第3話 ガチャ宝箱は夢を見る――最初の黒字
夢は透明でなければなりませんの。当たりだけでなく、外れの価値まで設計いたしますわ。
夜明け前、ノエルとわたくしは宝箱の前にしゃがんでいた。
木製の古びた筐体。内部には擬似乱数石が組み込まれ、レバーに連動して**符**が排出される仕組みだ。
「封蝋、二重。印影は所長印と会計印」
「良し。さらに監査札を表面に。開封痕が出る仕様に」
ノエルがコトリと札を貼る。札は薄く光り、触るたびにカウントを刻む。
「触感監査。誰が何回触れたか、回数が石板に反映されますの」
《設計視》で購買の流れを見る。
朝の空気は青。「好奇」「期待」の色が入口から緩やかに流れ、宝箱で赤くキラリと光る。
その赤に、黒い斑点が混じっていた。――**偽札(すり替え)**の意図だ。
「ノエル、係留箱」
宝箱の足元に小さな箱を出し、四隅を鍛鉄のアンカーで固定する。
「筐体を動かす者は、動線で浮きますわ」
朝一の列。
石板に確率表を掲げる。
『大当たり 5%(泣き雫クリスタル/提灯ツアー無料券)
当たり 30%(地元名産・撮影石フレーム・割引券)
体験券 65%(次回来場で体験に交換)』
横に**“回し方”。
『1銀を入れる→レバーを引く→符を開く→当たりは出口交換所で引換』
さらに注意**。
『未成年のみの連続挑戦は3回まで/保護者は声かけで一時停止可能』
「習慣は、注意書きの“声色”で決まりますの。命令でなくお願い。お願いで動く導線が最強」
最初の少年が銀貨を入れた。
レバーがコトンと落ち、符が出る。
「……当たり!」
歓声。撮影石フレームを受け取った少年は家族と写真を撮り、タグをつけて投稿した。
わたくしは石板の売上を見やる。初速は良いが、偏りが出ると不信が生まれる。
午前十時。
黒い斑点が濃くなった。
背の高い男が、宝箱の前でやけに肘を宝箱に押し当てている。
監査札の触感カウントが、石板に“3→5→8”と跳ねた。
「ノエル」
「記録済。係留箱のピンが1mmずれた」
「取り押さえは不要。公開しましょう」
わたくしは扇を開き、声を通した。
「皆さま。本筐体は監査札により、触れた回数が可視化されますの。安全と公平のため、両手はレバーのみに。今触れた方、映写石に記録されておりますわ」
男の肩が跳ね、肘を離した。周囲の空気が青へ戻る。
晒しではない。可視化で十分だ。人は見られているだけで、正される。
午前のピークが終わる頃、峠に役人の馬車。
ガレスが降り立ち、掲げたのは書状。
「停止命令。ただし条項27に基づき、実地検証を行う」
「歓迎いたしますの。公開で、お客さまの前で」
広間に小さな観覧ロープを張り、検証開始。
項目は三つ。
①安全導線の効果検証(転倒再現テスト)
②宝箱の確率確認(擬似乱数石の独立性)
③収支と苦情の公開
①は簡単。赤筋に設置したマットと手すりの有無で、滑走率がどう変わるか。
ガレスは靴底に湿布を貼り、角を曲がる。
「……滑らない」
「座面を置くと、さらに転倒が減りますの」
老婦人が昨日語った「座れた安心」が、今は数値になって石板に刻まれる。
②が山場。
擬似乱数石を封蝋つきのまま外へ持ち出し、ガレス立会いで100回の試行。
ノエルが淡々とチェックシートに○×を打つ。
結果、大当たり6/当たり28/体験券66。
確率の誤差範囲内。
ガレスが封蝋をまじまじと見つめ、「印影一致。封破りなし」と宣言。
群衆から拍手。透明な夢は、拍手を呼ぶ。
③。
ノエルが公開決算の今日版を掲示。
『入場者 212/売上(入場+物販+ガチャ) 102,300/人件費 21,000/原価 19,400/税・雑 8,200/粗利 53,700/事故 0/苦情 1(“行列が長い”→対応:日陰テント増設)』
ガレスは石板をしばらく見つめ、短く頷いた。
「……運営続行を認める」
歓声。ヌルがぷるぷるジャンプを披露し、子どもが笑った。
検証終了後、ガレスが少しだけ砕けた声で言う。
「君のやり方は、数字で殴るのではなく、数字で安心させるのだな」
「人は“怒られたくて”来館するわけではありませんもの。**“また来たくて”**来るよう設計いたしますの」
午後のラスト、影が再び揺れた。
――宝箱の背面板に、細い魔術針。
《設計視》が黒を弾く。
「ノエル、背面」
「了解」
彼女がスッと背面板を開き、針を白手袋で摘む。
針の根元に刻まれた小さな紋。
――競合ダンジョンの印だ。
「カミラ所長……直球ですわね」
名指しはしない。証拠だけ保全し、反撃の準備を進める。
ノエルが静かに言う。「映写石、保存済み。供給網も当たる」
「ええ、第7話で数字で殴りますの」
「メタ発言」
夕刻、提灯ツアー。
出発前に、ガレスが列の最後尾に立っていた。
「検証の延長だ」
「ようこそ、お客さま」
囁きのルールは守られ、提灯の列は音楽のように滑らかだった。
帰り際、彼は言った。
「苦情箱に一枚、入れておいた」
「内容は?」
「“入口の鐘の音が好きだ。もう一回鳴らしてほしい”」
不器用な笑い。わたくしは頷く。
鐘は増やす。入口に二つ目。音は習慣の始まりだから。
夜。
石板に白墨で大きく。
――転倒事故ゼロ日:3/粗利:+53,700
初の“明示的な黒字”。
笑い声が遠くで重なる。伝声石のタグは伸び続けている。
峠の上。
黒い外套の影が二つ、風に溶けた。
カミラ。そして、もう一人は――王都の供給網の人間。
次の一手は、彼らが打つ。
ならばこちらは、先に球場を決める。
法令という迷路を、体験導線に組み替える準備。
査察回避迷路――ラビリンス・オブ・ルール。第10話の目玉だ。
「ヌル、夜警。ノエル、証拠保全。わたくしは見取り図を描きますの」
「ぷる!」「了解」
断罪の代わりに、開園の鐘をもう一度。
ガレスの苦情(いや、要望)にお応えして、入口の鐘が二回鳴った。
**“また来たい”**の音が、峠を越えて街へ落ちていく。
(第3話 了)
次回:第4話「王都税の罠――査察官ガレス来訪」
規則の迷宮は、導線図にして歩きますの。停止命令は、公開改善計画で上書きいたしますわ。




