15 腹が減っては戦ができぬ
地図を手に、夏目さんに渡された停電発生地点を確認する。
「まずは、やっぱり――ここからだな」
そう言って、俺たちは最初の停電現場――博物館へ向かった。
◇◆◇
すでに警察の封鎖は解かれていたが、館内はまだ復旧途中だった。
展覧会は中止となり、ニュースでは「警備や管理体制に不備はなかったのか」と大々的に取り上げられている。
入口に立っていた警備員に事情を説明し、中へ入る。
ホールには業者が脚立を立て、割れたショーケースを運び出していた。
細かく散らばったガラス片を踏むたびに「パリッ」と音が響く。
――そんな時だった。
「なんだ、またお前たちか」
低い声に振り向くと、以前会った捜査一課の矢島が立っていた。
腕を組み、相変わらずの鋭い目つきでこちらを睨んでくる。
「どうも……矢島警部でしたか?」
「警部補だ」
「あ、失礼しました」
俺は咳払いして話を続けた。
「警察の現場検証は終わったんじゃないんですか?」
「ふん、まだ犯人が捕まっておらん。お前たちこそ、展示品の調査とやらはもう終わったはずだろう」
圧のある声。
俺は気圧されつつも、盗まれた“キューブ”が停電と関係している可能性を説明する。
「……なるほどな。停電との関連、か」
矢島は顎をさすり、しばらく考え込んだ。
その横顔には、現場叩き上げの刑事らしい風格がある。
「……だが、展示品の次は停電の調査だと? お前ら、一体何者だ?」
あの鋭い目で見られると、勝手に背筋が伸びる。
それでも、なんとか平静を装って答える。
「前にもお伝えしましたが――政府から依頼されて“地域の安全を守るため”に調査などを行う組織ですよ」
「ふん、怪しいもんだな。まあいい……捜査の邪魔だけはするな」
矢島はそう言って踵を返す。
だが、一歩だけ進んだところで足を止め、背中越しに言葉を残した。
「――気をつけろよ。この事件、どうにも簡単には終わらねえ気がする。……刑事の感ってやつだ」
立ち去る矢島の背中を見送りながら、俺は思う。
見た目はいかついけど、悪い人じゃないのかもしれないな――。
◇◆◇
キューブが展示されていた展示室に入り、調査を再開する。
床に散らばったガラスはほとんど片付けられていたが、問題の展示ケースだけは事件当時のまま残されていた。
ROOTSから貸与された調査装置をケースに近づけると、展示ケースのフレーム部分がわずかに反応を示す。
「磁性反応あり……。やっぱりここで強い放電が起きてたみたいだな」
――夏目さんの言っていた通りだ。
「藤宮、そっちはどうだ?」
俺が声をかけると、藤宮は展示台に手を触れ、目を閉じ集中していた。
藤宮は、ダイダラ事件で一時的に市杵嶋姫命の依り代になって以降、危険察知能力が強化された。他にもモノなどに残る「記憶の残滓」や、他人の怒りや悲しみといった「強い感情」を読み取る力まで目覚めている。
もちろん、本人は大喜びで、最近はその能力を自由に使いこなそうと日々トレーニングを重ねている。
――そしてさっそく、その成果を試す絶好の機会が訪れたというわけだ。
「……焦りと、怒りを感じますね」
焦りと、怒り? キューブが――感情を?
「2Eに対してか?」
藤宮は少しの間考え込み、ゆっくりと首を縦に振る。
「おそらくそうだと思います。まだ完全に制御できていないから確実じゃないですけど。もう片方、2Eからはすごい“怒り”のようなものを感じます」
「逃げられたのを怒っている感じか?」
「うーん……もっと深いです。一時的な怒りじゃない。長い時間、憎み続けてきたような――そんな、凝縮した感情ですね」
藤宮の表情には、わずかな怯えがあった。
まるで、その2Eがまだこの場所に残っているかのように。
……つまり、あの男とキューブには、以前から何かしらの因縁があるってことか。
「今わかるのは、こんなところです」
「了解。おつかれさん」
◇◆◇
――博物館での調査を終えた俺たちは、藤宮が「少し頭が重い」と言うので、情報整理も兼ねて近くの喫茶店に入った。
明るい店内には、軽快なジャズが流れている。
俺はコーヒーを一口すすり、状況を整理する。
――キューブと2Eには、何らかの因縁がある。
2Eはキューブを“確保”もしくは“破壊”するために現れた。
危険を察知したキューブが、放電で攻撃して“自ら逃げた”。
停電は、その放電のエネルギーを得るために“周囲の電力を使った”。
そんなところだろう。筋道としては、いちおう辻褄は合う。
ただ、気になるのは――もうひとつ。
「なあ藤宮、強盗と2E……あれ、仲間じゃない気がしないか?」
「んぐっ……わ、私もそう思いまふ。たぶん、目的が違うんじゃないでふか」
顔くらいの大きさのシロノワールを頬張りながら、藤宮が真顔でうなずく。
「……よく一人で食べられるな」
まあ俺も、一切れもらったけど。
「だって、能力を使うとお腹が減るんですよ……」
俺はため息をつきつつも、言葉を続ける。
「どちらにしても強盗は警察に任せて――俺たちはキューブの捜索を続けるぞ」
「ふぁいっ!」
……そんな気の抜けた返事を聞きながら、嫌な予感を振り払うように、コーヒーを一気に飲み干した。
◇◆◇
――その夜、郊外の埠頭。
海風が潮の匂いを運び、巨大な貨物船の影が静かに揺れていた。
投光器に照らされたコンテナ群の間では、フォークリフトが絶え間なく動いている。
埠頭の最奥――薄暗い倉庫の中。
年齢も国籍もバラバラな七人の男たちが、無作為に集まっていた。
「しっかし、今回のバイト、マジで余裕だったよな」
「ああ、警備員は寝てたし、警報も鳴らねぇ。こんなの楽勝だぜ」
「報酬の半分が前金って時点で、マジで神案件だわ」
「依頼主の顔、見たことねえんだよな?」
「いいじゃねぇか。バイト代さえ貰えりゃ文句ねえよ」
笑い声が、倉庫の鉄骨に反響する。
だが――次の瞬間、仲間のひとりが不意に声をあげる。
「……おい、今……誰か来たか?」
全員の動きが止まる。
耳を澄ますと、複数の足音がゆっくりと近づいてくるのがわかった。
直後――倉庫の奥から、乾いた複数の発砲音。
響いた音は、埠頭の喧騒に紛れて消えていった。
◇◆◇
――翌朝。
埠頭の警備員が、開け放たれた倉庫を見つけて通報した。
中では、男たちが血を流して倒れており、誰ひとり動く気配がなかった。
周囲には薬きょうが散乱し、壁や床には銃痕がいくつも残っていた。
しかし、現場から犯人の手がかりになるような証拠は一切見つからなかった。
散乱した木箱の中には何も残されておらず、
そのうちの一人の靴の中から――博物館から盗まれた展示品が発見された。
警察はすぐに、強盗事件との関連を疑った。
男たちの所持品から、数名の身元は特定されたものの、共通点は見当たらない。
――そして、警察の捜査の結果、彼らは「互いに面識のないまま、SNSのグループで集まったアルバイト」だったと発表された。




