第8話 共鳴する力
◇時は少し遡る◇
イリス・フィーリエの目の前にまで迫ってきた『傷持ち』が勢いよく噛みつこうとした。
恐怖のあまり、目を閉じる。
瞬間!
「た、助けれくれぇぇぇぇ」
「絶対に助ける!」
イリスの悲鳴と共に、少年の声が重なった。
「大丈夫かい!? 怪我は!?」
目の前に現れた少年が口早にそう言った。
赤い髪が風になびき、赤いコートを身にまとった少年が剣を『傷持ち』に向けている。
なんじゃ・・・こやつは!?
人間・・・・人間か!?
なんで人間が魔王である我を助けるのじゃ!?
助かったことより、疑問が先に浮かんだ。
警戒を解くことはせずに、イリスは金色の瞳を鋭く細めて少年に話しかけた。
少しの敵意を込めて。
「なんじゃ。 お主・・・人間か・・・なぜ助けた」
「え?」
その言葉に驚いた少年は、一度振り向くと優しい笑顔をつくり、
「君の悲鳴を聞いたから。 僕は君を助ける。 それだけさ」
そう言った。
なんじゃ!? どうなっておる!?
人間が我を助けるじゃと・・・・?
人間は敵だ。
我は世界を支配しようとし、人間と戦っていた。
そして、勇者と・・・
っつ、やはり頭が痛む・・・
その時、『傷持ち』が赤髪の少年に襲い掛かる。
火花が散り、戦いが始まった。
ふん、なんだかよくわからんが・・・助かったようじゃな?
ここはこ奴に任せて、我はとんずらとしゃれ込もうではないか。
逃げるために立ち上がろうとしたが、イリスの意思とは裏腹に足ががくがくと震えて動かない。
走ってきた疲労と、恐怖のせいだ。
恐怖。 恐怖じゃと!?
我が、こんな下っ端魔族に恐怖じゃと!?
ぐぬぬぬぅぅぅぅ。
なんだか腹が立ってきたわい!!
屈辱じゃ!!
目に怒りを込めてイリスは前を見た。
そんなイリスの目の前に・・・顔にしわを寄せ牙をむき出しにしたブラッディウルフの顔があった。
怒りは一瞬で消え失せ、ぱくぱくと口を開け、イリスは再び尻もちをつき後ずさる。
ブラッディウルフが、じりじりとにじり寄ってくる。
「く、来るでない!!」
必死に叫んだ。
魔王である我が、必死になっていた。
死の恐怖が間じかに迫り、イリスは涙を流していた。
怖い・・・怖い・・・怖い・・・
牙から涎が滴り、イリスの顔が反射する。
鋭く、鈍く光る牙がイリスに噛みつこうと迫りくる。
瞬間、ぐっと目を閉じて痛みに耐えようとした。
しかし・・・
牙は来なかった。
そっと目を開けると、目の前のブラッディウルフが力なく崩れ落ちた。
頭に剣が刺さっている。
これは・・・少年の剣か・・・?
イリスが赤髪の少年に瞳を向ける。
イリスの赤い瞳と、少年の灰色の瞳が視線を交わす。
「逃げるんだ」
こんな状況で少年は優しく微笑んでいた。
心配させないように、イリスを逃がすために。
そして、その声の通りにイリスは立ち上がり、逃げ出した。
あの少年がなんとかしてくれる!! 助かった!!
危ないところじゃった!
まさか、あんな少年に・・・
人間の・・・少年に・・・
人間・・・
人間!?
イリスは、立ち止まる。
手をわなわなと振るわせて、振り向いた。
なんじゃと?
「魔王である我が、人間の!! しかも、あんな少年に助けられたじゃと!?」
思いが言葉として溢れるぐらい、イリスは憤怒した。
ありえん!! あってはならぬ!!!!
いくら危ない目にあったとはいえ!!
我が人間に助けられるじゃと!?
魔王としてのプライドが傷ついてイリスは服を強く握りこむ。
赤い瞳が地面を見つめ、幼い手が、いっそう激しく震えを増していく。
「ふぬーーーー!!!!」
頭から蒸気を出しそうなほどイリスは怒り、駆けだした。
一言文句を言うために来た道を戻る。
自分を助けた少年に向かって。
だが、目の前に広がる景色は凄惨なものだった。
少年の足にブラッディウルフが噛みつき、そして、その体を体当たりされふっ飛びながら地面を力なく転がっていく。
いたる所から血を流し、それでも腕に力を込めて倒れた体を立ち上がらせようとしている。
「なんじゃ・・・あやつ・・・強いのではなかったのか・・・・? 文句を言おうと戻ってきたのに・・・もしかして弱いくせに我を助けようとしたのか・・・?」
イリスの存在に気づいたブラッディウルフは、まるで見せつけるかのように少年の体を咥えるとイリスに向かって投げつけた。
少年を投げつけて優越感に浸っているブラッディウルフ。
しかし、そんなブラッディウルフなど気にもせず、イリスの赤い瞳は赤髪の少年を見つめていた。
唇を震わせながら、声を出す。
「おい・・・おぬし。 弱いくせになんで助けようとしているんじゃ・・・・死にかけているではないか」
少年は何かを言おうとしているが、声にならない。
弱々しく息が漏れイリスを見つめるだけだった。
「なんじゃ・・・聞こえぬではないか・・・はっきり申せ」
そう言って、イリスは赤髪の少年に触れる。
自分より弱く、儚い命が散ろうとしている。
人間とはなんと脆い・・・
「人間のくせに・・・なぜ我を・・・」
ただただ疑問だった。
今まで世界を支配するために、逆らうものを殺してきた。
なのに、なぜこの少年は我を助ける?
今まで向かってくる人間は、すべて魔王である我を殺そうと敵意の眼差しを向けてきたではないか。
勇者も、あの勇者も・・・・っつ、また頭痛が・・・・
ズキンッズキンッと頭が痛む。
そして、鼓動も。 いや、これは・・・
鼓動が早まる。
ドクンッドクンッと早鐘を打つように、鼓動が脈打つ。
少年に触れている手から魔力が伝わってくる。
「な、なんじゃこれは!?」
視覚出来るほどの魔力の奔流が光となってイリスの体を駆け巡る。
まるでそこだけが無重力になったかのように雪のように白い銀髪が波打つようになびいている。
魔力が、満ちていく。
赤い瞳が、闇の中を光り輝かせる。
「魔力が戻った?」
自らの手を見つめ、イリスは言葉を漏らす。
身体は幼いままだが、圧倒的な魔力が溢れでて空気を、大地を、光が迸っている。
いや、これは魔力が戻ったのではないな。
少年に再び触れて、悟る。
「魔力の共鳴じゃな。 ふん。 まさか我の魔力に共鳴できるほどの者が人間にいるとはな」
そんな様子を『傷持ち』は、恐れおののきながら眺めていた。
いや、動くことが出来なかった。
多くの傷を持ち、特性を活かし力を蓄えた歴戦のブラッディウルフである『傷持ち』が恐怖していた。
視覚できるほどの魔力・・・目に見えるほどの魔力を持った者など今まで出会ったこともなかったからだ。
当たり前である。
視覚できるほどの魔力など、化物級!
それこそ『魔王』と呼ばれるほどの化け物みたいな魔族でしか・・・・
その時、イリスの魔力が強大すぎるがゆえに気づくことが出来ず、手下のブラッディウルフが吠えて駆けだした。
追いかけるように手下のブラッディウルフが一斉に走り出す。
それを『傷持ち』はただ眺める。
動けないからではない、確かめるためだ。
さっきまでそこにいたあの子供は、抵抗も出来ず、ただ逃げることしかできなかった獲物だったはずだ。
それが突然、『魔王』と並ぶほどの魔力を・・・・ありえん。
その真偽を確かめるために『傷持ち』は注意深く眺め、その金色の瞳を細めた。
向かってくるブラッディウルフを一瞥し、暗闇を照らす赤い瞳がさらに輝きを増す。
幼い体に不釣り合いな強大な魔力を、イリスはまるで楽しむかのように妖艶な笑みをこぼしている。
しかし、走りくる敵をきつく睨みつけると、手を前に突き出した。
唇が鋭く動く。
「潰れろ」
広げた手のひらを握ると、一言を発っした。
すると目の前のブラッディウルフがまるで圧壊するように潰れた。
魔王イリス・フィーリエが動き出した。
つづく




