締まる。
誰もが息を飲み、次なる“異常”との対峙を覚悟していた。
◇◆◇
今、俺たちは火力発電所近くの空き地に設置された――臨時の作戦本部にいる。
黒塗りのバンの内部には通信機器やモニターがずらりと並び、専門スタッフが発電所の各エリアを常時監視している。
モニターには煙突やタービン棟、冷却施設の映像が映し出され、無線の音が途切れ途切れに飛び交っていた。
外のテントでは、“特殊事象対策班”と呼ばれるROOTSの実行部隊が待機している。
戦闘用スーツに身を包んだ隊員たちは無言で装備を点検し、海風に揺れるテントの幕がカサリと音を立て、現場にはプロ特有の緊張感が漂っていた。
俺たちに伝えられた今作戦の概要はこうだ。
――キューブが現れたら、まずは特殊事象対策班に所属するテレパスがコンタクトを試みる。
交渉が成立すれば“保護”。もし失敗した場合は、強硬部隊による“強制確保”という流れだ。
キューブの狙いが発電所である以上、危険を放置することはできない。
ROOTSとしても、今回は最悪のケースを想定して動いている。
そして俺たちは……というと、まぁ“待機組”だ。
基本、今回は俺たちに出番は無いと言われている。
「お前の“巻き込まれ体質”には期待してるぞ」
出発前、鬼頭さんにはそう言われたけど――
なんか、必要のないものまで巻き込みそうで怖いんだよな……。
夏目さんの予想では、これまでの傾向から見て、キューブが現れるのは“日が暮れてから”とのこと。
なので、待機組の俺たちは現状とくに何もすることがなく暇を持て余している。
その中で――俺はというと、家から持ってきた携帯ゲーム機で、積みゲーの消化中。
藤宮はブッチと一緒に、ノートパソコンの画面を覗き込みながら何やら盛り上がっている。
ちらっと見た限り、開いているのは真っ黒な怪しげなまとめサイトだ。
画面には「停電は政府の秘密兵器の実験説」とか、「動画の男は他国の秘密工作員だ!?」とか、怪しげなタイトルが並んでいる。
ブッチが「これは真実クワッ!」と熱弁してる横で、藤宮は「なるほどー」とか真顔で頷いている。
楽しそうで何よりだ……。
そんな緩い空気が流れる中、バンの外では夕日が沈みかけていた。
空が朱から群青に変わり、発電所の煙突が夜の影に溶けていくにつれ、現場の空気も引き締まっていく。




