第4話 王都税の罠――査察官ガレス来訪
規則は迷宮。ならば導線図にして歩けばよろしいのですの。
朝の風は冷たく、石板の白墨がよく乗る。
入口横の公開改善計画に、昨夜の追記を三本――
・ガチャ筐体の監査封蝋二重化(実施)
・待機列の日陰テント常設(設置)
・提灯ツアーの音数基準(掲示)
ノエルが無表情で「完了印」を押し、ヌルがぷるっと敬礼した。
「本日は検証日。加えて、税区分の見直しを持ちかけますの」
「税?」
「ええ、王都税務の分類罠。ここを“危険施設”に押し込めて加重税を取るつもりでしてよ」
峠に馬蹄。濃紺の外套――査察官ガレスが、封蝋付きの書状を掲げた。
「停止命令。施設区分“危険迷宮(乙)”。該当条は安全義務未達――」
「異議あり、条27猶予条に基づき公開検証を請求いたしますの。さらに区分変更申請を同時提出」
扇で石板を示すと、観光客たちが「おお」と息を呑んだ。公開は味方を増やす。
「区分変更?」ガレスが眉をひそめる。
「“体験型観光施設(丙)”への移行ですわ。要件は三つ――事故率・退避導線・告知義務。本日はそれを導線図で証明いたしますの」
◇◇◇
検証は広間で行う。観覧ロープの向こうに子どもたち、老婦人、旅の商人。
わたくしは洞窟の見取り図に色の矢印を描き加えた。
青=風の流れ/緑=湿り/赤=危険/白=退避導線。
「条12“告知義務”は見えるところに短く。“走らず、触って、笑って”――韻を踏むことで遵守率を上げますの」
ガレスが書状をめくる。「……条文は結果を問う。言葉遊びではない」
「承知。結果はこちら」
ノエルが事故ゼロカウンターを掲げる。3。
「三日連続転倒事故ゼロ。退避ポケットは三十歩圏に間隔配置、提灯・ベンチ・救護箱完備。誘導係はヌルとゴブ班、音数ルールで騒音を抑制」
「ぷる(任務)」ヌルが誇らしげに膨らむ。観衆が笑う。笑いは緊張を溶かす。緊張が解ければ、事故も減る。
「……次。税区分」
ガレスの声色が硬く戻る。
「王都税は危険迷宮(乙)に加重税率。徴税表に従うと――」
「従いませんわ」
ざわめき。わたくしは微笑んだ。
「“危険迷宮”に該当するのは戦闘提供型。ここは安全導線を敷き、危険箇所は演出に転換済み。体験提供であり、戦闘提供ではございませんの」
「主張だけでは区分は変わらん」
「主張ではなく数字ですわ」
ノエルが公開決算の新段をめくる。
『安全投資比率(手すり・マット・退避・提灯):売上の22%』
『戦闘関連投資:0%』
『事故率:0/3日』
『従業員訓練時間:一人当たり30分/日(記録石付)』
「体験型観光(丙)のガイドラインは安全投資10%以上、事故率0.5%未満が目安。余裕で満たしてましてよ」
ガレスの目がわずかに細くなる。「ガイドラインは努力目標だ」
「努力は公開されて初めて努力でございますの」
観衆の中から老婦人が手を挙げた。昨日の方だ。
「ここは座れる。座れる迷宮は、危険じゃないよ」
子どもの父親が続く。「並ぶのも楽しかった。並びながら読める安全ガイドがあるから」
世論は風。石より強いことがある。
◇◇◇
「最後に――“停止命令”の根拠、危険装置の疑義に答えますの」
宝箱の背面板を開け、白手袋で魔術針を取り出す。
「昨夜、筐体に不正改造の試み。監査封蝋で遮断、映写石で記録済み」
映写石が天井に光像を投射する。黒い外套の影が腕を伸ばし、針を差し込もうとして――ヌルがぷるっと光って撃退。
「ぷる!(仕事)」
笑いと拍手。
ガレスが短く問う。「加害者は?」
「証拠は供給網に繋がりますの。今日の議題ではありませんわ。――安全と区分ですの」
沈黙が落ち、石の滴る音が数を刻む。
ガレスは書状をたたみ、封蝋を指で弾いた。
「停止命令を留保。区分変更の仮適用を認める。次の新月までの監視期間、公開決算と事故ゼロカウンターを毎日更新。違反があれば即時停止だ」
「甘美な条件。もちろん遵守いたしますの」
「付言する。税区分は王都税務局の所管――俺の一存では確定できん。ただ、今回の実見報告は俺が書く」
わずかに、声が低くなる。
「……公平に、な」
観衆から拍手が起こる。ヌルはぷるぷるジャンプ、ノエルは一礼、わたくしは扇を開いた。
「皆さま、検証は以上ですの。本日も**“走らず、触って、笑って”**どうぞご安全に」
◇◇◇
夕刻前。
待機列の日陰テントが増え、苦情箱には“ありがとう”の紙片が増えた。
石板の数字は、今日も良い。
『入場者 236/売上 118,900/人件費 24,000/原価 22,600/税・雑 9,100/粗利 63,200/事故 0/苦情 0(要望:鐘もう一回)』
鐘は三回鳴らすことにした。ガレスの顔が脳裏で苦笑する。
ノエルが声を落とす。「所長、雇用の件、前倒ししません?」
「ええ。次は魔物雇用契約。使役ではなく雇用――安全と数字を繋ぐ中核ですわ」
「規則を作るのは、強い側の特権じゃない」
「ですから、公開して作りますの」
峠の上、黒い外套が夕陽に細く切れた。
遠目にも分かる女の立ち姿――競合所長カミラ。
視線が絡み、すぐ解ける。
次は数字ではなく、契約で来るはず。
ならばこちらは、就業規則と雇用契約で迎え撃つ。
鐘が三度、澄んだ音で鳴った。
泣き声のない洞窟に、笑いと習慣だけが残る。
断罪の代わりに、開園の法を積み上げるのだ。
(第4話 了)
次回:第5話「魔物、雇用契約で守りますの」
使役は終わり。これからは雇用ですの――休憩、餌、賃金、そして安全基準。ぷるぷる達の初ボーナス、支給いたしますわ。




