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悪役令嬢、ダンジョン所長に就任しますの――魔物と稼ぐ無血ざまぁ  作者: 妙原奇天


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第8話 伝声石ライブと行列整理戦術

待つ時間は退屈ではありませんの。見える順番、遊べる並び、遠くに届く実況――行列をコンテンツにいたしますわ。


 朝の鐘を二度、間を置いて鳴らした。

 入口横、公開石板に新しい欄が増える。

『平均待ち時間(分)/見える順番(整理雫札No.)/行列満足指数(◎○△×)』

 その隣に、木製の大きな順番板。数字がするすると変わり、いまは「呼出:23〜30」。

 ノエルが簡潔に案内する。

「整理雫札をお受け取りください。石板の“呼出”番号の間は、遊べる並びへどうぞ」


 “遊べる並び”――行列を通路から回廊に変えた。

 豆知識札、影絵体験、ヌルの歩幅メトロノーム、そして座面。

 ベビーカーを停める柔い留め具、杖掛け、日陰の蜂蜜水。

 並ぶこと自体が“体験”になれば、待ちは満足に変わる。


「さらに本日より、伝声石ライブを始めますの」

 扇の先で、新しく設置した中継台を示す。

 白い台座に載るのは監査封蝋つきの伝声石。映すのは洞内の指定中継点のみ――“泣き雫ステージ”“影絵練習場”“退避ポケットの座面”など、安全に見せられる場所だけ。

「配信の音数は三まで。コメントは苦情箱と同じく宝ですの」


「ぷる(カメラ前ヨシ)」

 ヌルが中継台の縁にぷるっと乗って、画面端のマスコットに収まる。

 ノエルが無表情で指を折る。

「台本。出入口の鐘→今日の改善→平均待ち→映える一角→“走らず、触って、笑って”」

「完璧ですわ。――では開園のご挨拶、オンエア」


◇◇◇


『おはようございますの、哭き鍾乳洞でございます。平均待ちはただいま18分、呼出は23〜30番。走らず、触って、笑って、本日もどうぞご安全に。中継の合間は座面でお休みを』


 コメントが流れる。

《遠征組です! 昼過ぎに着きます》《VIPは満席?》《子どもがヌルを見て叫んだ(喜び)》

 ノエルが淡々と返す。

『VIP回廊は夜の部に若干空き。返金規定掲示済。泣いたら半額、走ったら全額返金+再教育』

《規則の言葉が好き》

『約束事は先に明るく書くのが礼儀』

 画面の端でヌルがぷにと敬礼。タグ**#泣き雫で笑おう**が朝から伸びる。


 《設計視》を開く。

 行列の赤(退屈)は薄い。青(風)と緑(湿り)は整流。

 ただ、峠の向こうからざわりと紫(過剰興奮)が混じる。骸吼裂溝の割引は今日も続いているのだろう。

 ――構わない。こちらは歩幅と音数で満たす。


「ノエル、行列アトラク第二段、解禁」

「了解。影絵講座、静けさ耳貸出開始」

 影絵講座では、コウモリ班が狐や雫冠の作り方を教え、静けさ耳は間合いが保てるとちいさな鐘が鳴る。

 ――待ち時間が練習の時間に変わる。

 子どもが鐘を鳴らし、親が笑う。音数石は鳴らない。鳴るのはごく小さな鐘のご褒美だけ。


◇◇◇


 午前の配信二枠目。

 ノエルが紙を掲げ、今日の改善を読み上げる。

『(1)座面増設+背凭れ/(2)迷子札に色を追加(兄弟識別用)/(3)苦情箱をもう一つ入口近くへ』

 コメント。

《兄弟色分け助かる!》《迷子名前は伏字?》

『苗字のみ、下の名は頭文字。公開で守るには線引きが必要』

《座面いいな》《座面尊い》

 座面が称賛される世界、よろしい。


 そして、三枠目。

 画面が一瞬ざらつき、別の“ライブ”が流れ込んだ。

 ――暗い画。揺れる灯。叫び声。

《事故?》《泣いてる?》

 ノエルの指がすぐ動く。

「ハッシュ違反。中継印未認証。偽ライブ」

 監査封蝋の印影を画面隅に重ね、未認証の文字を赤く出す。

 わたくしは落ち着いた声で告げる。

『只今の映像は当施設外、認証外ですの。哭き鍾乳洞は事故0、音数逸脱0。監査印は画面右上に常時表示。どうぞご安心を』

 コメントが戻る。

《了解!》《印影見えた》《釣り配信うざ》

 ノエルが代わりに退避ポケットを映す。座面が二つ、蜂蜜水と小さな本。

 《座面さいこう》《待ってる間に読む本リスト教えて》

『本日は“洞の声を数える”“鍾乳石の詩”』

 偽の叫びは、座面のため息で上書きする。


◇◇◇


 昼前、行列満足指数の初集計。

 ノエルが石板に書き込む。

『平均待ち 22分/行列満足◎ 64% ○ 30% △ 6% × 0% →0.88』

 ガレスが監視の中で短く言う。

「並びの見える化は効果的だ。呼出の予見性が不安を削る」

「予見は最強の安心ですの。次の今が分かれば、人は笑って待てますわ」


「ぷる(補給)」

 ヌルが蜂蜜水と飴を補充し、ゴブ班が座面を拭く。

 小さな習慣の積み重ねは、画面の向こうにも伝わる。

《遠征予約とれた!》《夜のVIP残ってる?》

『残席8。泣いたら半額』

《泣かないけど泣いたら半額は草》

『笑ってくださいませ』


◇◇◇


 午後。

 配信のコメント欄に、妙な連投が混じった。

《供給網不要》《針は正当》《関所三番は無関係》

 機械的な繰り返し。灰色のノイズが《設計視》の端に滲む。

「ノエル、連投の発信元」

「関所三番の伝声石中継台。業務用の署名」

 ガレスが一歩前へ。「通行記録に続き、中継台も照会する。書類は俺に回せ」

「助かりますの。秤のお仕事」

 コメント欄の通常が戻る。

《関所?》《つまり黒幕?》《座面話に戻そう》

 座面話に戻る世界、尊い。


◇◇◇


 午後二時。行列アトラクはライブ連動に進化した。

 影絵講座の優秀作をライブで紹介、静けさ耳で間合いが綺麗だった方に小道具券。

 “見る”と“並ぶ”が交差すると、時間が短く感じる。

 ノエルが石板に新しい欄を追加する。

『体感待ち短縮率アンケート:−31%』

 数字は空気を丸くする。


 その頃、峠の上――カミラが立っていた。

 黒のドレス、腕を組み、配信を見下ろす。

「行列を遊ばせる? 発想は悪くない」

「では、遊ばない待ちに戻す要因は針ですわ」

「供給網の話なら関所へ。私は前線で踊るだけ」

 視線は交わり、すぐ外れる。

 踊りは違っても、舞台が同じになる日が来る。


◇◇◇


 夕刻前、遠征組が波のように到着し、行列は最大に膨らんだ。

 だが呼出は滞らない。座面はどの区画にもある。

 配信のコメントが地域名で賑わい、地図が赤い印で埋まっていく。

 ――赤い印の外に、灰色の線が浮いた。

 《設計視》のレイヤーでつなぐ。灰色の線は峠の関所を通り、王都の倉庫群、そして競合施設の裏門へ。

 針の供給網だ。

 今日のライブが、目撃情報を集め、地図を描かせた。


「ガレス、地図を。赤は客の来訪、灰は供給網。交点が三箇所」

「確認した。三番関所、倉庫七棟目、裏門の通行路。――明朝、関所で照会する」

 秤の声が低くなる。

 舞台は、行列から関所へ移る。第9話の景色が、薄く見えた。


◇◇◇


 日が落ちた。

 VIP回廊の予約は満了、静けさ指数は0.93。

 配信のラスト枠で、わたくしは今日の数字をまとめる。


『本日のまとめ:

 平均待ち 26分→体感 −32%、行列満足0.90、回遊率63%。

 事故 0、泣き 0、音数逸脱 0。

 物販:“小道化帽”新発売→完売。

 配信:同時視聴 2,800、遠征予約 +41件。

 ――“待つ”は遊ぶ、“座面”は帰りたくなるの素。明日は関所で針の道を確かめますの』


 コメントが拍手の絵文字で埋まり、ヌルが画面端でぷるぷるジャンプ。

 ノエルが石板に最後の数字を刻む。

『本日粗利:+171,200/転倒事故ゼロ日:6/行列満足指数:0.90』

 鐘を二度、今日も少し間を置いて鳴らした。


「所長」

 苦情箱から、一枚の紙。差出人は――ガレス。

「要望。“呼出のを、鐘と同じに”。――一息置くと、皆が動きやすい」

「採用。間は、安全の調味料ですの」


 峠の向こう、関所の建物が黒く口を開ける。

 配信の地図に浮いた灰色の線が、そこへ吸い込まれている。

 断罪の代わりに、開園の法を積み重ねてきた。

 明日は――関所で供給網を切る第一歩。

 秤と鐘と、そして座面で。


(第8話 了)


次回:第9話「供給網を断つ――黒幕は“関所”にいますの」


倉庫七棟目、三番関所、裏門通行路。書類と足で繋ぎますの――公開で、印影で、座面で。

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