第14話 黒幕退場、所長昇格と婚約再編
倉庫七棟目、三連三角、そして王太子。座面と印影で、最後のざまぁを無血で。
王都議事院の前庭に、朝の鐘を二度+微。
呼吸が整い、公開聴聞会の幕が上がる。
広場にはいつもの設え――座面、日陰、洗い桶、呼出板、そして公開石板(大版)。
石板の最上段には今日の順序が書かれる。
『本日次第:
①証拠の鎖(通行記録→倉庫七棟目→裏門→偽ライブ→仕込み針)
②関係者聴取(関所係官マーレン/公共民間連合代理)
③処分と再発防止(座面規格・停止条件の制度化)
④所長任用(観光庁モデル統括所長)
⑤婚約再編(公開合意書 v0.1)』
「ぷる(座面よし)」
ヌルが最後の座面を拭きあげ、ゴブ清掃班が指差呼称、「標識よし、退避よし、蜂蜜水よし!」
ノエルは監査印の位置を確認し、「偽ライブ対策オン」。
《設計視》には青と緑が穏やか、赤は薄い。よろしい。
石畳を踏む軽い行進音――王太子が側近とともに現れた。
侍従が一歩進み出て、「殿下、視察。ただし並ぶ」と前回の紙の通りに告げる。
わたくしは微笑んで整理雫札を差し出した。
「呼出に従い、座面へ。走らず、触って、笑って」
殿下は赤面して頷き、列に加わった。――礼儀は座面の上で等しくなる。
◇◇◇
■①証拠の鎖
監察官長イレーネとガレスが登壇。ガレスが封蝋を割り、映写石が壁に通行記録を映す。
三連三角の印影が五つ、倉庫七棟目の納品書、裏門の押収品、そして王都広場で摘発した仕込み針。
ノエルが淡々と時間軸を線で繋ぐ。
「四十八時間の間に五便。針束→中継台→偽ライブ→客不安→“緊急停止権”の口実」
イレーネが短く告げる。「印影一致、封破りなし。偽装の構造は明白」
観客席の音数石は灯らない。怒号はなく、座面の上に息だけが漂う。
“怒りは座面で整流”――今日の合言葉だ。
◇◇◇
■②関係者聴取
まずはマーレン。
彼は座面に座らされた。蜂蜜水が手渡され、肩の力がゆるむ。
「……細い通路は金になる。通行権で稼げと上から」
「“上”とは?」イレーネ。
「公共民間連合の“黒衣窓口”だ。青紙の下付と一緒に、仕込み針の便を許可された」
次に黒衣代理人。
彼は笑みを崩さず、「演出の一部だ」と言い張る。
ノエルが停止条件(公開・自動)の板を示す。
『事故1→仮停止30分+補充/泣き3連→動線切替/音数逸脱→間延長/監査印ログ公開』
「恣意は不要。公開手順で止められますの」
ガレスが秤の声で言う。「供給網を利用して緊急停止権を濫用しようとした疑い。別件送致」
黒衣の笑みが、髪一本分だけ薄くなった。
◇◇◇
■③処分と再発防止
イレーネが判示する。
「関所三番の運用は共同監査下に移行。倉庫七棟目は閉鎖→監査教育拠点へ転用。偽ライブ・仕込み針は禁制、違反は即時送致」
続けて、わたくしたちの提案――
座面規格 v1.0.1・停止条件(公開・自動)・再訪意向=税の暫定制度化。
拍手。音数石は灯らない。拍手は息の延長だ。
◇◇◇
■④所長任用
イレーネが青ではなく白金の封蝋を差し出した。
「辞令――オフェリア・グランヴェル。観光庁(試)・迷宮観光局 モデル事業の統括所長に任ずる。自治運営を条件に、哭き鍾乳洞を中核とする連携網を統べよ」
わたくしは扇を胸に、深く礼をする。
「拝命いたしますの。ただし付帯条件を公開で」
ノエルが即座に掲げる。
『受任条件:公開決算、事故ゼロカウンター、座面基準、雇用規定、返金は恥ではない――いずれも恒常掲示』
イレーネが「承認」と短く。
所長就任の拍手が波立つ。ヌルがぷるぷるジャンプ、ゴブ班が面で会釈し、コウモリがひゅいと弧を描く。
◇◇◇
■⑤婚約再編
呼出の札が進み、王太子の番が来た。
殿下は座面に腰を下ろし、深く頭を下げた。
「――断罪は誤りだった。王都は君の公開と座面に教えられた。もしよければ、婚約を復」
鐘の間が一拍延びる。
わたくしは扇を閉じ、柔らかく微笑んだ。
「返金は恥ではない、と申しますわね? 婚約も返金いたしますの。半額――思い出は持っていってくださいませ」
広場に小さな笑い。殿下は苦笑し、素直に頷いた。「了解。列に学ぶ」
そこへ、ガレスが観客の列から立つ。
濃紺の外套のまま、秤の声で。
「監察と統括所長の近接は、利益相反になり得る。……だから――“ゆる婚約”を公開で取り決める」
「良い提案ですの。公開合意書 v0.1をどうぞ」
ノエルが板を掲げる。
『公開合意書 v0.1(ゆる婚約)
1. 監察と運営の分離(ガレスは広域監察教育局へ異動、哭き鍾乳洞の直監は外れる)
2. 更新間隔:季節に一度“座面会議”(将来設計の見える化)
3. 優先順位:仕事>婚礼準備(返金可)
4. 秘密:なし(公開で照れる)
5. 破談時:**“恥ではない”**の文言で双方記録、座面で署名』
イレーネが喉の奥で笑う。「規範集に付録で載せよう」
ガレスが小さく息で笑い、わたくしに視線を合わせる。
「合意」
「合意ですの」
◇◇◇
聴聞会の終盤、黒衣代理人が最後の抵抗のように言う。
「効率は落ちる」
ノエルが式を一行、追記した。
『効率=一度の速さ/再訪=何度も来る強さ → 座面は再訪を上げる』
広場は静かに頷いた。静けさ指数は0.94。
◇◇◇
夕刻、**公開決算(聴聞会日)**を刻む。
『来場 2,020/満足 0.92/静けさ 0.94/再訪意向 0.80
物販 109,600/配信 58,900/寄付 27,300
設営 24,400/人件費 36,200/原価 28,300/税・雑 12,700
粗利 +93,200
事故 0/返金 1(半額→再予約)
転倒事故ゼロ日:12』
苦情箱から一枚。差出人は――王太子。
『“要望。座面を王城の閲覧室にも――背凭れ高めで”』
「採用。座面規格 v1.0.2(高身長対応)、王城納入」
ノエルが印影を押し、ヌルが誇らしげにぷる。
カミラが袖から現れ、狐面を外して笑う。
「黒幕退場、ざまぁね。次は遊園地をどう“街”に溶かすか」
「第15話でエピローグ。座面と鐘で、終わり方を美しく」
わたくしたちは視線で笑い、蜂蜜を一滴、広場の甘さに足した。
夜。
鐘を二度+微。間が伸び、王都の呼吸がそろう。
断罪の代わりに、公開と座面で全てを終わらせた。
明日は――エピローグ。迷宮は遊園地、そしてまた来たいの国へ。
(第14話 了)
次回:第15話「エピローグ:迷宮は遊園地になりますの」
観光庁のもと、座面と鐘と静けさで――また来たいの設計図を、国じゅうへ。