表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢、ダンジョン所長に就任しますの――魔物と稼ぐ無血ざまぁ  作者: しげみち みり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/16

第3話 ガチャ宝箱は夢を見る――最初の黒字

夢は透明でなければなりませんの。当たりだけでなく、外れの価値まで設計いたしますわ。


 夜明け前、ノエルとわたくしは宝箱の前にしゃがんでいた。

 木製の古びた筐体。内部には擬似乱数石が組み込まれ、レバーに連動して**チップ**が排出される仕組みだ。


「封蝋、二重。印影は所長印と会計印」

「良し。さらに監査札を表面に。開封痕が出る仕様に」

 ノエルがコトリと札を貼る。札は薄く光り、触るたびにカウントを刻む。

「触感監査。誰が何回触れたか、回数が石板に反映されますの」


 《設計視》で購買の流れを見る。

 朝の空気は青。「好奇」「期待」の色が入口から緩やかに流れ、宝箱で赤くキラリと光る。

 その赤に、黒い斑点が混じっていた。――**偽札(すり替え)**の意図だ。


「ノエル、係留箱」

 宝箱の足元に小さな箱を出し、四隅を鍛鉄のアンカーで固定する。

「筐体を動かす者は、動線で浮きますわ」


 朝一の列。

 石板に確率表を掲げる。

『大当たり 5%(泣き雫クリスタル/提灯ツアー無料券)

 当たり 30%(地元名産・撮影石フレーム・割引券)

 体験券 65%(次回来場で体験に交換)』

 横に**“回し方”。

『1銀を入れる→レバーを引く→符を開く→当たりは出口交換所で引換』

 さらに注意**。

『未成年のみの連続挑戦は3回まで/保護者は声かけで一時停止可能』

「習慣は、注意書きの“声色”で決まりますの。命令でなくお願い。お願いで動く導線が最強」


 最初の少年が銀貨を入れた。

 レバーがコトンと落ち、符が出る。

「……当たり!」

 歓声。撮影石フレームを受け取った少年は家族と写真を撮り、タグをつけて投稿した。

 わたくしは石板の売上を見やる。初速は良いが、偏りが出ると不信が生まれる。


 午前十時。

 黒い斑点が濃くなった。

 背の高い男が、宝箱の前でやけに肘を宝箱に押し当てている。

 監査札の触感カウントが、石板に“3→5→8”と跳ねた。

「ノエル」

「記録済。係留箱のピンが1mmずれた」

「取り押さえは不要。公開しましょう」


 わたくしは扇を開き、声を通した。

「皆さま。本筐体は監査札により、触れた回数が可視化されますの。安全と公平のため、両手はレバーのみに。今触れた方、映写石に記録されておりますわ」

 男の肩が跳ね、肘を離した。周囲の空気が青へ戻る。

 晒しではない。可視化で十分だ。人は見られているだけで、正される。


 午前のピークが終わる頃、峠に役人の馬車。

 ガレスが降り立ち、掲げたのは書状。

「停止命令。ただし条項27に基づき、実地検証を行う」

「歓迎いたしますの。公開で、お客さまの前で」

 広間に小さな観覧ロープを張り、検証開始。


 項目は三つ。

 ①安全導線の効果検証(転倒再現テスト)

 ②宝箱の確率確認(擬似乱数石の独立性)

 ③収支と苦情の公開


 ①は簡単。赤筋に設置したマットと手すりの有無で、滑走率がどう変わるか。

 ガレスは靴底に湿布を貼り、角を曲がる。

 「……滑らない」

「座面を置くと、さらに転倒が減りますの」

 老婦人が昨日語った「座れた安心」が、今は数値になって石板に刻まれる。


 ②が山場。

 擬似乱数石を封蝋つきのまま外へ持ち出し、ガレス立会いで100回の試行。

 ノエルが淡々とチェックシートに○×を打つ。

 結果、大当たり6/当たり28/体験券66。

 確率の誤差範囲内。

 ガレスが封蝋をまじまじと見つめ、「印影一致。封破りなし」と宣言。

 群衆から拍手。透明な夢は、拍手を呼ぶ。


 ③。

 ノエルが公開決算の今日版を掲示。

『入場者 212/売上(入場+物販+ガチャ) 102,300/人件費 21,000/原価 19,400/税・雑 8,200/粗利 53,700/事故 0/苦情 1(“行列が長い”→対応:日陰テント増設)』

 ガレスは石板をしばらく見つめ、短く頷いた。

「……運営続行を認める」

 歓声。ヌルがぷるぷるジャンプを披露し、子どもが笑った。


 検証終了後、ガレスが少しだけ砕けた声で言う。

「君のやり方は、数字で殴るのではなく、数字で安心させるのだな」

「人は“怒られたくて”来館するわけではありませんもの。**“また来たくて”**来るよう設計いたしますの」


 午後のラスト、影が再び揺れた。

 ――宝箱の背面板に、細い魔術針。

 《設計視》が黒を弾く。

「ノエル、背面」

「了解」

 彼女がスッと背面板を開き、針を白手袋で摘む。

 針の根元に刻まれた小さな紋。

 ――競合ダンジョンの印だ。

「カミラ所長……直球ですわね」

 名指しはしない。証拠だけ保全し、反撃の準備を進める。

 ノエルが静かに言う。「映写石、保存済み。供給網も当たる」

「ええ、第7話で数字で殴りますの」

「メタ発言」


 夕刻、提灯ツアー。

 出発前に、ガレスが列の最後尾に立っていた。

「検証の延長だ」

「ようこそ、お客さま」

 囁きのルールは守られ、提灯の列は音楽のように滑らかだった。

 帰り際、彼は言った。

「苦情箱に一枚、入れておいた」

「内容は?」

「“入口の鐘の音が好きだ。もう一回鳴らしてほしい”」

 不器用な笑い。わたくしは頷く。

 鐘は増やす。入口に二つ目。音は習慣の始まりだから。


 夜。

 石板に白墨で大きく。

 ――転倒事故ゼロ日:3/粗利:+53,700

 初の“明示的な黒字”。

 笑い声が遠くで重なる。伝声石のタグは伸び続けている。


 峠の上。

 黒い外套の影が二つ、風に溶けた。

 カミラ。そして、もう一人は――王都の供給網の人間。

 次の一手は、彼らが打つ。

 ならばこちらは、先に球場を決める。

 法令という迷路を、体験導線に組み替える準備。

 査察回避迷路――ラビリンス・オブ・ルール。第10話の目玉だ。


「ヌル、夜警。ノエル、証拠保全。わたくしは見取り図を描きますの」

「ぷる!」「了解」


 断罪の代わりに、開園の鐘をもう一度。

 ガレスの苦情(いや、要望)にお応えして、入口の鐘が二回鳴った。

 **“また来たい”**の音が、峠を越えて街へ落ちていく。


(第3話 了)


次回:第4話「王都税の罠――査察官ガレス来訪」


規則の迷宮は、導線図にして歩きますの。停止命令は、公開改善計画で上書きいたしますわ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ