第13話 帰還
すやすやと寝息をたてながらイリスは寝ていた。
腰よりも長い銀色の髪が、ゆさゆさと左右に揺れ、三本のアホ毛がレオンの顔をくすぐっている。
赤髪の少年レオンは、背中にイリスをおんぶしながらクロックレイクへの帰路についていた。
もう朝か。
眩しそうに昇っていく太陽に目を細めていると、ふいに後ろから声がした。
「む・・・なんじゃ、朝か・・・・」
「あぁ、起きたかい?」
眠たそうに眼をこすりながらあくびをして、イリスは言った。
「ふむ。 降ろすがよい。 なんじゃ? レオン、主は寝ておらんのか?」
「そうだね。 もともと一泊する予定はなかったからね。 物資もないし、それにここは魔族に襲われるかもしれないからね」
魔族。
その言葉を言った時、レオンは『しまった』という顔をした。
しかし、イリスは意にも介さずレオンの背中から降りると、身の丈に合っていないドレスを捲し上げながら言った。
「ふん。 気にするでない。 人間からしたら魔族はそういう存在じゃ。 それに今、魔族は我の事も襲ってくる。 我にとっても脅威である。 じゃから、レオンが気にする必要はないという事じゃ」
「うん、でも・・・・」
あぁ。
っとレオンの気遣いを察してイリスが顔を向けると、言葉を続けた。
「ひとつ言っておくが、我は魔族ではあるが、魔族が好きというわけではない。 たまたま魔族に生まれ、強大な・・・・ふふ。 魔族の中でも群を抜いているこの強大な魔力で魔王になっただけじゃからな。 もし魔族に襲われたら、かまわん殺せ」
そう言うイリスの赤い瞳は、いたずらな笑みを浮かべてはいるが冷徹さを帯びていた。
イリスのその発言にレオンは驚いた顔をして言葉に詰まっていると・・・
さらにイリスは続ける。
「おおかた、魔族と戦いになったら、どうするかと迷っていたのであろう? ふん。 気にするな。 魔族が目の前で殺されても我はなんとも思わぬ」
「家族や、友人はいないの?」
「魔族には家族というものはおらん。 あるのはどちらが強いか、だけじゃ。 まぁ、二名ほど慕ってくれていた者はいたがな。 もう1000年も時が経っておる。 朽ちたか、亡くなっておろう」
イリスは道端に落ちている小枝を拾い、風を切るように薙いでいた。
そんなイリスの横顔をレオンは見る。
本当に寂しそうにはしていなかった。
それが、魔族というものなのかもしれない。
だけど、レオンにはそれがひどく寂しく思えた。
「ねぇ、イリ・・・・」
「魔王さまじゃ」
イリスはレオンの方を見ずに、言った。
「名前で呼ぶなと言っておろう。 魔王さまじゃ」
じろっと睨んできたので、レオンは鼻を掻いて少し考えると、
「じゃあ、ロリ魔王さまって言う事にするよ」
「ろり・・・なんじゃそれは?」
「かわいいって意味だよ」
「かわいいのは分かっておるわ。 ふむ。 ロリ魔王か・・・・」
なにかぶつぶつと呟いているイリスにレオンは微笑みかけた。
「それと、やっぱり僕は君を守ると決めたよ」
「む。 まだ言うか」
「あぁ。 これは、君は一人じゃない。 僕がいるって意味だよ」
レオンは一度、言葉を切り、イリスを改めて見つめる。
「僕がいる限り、君は一人じゃない」
「く、くくく、くさいセリフを言う出ない!!」
顔を赤らめて腕を組んだイリスは、はぁっと息を漏らして、諦めたような声を出した。
「もうよい。 主はほんとうに変わった人間のようじゃな」
「そうかな? 普通だと思うけど?」
「ぜっんぜん! 普通じゃないわい!! まさかの天然も入っとるみたいじゃの~」
手をひらひらとしてイリスは笑った。
すると、レオンはイリスの腰を持ち、肩に乗せると走り出した。
うひゃっと可愛い声を出して驚いたが、イリスはレオンの頭に捕まり前を見た。
目の前に町が見えた。
大きな時計塔がある町、冒険者の町。
クロックレイク。
冒険者ギルド『湖の時計塔』があるクロックレイクがすぐ目の前にあった。
◇◇◇◇
冒険者ギルド『湖の時計塔』は今日もせわしなく賑わっていた。
その受付カウンターの中で黒い髪をツインテールにして猫のカチューシャを付けた元気な声の女性が椅子に座ってボーっとしているルーマに話しかけた。
「ありゃりゃ、ルーマ? どうしたのにゃ? ボーーっとしちゃって」
茶色の髪に、メガネの奥に優しさのある瞳を持ったルーマが、いまは何を見るでもなくただただ前を見ていた。
ん~~~?っとツインテールの女性がルーマの顔を覗き込み、脇を突いた。
するとようやく気付いたのかルーマが飛び上がった。
「あっあっ! えっ? えっ? セリフィス先輩!? ごめんなさい! わたし考え事しちゃって・・・・」
そう言って、セリフィスを見た。
彼女の名前は、セリフィス・フローレンス。
ルーマの一つ年上で、同じくギルドの受付嬢をしている。
黄色の瞳に、黒く長い髪をツインテールにしていて、いつも元気な声で周りを明るくしてくれる存在だった。
いつもチャームポイントの猫のカチューシャを付けていて、猫語を操るのだという。 背が小さく、ツインテールにしているのも相まってルーマより年下に見えるのだけど・・・・それは本人には内緒の話。
そんなセリフィスがルーマを心配そうに見つめていた。
すると、はっと気づいたような顔をして、黄色の瞳が怪しく光ると、
「にゃにゃ? はは~~ん。 男だね? ルーマく~ん。 ついに男の悩みが出来たんだね? うんうん。 いいんだよ。 職場にそんにゃ悩みを持ち込んでもいいんだよ。 先輩である私がその悩みを聞いてあげようではあ~~~りませんか。 にゃはは!」
なんだか劇的な芝居打った声を上げて、セリフィスがルーマに詰め寄る。
それを慌てて否定しながらルーマは声をあげた。
「ち、違います。 その・・・昨日、冒険者になったばかりの子がいるんですけど・・・・まだ、帰ってきてなくて・・・・その・・・だから、あの、心配しているだけです」
「へー。 その新人くんって、あの子かにゃ?」
そう言ってセリフィスが指さす先をルーマが目で追うと、そこにはレオンが立っていた。
昨日は、綺麗だった赤いコートも、真新しかった皮の鎧も、ボロボロになっていて。 それなのにレオンは照れたような笑顔を作って口を開いた。
「ただいま。 ルーマさん」
レオンは帰ってきたのだった。
つづく




