14 隠し撮りは犯罪です
博物館の強盗事件から、数日が経った。
新しい情報が入るまでは”待機”――つまり、いつも通りの大学生活に戻っている。
……で、今日はその待機期間の“最重要任務”の日だ。
そう、待ちに待った『◯◯クエスト』の発売日!!
最近はダウンロード版が主流になりつつあるらしいけど、俺は断然パッケージ派だ。何と言っても――所有欲が満たされる!
というわけで、今の俺は開店前のゲームショップの前。
手には限定版の整理券。気分は完全に“ラスボス前の勇者”だ。
開店まであと一時間ほど。
そんな時、スマホに着信――藤宮からだ。
……見なかったことにした。
――ヴーヴーッ。――ヴーヴーッ。――ヴーヴーッ。
だぁぁぁぁ! 今こっちはラスボス前なんだよ!
無視し続けても、あとで根に持たれるのは目に見えている。
仕方なく通話ボタンを押す。
「先輩、出るの遅いですよ! トイレですか?」
「……」
「あのー、聞こえてます?」
「なんの用だ。今、忙しいんだが」
「どうせゲームでしょ? そんな事より――ウィッチャーが新しい動画を上げましたよ!」
「ウィッチャー!? ほんとか!」
“どうせゲーム”発言にイラッとしたが、その名を聞いた瞬間、反射的にネットを開いた。
――そこに上がっていた動画は、まるで展示室の防犯カメラ映像のようだった。
そして動画には一人の男が映り込んでおり、その奥には例のキューブがショーケースに収められ、静かに展示されていた。
強盗が入る前の映像か……?
男はおもむろに、スーツのポケットから楕円形の装置を取り出すと、空間が波紋のように歪み全体に広がっていった。
――次の瞬間、ノイズが走り、映像はコマ送りのように遅くなる。
そして一瞬の閃光の後、ショーケースは砕け散り、同時にキューブの姿も消えていた。
そして男がこちらを振り返るが……その容姿を見て背筋に汗が流れる。
「なっ!」
――銀色の長髪。
そして、白目の部分が真紅に染まり、瞳孔は縦に割れている。
人間じゃない!?
男が装置をこちらに向けた、その瞬間――映像は暗転した。
……今の、犯行の瞬間だよな?
防犯カメラの映像は残っていなかったはずじゃないのか?
なのに、どうしてこんな動画が……?
男の正体も、キューブの行方も、動画の出所すらも――わからないことだらけだ。
ただ、一つだけ確かなことがある。
――この事件は、“ROOTS案件”だ。
SNSではこの動画が瞬く間に拡散され、「妖怪じゃん」「特殊メイクだろ」「あの装置なんだよ!」と、早くも議論が加熱していた。
藤宮の電話を切り、鬼頭さんに連絡を入れる。
すでにROOTSでも動画の解析が始まっているらしく、鬼頭さんの声はいつになく緊迫していた。
そして、俺にとって無情な指示が出る。
「神楽、今後の行動方針を決める。藤宮も連れて今すぐROOTSに集合だ」
「……了解です」
通話を終え、俺は深くため息をつく。
……待ちに待った◯◯クエストの発売日。
俺はゲームショップ前で列を作る二十人ほどの同志たちを見渡す。
そして、涙をこらえ走り出した。
◇◆◇
トンネルを抜け、ROOTS中央支部へ。
エレベーターを降りると、白く光る無機質な通路が続いている。
その先のブリーフィングルームに入ると、鬼頭さんと真神支部長、そして見慣れない白衣の女性が待っていた。
「よし、全員揃ったな。楽にしてくれ」
真神支部長の言葉に促され、俺と藤宮はソファに腰を下ろす。
「まず、神楽くんと藤宮くんに紹介しておこう。この女性はROOTS中央支部で映像の解析と技術調査を担当している――夏目くんだ」
「夏目 京子や。よろしゅうな」
赤縁メガネに愛嬌のある顔つき。
夏目は、軽く片目をつむって挨拶した。
「では早速、今回ウィッチャーが投稿した動画についてだ。夏目くん、説明を頼む」
「ほな、まずこれ見てもろてええですか」
すると、モニターにあの動画が表示される。
「最初にこの動画やけどな、出どころがはっきりとは分からへん。警察さんや博物館さんにも確認したんやけど、防犯カメラの映像やあらへんかった。せやけどな――分析の結果、九十六パーセントの確率で“本物”やいう結果が出とる」
……まただ。
口裂け女の時もそうだったけど、まるでその場にいたかのような臨場感。
ウィッチャーはいったい、どうやって映像を入手してるんだ?
俺がそんな事を考えていると夏目さんが画面を操作する。
「ほな、次にこれ見てもろてええですか。これはキューブが消える直前――ホワイトアウトの部分に映像処理を施したもんです」
モニターの映像が切り替わる。
眩い光の中、ノイズが抑えられた画面には、うっすらとだが映像が判別できるようになっていた。
男が装置をショーケースに近づけた、その瞬間――
キューブがブレると同時にケースが砕け散り、光に包まれながら消えた。
破片を避けるように身を引いた男は、光が収まると同時にこちらを睨みつける。
白目まで真紅に染まった蛇のような眼――背筋が凍る。
「少し見づらいんやけどな……おそらくキューブは“盗まれてへん”。自分から逃げたように見えるんです」
確かにキューブが光った瞬間の男の反応は明らかに“動揺”だ。
それに、こちらを振り向いたときのあの顔――あれは怒りというより苛立ち。
つまり、キューブの消失は男にとって想定外だった。
「ほんで最後に、この男や」
夏目さんが画面の男を拡大し、その周囲にいくつもの画像を並べた。
それぞれの背景は――明らかに年代も場所も異なる。
スライドを操作すると、映像の一部が次々と拡大される。
古びた白黒写真、監視カメラ映像、衛星写真――どれも時代も国も違っていた。
「すごい……どういうことですか!」
今まで黙っていた藤宮が、思わず身を乗り出した。
そこに映っていたのは――どの時代にも、同じ男。服装こそ違えど、顔も体格も一致している。
つまり、この男は複数の時代に存在していた?
「夏目くん、ご苦労。ここからは私が引き継ごう」
真神支部長が労いの言葉をかけ、ゆっくりと立ち上がった。
「この男は、ROOTS内部で『|Extratemporal Entity』――通称、2Eと呼ばれている」
モニターには「2E」の文字と、過去の映像データが次々と映し出されていく。
「歳を取らない存在。確認されたのは実に五十年ぶりだ」
「と、歳を取らない……?」
「なにものかは不明だ。ただ、少なくとも今回の件で――“遺物を狙っている”ことは確かだ」
支部長の声が低く響く。
「よって今後は、キューブの捜索と並行して、この男――“2E”の追跡も進める」
全員が頷くのを見て、支部長は画面を切り替えた。
モニターには、博物館を中心とした都市全域の地図。その上に、赤い点がいくつも点滅している。
「最近、この地域で停電が頻発していることは知っているな?」
「まさか……キューブが?」
「その通りだ。停電の発生地点と、キューブ消失時の波長データが一致している」
「じゃあ、停電が起きた場所にキューブは存在する……」
「そう考えて間違いないだろう。そこで、まずは停電現場の調査しキューブの目的を探る」
モニターが消え、静寂が訪れた。
謎の男2E。消えたキューブ。そして映像を流したウィッチャー。分からないことだらけで、頭がパンクしそうだった。
――こうして、少しの休息を挟んで新たな任務が始まった。




