13 怪盗は闇にまぎれる
宿泊先のホテルに戻り、ROOTSへの報告を終えた後、俺はベッドに寝転びながら、スマホで最新ゲームの情報を眺めていた。
おっ、◯◯クエストの新しい情報が出てるな。
――バチンッ。
「え? 停電かよ」
部屋の明かりだけじゃない。窓から外を見るとビル群まですべて真っ暗だ。
信号も街灯も消え、光の消えた街を車がノロノロと進んでいく。
結構、広範囲の停電だな……。
スマホを確認すると、画面の隅には無情の「圏外」表示。
Wi-Fiどころかキャリアの電波すら死んでいた。
電話って停電でこんなにすぐ止まるもんだっけ……?
小さな疑問が頭をよぎったが、復旧を待つ気力もなく――
俺は暗闇の中でスマホを枕元に放り投げ――その日は、そのまま眠りにつく。
◇◆◇
――翌朝。
目を覚ますと停電は復旧していた。
スマホの画面には、藤宮からの着信履歴がずらりと並んでいる。
「先輩! 起きてますか!? 大変ですよ大変!」
時間はまだ朝六時過ぎだというのに、相変わらず元気すぎる声だ。
「どうした。UFOでも出たか?」
「それはそれで気になりますけど! 違いますってば! すぐにSNS見てください!」
言われるままにSNSを開くと――トレンドの上位に、昨日調査したばかりの展覧会の名前があった。
しかも並ぶ文字は「集団気絶」「窃盗」「完全犯罪」……どれも物騒すぎる。
「……なんだこれ?」
「どうも、博物館に強盗が入ったらしいんですよ!」
「……はあ? 強盗?」
慌ててニュースを確認すると、すでに複数の速報が上がっていた。
『――昨夜◯月◯日、大・世界の不思議展に複数の強盗が侵入。数十点の展示品が盗まれた。集団による犯行と見られている』
そこにはそう記されていた。
まさか……“あのキューブ”も?
いや、それより――
頭に、昨夜の停電がよぎる。
あのタイミング、あの広さ。関係があるのか?
「おい藤宮、もう一度博物館に行くぞ」
「わかりました!」
◇◆◇
博物館へ到着すると辺りは騒然としていた。
入口にはパトカーが停まり、警察官が二人立っている。周囲にはマスコミや野次馬が群がっている。
「先輩、どうします?」
「博物館には話を通してある。裏口へ回ろう」
裏口には警官がひとり立っていたが、事情を話し中へ通してもらう。
展示室に入ると、関係者や警察の姿があちこちに見えた。
昨日は賑やかだった空間も、今は黄色い立入禁止テープが張られ、完全に“事件現場”の様相を呈していた。
ショーケースには無理やり開けられた形跡があり、一部は叩き割られたように砕け散っていて、床には鑑識らしき人間がしゃがみ込んでライトを当てて作業をしていた。
その中に職員の姿を見つけ声をかける。
話を聞くと、犯人らしき人物の目撃情報は停電少し前だった。
定期巡回に出た警備員が、展示室で人影を発見。確認しようと声をかけた瞬間――意識を失ったという。
その後、他の警備員も全員意識を失った状態で発見されている。
そして……盗まれた展示品の中には、例の“キューブ”も含まれていた。
ただ、気になるのは盗まれた展示品は宝石などの高価なものが多い中、なぜ“鉄製”のキューブを盗ったのかという点。
犯人が材質を知らなかっただけか? だが、それにしてはキューブのすぐ隣に並んでいた金細工や宝飾品のケースは破損しているものの、中身には一切手が付けられていない。
――まるで最初から、キューブだけを狙ったかのように。
警察は「価値を知らない犯人が、話題の展示品だからついでに盗った」で片づけていたが……俺にはどうにも引っかかった。
「まて、何だお前たちは!」
展示室を見回っていると、不意に呼び止められる。
振り向くと私服警官だろうか、見た感じ五十代くらいの男が立っていた。
俺はとっさに、ROOTSが表向きに使っている名刺を差し出す。
「……W.S.R.(世界安全保障リサーチ)? 聞いたことがねぇな」
「政府からの依頼を受けて、危険物品の調査を請け負ってる組織です」
「政府? ふん……で、そのW.S.R.とやらがここで何をしてる」
「じつは今回の展示品に危険がないか、調査依頼を受けてまして。あの……失礼ですが?」
「捜査一課、警部補の矢島だ」
警察手帳を見せながら男はそう名乗った。
短く刈り込まれた髪に、深いしわの刻まれた目尻が印象的だった。
睨まれただけで胃が縮むような、そんな圧がある。
事件の詳細を聞こうとしたが――「部外者には教えられん」と一蹴された。
さらに「うろちょろして捜査の邪魔をするんじゃないぞ」と、去り際に言い放つ。
「なんか……怖い人でしたね」
「ああ、現場叩き上げって感じだったな」
その後、しばらく聞き込みをして分かったことはこうだ。
犯行はちょうど停電が起きていた時間帯に行われたが――その因果関係はまだ不明。
犯人は搬入口から侵入し、警備員を気絶させて金目の展示品を持ち去った。
やがて警報装置の異常を感知した警備会社の職員が駆けつけたときには、すでに犯人の姿はなく、常駐していた警備員は全員気絶して倒れていたという。
そして極めつけは――停電の影響で、防犯カメラの映像が一切残っていなかったことだ。
「……この事件、停電とは無関係なんですかね」
藤宮がぽつりと呟く。
「どうだろうな」
地域一帯を停電させることなんて、ただの強盗に出来るものなのか?
そう考えれば無関係な可能性は高いけど、タイミングがあまりにも良すぎるんだよな……。
――博物館を後にした俺は、鬼頭さんに事件の報告を入れた。
『そうか……新たな情報が入るまでは、警察に任せておけ』
「でも、キューブは……」
『ああ、それだが……停電の原因はあの“キューブ”かもしれん。停電の直前、博物館付近で異常な数値を観測していた』
「やっぱり……」
『キューブの捜索は専門チームが進める。何か掴めたらすぐ知らせる。お前たちは一度戻ってこい』
そう言って通話が切れる。
これで、キューブの調査は新情報が入るまで一旦中止。
明日からは――また、いつもの大学生活に戻る。
少なくとも、そうなるはず……だった。
◇◆◇
博物館から数キロ離れた路地裏。
誰もいないはずの闇の中で、金色の光が脈打つように光り、壁や地面に不気味な影を揺らめかせていた。
通りかかった野良猫が毛を逆立て、怯えたように走り去る。
次の瞬間、光は闇に溶けるようにすっと消えた。
――そして数日後、この一帯では原因不明の停電事故が相次ぐことになる。




