16 想定外な規格外
盗品が見つかったという報告を受け、俺たちは一旦キューブの捜索を中断し、ROOTS中央支部へ戻っていた。
会議室には、俺たちの他にも複数の職員がいた。
モニターには、盗品が発見された倉庫内部の写真が映し出されていて、現場班からの報告が終わると、真神支部長が口を開く。
「――状況から見て、犯行グループは“黒幕”によって始末されたと考えるのが妥当だろう」
「“黒幕”って……2Eなんですか?」
「その可能性も一応はあるが、現時点では判断できん」
支部長は腕を組み、わずかに間を置いて続けた。
「これまで、2Eによる人的被害は一切確認されていなかった。だが、今回の事件がもし2Eの仕業であるなら、想定される危険はこれまでの比ではない。今後の捜索は、より慎重に進める必要がある」
支部長はモニターを操作し、次の資料を映し出す。
「――いずれにせよ、2Eの動向も含め、現場での接触には最大限の注意を払え。不明確な相手と接触した場合は、即座に報告。単独行動は絶対に避けろ」
その後、詳細と今後の方針が説明され会議はいったん終了。
だが、そのまま俺たちを含む数名が呼び止められる。
「君たちには、引き続きキューブの捜索をお願いしたい。――次の“停電”の発生地点を、ある程度まで絞り込めた」
支部長が視線を送ると、夏目さんが頷く。
「まかせとき」
そう言って、夏目さんがモニターの地図を操作する。
すると、都市のマップ上に三つの赤いマーカーが浮かび上がった。
「これまでの停電データを解析した結果――どの地点も、BESS(大規模蓄電システム)の近くで発生しとることが分かったんや」
地図上の各ポイントが拡大され、巨大な蓄電施設の写真が並ぶ。
「理由はまだ分からへんけど……キューブが大量の“電気”を集めとるのは間違いない」
部屋にざわめきが広がる。
「ふむ……となると、次の停電もこの三か所のどこかで起きる可能性が高いということか」
支部長が腕を組む。
「そういうこっちゃ。正確な時間はまだ分からへんけど、周期的に見て――四十八時間以内に来る可能性が高いわ」
「よし、班を三つに分けて同時に調査に入る」
支部長が決断を下す。
俺たちの班は――鬼頭さん、俺、藤宮の三人に決まった。
◇◆◇
――翌日の夕方。
俺たちは大学の講義が終わると、見張りを続けている鬼頭さんと合流した。
予測された停電地点のBESSから少し離れた丘の上。鬼頭さんの車の中から現場を監視する。
「……こんな離れた場所からでいいんですか?」
俺が尋ねると、運転席の鬼頭さんが煙草に火を点けながら答える。
「まあ、用心に越したことはない。未知のもんに近づく時は――“慎重すぎる”くらいでちょうどいい」
「確かに……前回、思いっきり巻き込まれましたしね」
俺の言葉に、後部座席の藤宮がニンマリとする。
「でもそのお陰で、超能力者になれましたけどね!」
――と、得意顔だ。
――そういえば、あのブッチのやつ。
最近、ROOTSの“アドバイザー”として採用されたらしい。
この前、突然スマホにノリノリで連絡してきやがった。
どうやらカッパとしての妖怪の知識が、ROOTSでも“有用”と判断されたとか。
とはいえ、本人いわく「妖怪界隈じゃまだひよっこ」らしい。
“妖怪界隈”って何だよ。嫌な響きすぎる……。
まあ、ブッチのことはどうでもいい。
「でも、キューブが現れたとして……どうするんです?」
意思疎通が出来ない限り、2Eの二の舞いになる可能性が高いよな。
やっぱり、ここは藤宮に期待するしかないか。
「とりあえずは、上に報告して指示待ちだな。今回は夏目の予測が正しかったと証明されるだけでも上出来だ」
「そうですね――あ、そうだ腹減ったんでコンビニ行きますけど、何かいります?」
「私はアンパンと牛乳でお願いします!」
「お前は昭和のデカか!」
張り込みと聞いて、刑事ドラマでも見たんだろうな……。
「俺もそれで良い」
「あ、はい……じゃあ、ちょっと行ってきますね」
車を降りて、沈みかけの夕日を背に近くのコンビニへ向かう。
「――あっしたー」
袋を提げて外に出ると、日は沈み完全に夜になっていた。
街灯がぽつぽつと灯り、冷えた風が頬を撫でて気持ちいい。
見張りの車に戻ろうと歩き出した――その時。
視界の隅に、“今ここにいるはずのないもの”が映った。
俺は気づかないふりをして、歩き続ける。
「無視すんな! 今こっち見たクワッ!」
……ブッチだった。
「はぁ……なんでここにいるんだよ」
「お前たちに協力しろって言われたクワ」
まじかよ……。
車に戻ると、鬼頭さんが呆れ顔で待っていた。
「で……お前はなんでコンビニに行ったら、カッパを連れてくるんだ?」
鬼頭さんが、もっともなことを聞いてくる。
「俺が聞きたいですよ! 文句は上に行ってください!」
「お前と、おれっちの仲だろ」
「私はブッチくんと一緒で嬉しいよ」
「やっぱりお前は見込みがあるクワッ!」
はいはい、勝手に言ってろ……。
もうどうにでもなれ。諦めの境地ってやつだ。
――車の中。三人と一匹でアンパンをかじりながら、牛乳で流し込む。
「……ん?」
「鬼頭さん、どうしました?」
交代で張り込みを続けていると、鬼頭さんが異常に気づく。
その視線の先――道路脇に一台の車が静かに停まる。
ヘッドライトが消えると、運転席からスーツを着崩した体格のいい人物が降りてきた。
その人物は、迷いなくBESS施設のフェンスに近づいていく。
するとブッチが「ちょっと待ってろ」と言って、ノートパソコンを開く。
画面にフェンスへ近づく男の顔がアップで映し出される。
街灯に照らされたその顔を見て、息を呑んだ。
「……矢島警部補!? なんで……」
思わず漏れた声に、鬼頭さんが眉をひそめる。
「矢島ってのは――報告にあった強盗事件の担当刑事だな?」
「はい。警察は盗品の件で手一杯だと思ってたんですけど……」
まさか、警察も停電とBESSの関係に気づいた?
そう思った矢先――矢島がポケットから何かを取り出した。
街灯の光を反射して、白銀の輝きが一瞬走る。
「あれ……キューブ!?」
「この反応はキューブで間違いないクワッ!」
ブッチがパソコンに表示される数値を見ながら声を上げた。
――バチッ。
――バチバチッ!
次の瞬間、送電線が一斉に青白い火花を散らす。
耳をつんざくような金属音。
キィィィィィン――!
――そして。
――バチンッ!
閃光が走り、あたり一帯の光がすべて消えた。
漆黒の闇に沈む街。
矢島は、まるで時間が止まったかのように、微動だにせず立ち尽くしている。
顔も動かさず、闇の中にただ“立っている”。
「……どうします?」
俺が小声で尋ねる。
鬼頭さんは険しい顔で現場を睨みつけたまま答えない。
その視線の先で、何かを“感じ取っている”ようだった。
「鬼頭さん! 確認しに――」
そう言って車のドアを開けようとして――。
「待て!!」
低い声が車内を震わせた。
その瞬間、鬼頭さんが指を伸ばす。
俺は息を呑み、その指先の先――暗闇を見た。
――ドクンッ。
心臓が、跳ねた。
BESS施設の影。
ぼんやりと、赤い残光のようなものが“人の形”を形作る。
「……2E」
誰の声だったかも分からない。
ただ、その存在を認識した瞬間――背中を冷たいものが這い上がった。
次の瞬間、矢島警部補の体がびくりと震え、そのままゆっくりと地面に崩れ落ちる。




