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1 グッバイ日常!

 コンビニを出ると、夕日を背に巨大な“怪獣”が殴り合っていた。


 ――ズゴゴゴゴォォォォン!


 赤い怪獣が緑の怪獣を山ごと吹っ飛ばし、地鳴りが足元から伝わり体の芯まで震える。


「なんだよ……これ」


 目の前で繰り広げられる信じられない光景に、思わず買ったばかりの弁当を落としてしまう。拾おうと下を向けば、“カッパ”がスマホ片手にノリノリで撮影をしていた。


「クワッ。何見てやがんだ!」


 カッパ&スマホという、異様な光景が理解できずガン見していた俺に、カッパが凄(すご)んでくる。


「カッパ……なのか?!」


「決まってんだろ! お前カッパなめてんのクワッ!」


 いやいや、まじで? それも、何だよその語尾。


「……な、なにやってんだ?」


「見りゃわかんだろ、ライブ配信中だ。同接二万クワッ!」


 はあ? カッパがライブ配信ってなんだよ!


 ――ズゴォォォン!


 俺とカッパのやり取りをよそに、怪獣同士の殴り合いは更にヒートアップして、赤い怪獣が吹っ飛んだ。

 巨体が湖に落下すると水柱が天高く吹き上がる。

 ピチピチッっと、足元で小魚が跳ねているが今はそれどころじゃない。


 俺はただ昼飯を買いに来ただけなんだぞ?


 なのに――




『なんでコンビニ前で怪獣同士が殴り合ってんだよ!!』




 叫んだ俺の背後から、気の抜けた声がした。


「よう。お前、あ(・)れ(・)見えてんのか?」


 後ろを振り返ると、スウェットにサンダル、タバコをくわえた男がダルそうに立っていた。


「えっ、誰?!」


「あー、こりゃ派手にやってんなぁ」


 男は片手でライフルを担ぎ、気だるげにあくびをする。


「なあ、臨時収入、欲しくない?」


「臨時収入?!」


「ちょっと人手が足りないんだわ。そこのバ(・)カッパからスマホ取り上げるだけでいい。簡単な仕事だ」


 俺は少し離れた所で、今も撮影に夢中なカッパを見る。


「えっと……俺、コンビニ弁当しか持ってないんですけど?」


「まぁ、そこは気合でなんとかさ」


「気合でなんとかってなんだよ!」


「じゃ、よろしく」


「おい待て、よろしくじゃねぇ!」


 ――俺のツッコミに、こっちを振り向いたカッパと目が合った。


「クワッ!?」


 爆音と揺れる大地の中、俺はカッパに突撃した。


「スマホよこせぇぇ! それとさっきから、クワックワッうるせぇんだよ!」


「やめろクワッ! 今同接三万人なんだぞ!? おいらの時代がきたんだ!」


「カッパの時代なんていらねぇんだよ!」


 湖のほとりで取っ組み合う。カッパが水を操って、俺の顔を狙ってくる。


 ――ビシャッ!

「ぎゃあぁっ、目にしみるぅぅ!?」


「カッパなめんなよ!」


 激しく抵抗するカッパから、死闘の末なんとかスマホを奪う。


「返せ! カッパ権侵害クワッ!」


「知るかぁ! ……って、俺の顔が映ってんじゃねーか!」


 と、その瞬間。


 ――ドガァァァァン! ドガァァァァン!!


 二発の銃声が響いた。


「はぁっ!?」


 振り返ると、二匹の怪獣が揃って宙を舞っていた。

 そして、煙を上げる男のライフル。


「ったく、こんなとこで暴れるんじゃねえよ。“後始末”が大変なんだわ」


 怪獣の落下方向から猛スピードで駆けてくる、赤い狐(きつね)と緑の狸(たぬき)。

 頭を擦りながら「痛ぇ」とか「ヒドい」とか、ぶつぶつ文句を言うと山の方へ消えていった。


「ったく……あとで苦情入れとくか」


 と、ライフルの男。


「それから、お前もご苦労さん。今見たことは黙っておいてくれ。――はい、じゃあこれ」


 そう言って臨時収入(口止め料)を渡して、去っていった。



 ◇◆◇



 ――俺、神楽(かぐら) 隼人(はやと)の朝は、ネットで情報を確認することから始まる。


 スマホでニュースを確認したが、昨日の“怪獣大乱闘”はなかったことになっていた。

「連日の雨の影響で土砂崩れが起きた」として軽く報道されるだけで、詳細は一切なし。


 もしかして夢だったとか?

 そんな風に思い始めていたとき――ひとつの動画が目に入る。


 カッパから没収したはずの配信動画がバズっていた……。


「AI生成だろ?、特撮の宣伝か?」コメントはそんなものばかりで、まとめ動画も同じ論調だ。


 まあ……それは、とりあえず置いておいてだ。

 問題は――


 俺の顔がバッチリ映ってんだよ!

 モザイクも地味にズレてんだよ!


「許さねぇ、あのバカッパぁぁぁ!!」


 最悪な気分のまま、支度をして家を出る。

 いつものように大学行きのバスに乗り込み、いつものように最後部の席に座る。

 そして、いつものようにスマホで新作ゲームの情報を調べる。

 ここまでが、い(・)つ(・)も(・)の(・)ルーティンだ。


 あれ? 今日は誰も乗客がいないのか?

 少し違和感はあったが……まぁ、そんな日もあるか。

 そう思い、しばらくゲーム情報サイトを眺めていた俺は、ふと異変に気づいた。


 先程から、アナウンスもなければバス停にも止まらない。

 それに……どこだここ?

 窓の外を流れる風景が、見慣れた道じゃないことに頭が混乱する。

 乗り過ごしたか? いや、さすがにそんなはずはない。


「あ、あの、運転手さん」


 ……反応がない。


「すみません! 次で降ります!」


 もう一度叫ぶが、やっぱり反応はない。

 俺は立ち上がり、運転席へと近づく。


「えっ!? 運転手が、いない!?」


 無人運転か?

 いやいやいや、さすがに無理があるだろ!

 ドクン、ドクン、ドクン――鼓動が速くなり、いやな汗が背中を伝う。


『お前、もしかして“巻き込まれ体質”?』


 いきなり背後から声を掛けられる。

 振り返ると――昨日のライフル男が、黒のスーツ姿でタバコをふかしながら立っていた。


 え? どこにいたんだ? さっきまで俺一人だったはずだよな?!


「き、昨日の……臨時収入の人!?」


「はぁ、臨時収入の人じゃなくて。――俺は鬼頭(きとう)だ」


 男は鬼頭と名乗る。


「えっと、神楽です。――こ、これどういう状況かわかります?」


「まあ、ちょっと待ってろ」


 鬼頭はそう言うと、おもむろにタバコの煙を辺りに吹きかける。


 ん? なにやってんだ?


 ――次の瞬間。

 ぬるりとした生臭い空気が周囲を包み込んだ。


「……くっさ!」


 えっ? なんだここ……明らかにバスの中じゃない!


 壁が生き物みたいに脈打ち、足元には半分溶けた服や靴が沈んでいる。丸い白い何かがあったが、見なかったことにする。生暖かい空気が肌にまとわりついて、どこからともなく低いうなり声のような音が聞こえる。


「ウワバミだ。伝承によると目に入ったものを、見境なく丸呑みにする“蛇の妖怪”だな」


「妖怪!? 丸呑み!? 俺、食われるのか?」


「いや……もう食われてんだよ!」


 突然、壁の穴から、ぬめる細長い舌が伸びてくる。

 ビチャッと湿った音を立て、床に液体を垂らした。


「グガァァァー!!」

「ったく、うるせーよ」


 ――ジューッ。

 鬼頭はため息をつき、タバコの火をウワバミの舌に押し付けた。


 うっ!? 舌に“根性焼き”とか、あんた鬼だな!


「さて、こんな臭いところ早く出るぞ」


 ウワバミが暴れるが、鬼頭はSF映画みたいな銃を取り出す。


 ――ズガァァァン!!

 銃の先端が光ったかと思うと、眼の前の肉壁が弾けとぶ。


「ぶはっ……!」


 ぬるっとしたウワバミの肉片があたりに飛び散る。これじゃ完全なスプラッター映画だ。


「ったく、スーツがベタベタだぜ」と何事も無かったように呟く鬼頭。


 俺はこの状況を理解できず、ただ呆然と立ち尽くしていた。


「よし、任務完了だ。早く帰ってシャワー浴びたいぜ」


 鬼頭が立ち去ろうとして、途中でこちらを振り向く。


「あ、そうだ、えーと神楽だったか? お前も一緒に来てもらうから。さすがにこのまま返すわけには、いかないんでな」


 そう言って、棒立ち状態の俺は、腕を捕まれ車に乗せられる。

 ちょっと待て、これ、誘拐じゃないよな?


 抗議する間もなく、車は走り出した――。


「あ、あの……どこに?」


「俺の勤務先。すぐに着くから説明はそこでだ」


 そう言って車は脇道に逸れ、落書きだらけのトンネルへ侵入する。

 トンネルを抜けると、そこはなぜか駐車場になっていて、奥に両開きの扉が一つ。


 そして――その扉の横のパネルには、こう表示されていた。



 |世の中には、人々が知らない秘密が存在する。


 |巷でオカルトだと揶揄される、さまざまな噂や事件。


 |現在の科学では説明できない超常現象。


 |世間の常識が、本当は間違っているとしたら。


 |真実を知りたいと思うか?


 《YES》〈NO〉


 パネルの文字が白く光り、選択肢だけが点滅を繰り返していた。

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