感情障害の家族を抱える人達へ
“双極性障害”と聞くと、どんな症状を思い浮かべますか? 鬱状態の時は、気が塞いで物静かになって、躁状態の時は明るく陽気になるといったイメージでしょうか?
でも、実は躁状態の時に明るくなるとは限らないのです。気分が高揚して活動的になる点は同じなのですが、人によっては異常に怒り易くなってしまい、周囲に当たり散らすというとても迷惑な行動をします。
――その家族のその父親も、そんな症状を持つ一人でした。
彼は既に老年で現役を引退し、息子の家で母親と共に暮らしています。衣食住に困る事はなく、家のローンや光熱費は息子が出してくれているので、それなりにお金にも余裕があるので恵まれた立場と言えるでしょう。
が、それでも彼はよく怒ります。しかも、長期間同じ理由で。長ければ2~3ヶ月間も。明らかに異常でしょう。
家族は、彼の現役時代は、職場でのストレスと酒乱の所為だと考えていました。彼はアルコール依存症だったのです。しかし、会社を辞め、アルコール依存症も克服したにも拘わらず、「よく分からない理由で、長時間怒り続ける」という迷惑な状態に陥る事がしばしばありました。
それで家族は“これはおかしい”と考えるようになったのです。実は酒乱ではなかったのではないか?
はい。
つまり、躁状態の時は常に酔っぱらっていたので気が付かなかっただけで、彼は実は双極性障害だったのです。
父親が躁状態の時は耐えるしかありません。下手に怒り返したりしようものなら、怒りを爆発させて却って手に負えなくなるのです。が、しかし、その時はそういう訳にもいきませんでした。
その時の父親は、母親の親戚の事で怒っていました。ずっと同じ悪口を言い続けています。断っておきますが、それは妄想です。そもそも彼は母親の親戚に指で数えられる程度しか会った事がないのです。親戚の話で、しかも妄想だと分かっている悪口ですから、母親も肯定する訳にはいきません。道理的にも、感情的にも否定するでしょう。すると、否定された事で彼は益々怒ります。その結果として、3ヶ月を超える長期間、彼は怒り続けたのです。
母親は精神的に耐え切れなくなり、家事をやる時以外は自分の部屋に引きこもるようになりました。息子はもちろん母親を庇います。するとそれが面白くなかったのか、彼は激怒し木刀を持って母親の部屋の前に行き、それでドアを叩くようにすらなってしまいました。
“これはいけない”
そう息子は考えました。
少なくとも今までのアプローチでは、父親は改善しなかった。ならば、別の方法を試してみるしかないのではないだろうか?
ある時、夜中の10時過ぎに、やはり父親は怒鳴り散らしていました。否定したら益々怒るだけです。息子はこう言いました。
「それはそうなのかもしれないけど、今日はもう遅いから、明日にしない? 近所迷惑だよ。苦情が来ちゃう」
すると、今までと違った反応を彼は見せました。多少迷うような顔を見せたのです。そして、その晩はなんとか大人しく眠ってくれました。
“効果があったのじゃないか?”
息子は考えました。
もしかしたら、この発想でなら上手くいくかもしれない。
その日も父親は怒鳴り散らしていました。母親は自分の部屋に逃げています。リビングにいる父親の所へ行くと、息子はこう言いました。
「お父さんの言う事は正しいのかもしれないけど、そんなに怒り続けていたら、お母さんは死んじゃうよ? お母さんが死んじゃっても良いの?」
この言葉は決して大袈裟なものではありませんでした。母親は明らかに追い詰められていたのです。
すると、父親の表情は歪みました。彼にも少なからず罪悪感があったのでしょう。そして何度か言ってみると、「もう言わん」とだけ彼は応えました。
そして、実際に彼はもうその文句は言わなくなったのでした。もっとも、他の事での悪口は言い続けましたが。例えば、テレビに出ている政治家や芸能人や、子供の頃にうらみのある相手などの。ただそれでも、母親に怒りをぶつけなくなりました。
真っ向から相手の言う事を否定すると、それに反発し、こちらがそれに言い返す事でますます怒りがヒートアップしていく。
きっと、彼には、そのような事が起こっていたのでしょう。
だから、否定するのではなく、肯定した上で怒りの方向を逸らすように誘導してやる事で改善したのです。
もし、あなたの家族に感情障害を抱えている人がいたなら、これと似たような発想で改善するかもしれません。
一度くらいは試してみてはどうでしょうか?




