第13話 王都プレゼン――ダンジョン観光庁へ
模型×データ×体験で、政策に昇華いたしますの。秤は客席、座面は壇上。鐘は二度+微で。
王都議事院・円形ホール。
わたくしたちは夜明け前から座面を運び込み、日陰幕を張り、洗い桶と蜂蜜水を入口左右に据えた。中央には巨大な哭き鍾乳洞の模型――断面が蝶のように開き、灯で**青(風)/緑(湿り)/赤(危険)/白(退避)**が流れる仕掛けである。
「鐘は?」
「二度+微にセット」ノエルが無表情で頷く。
「座面規格 v1.0.1、背凭れ**+一指**」
「ぷる(磨き完了)」ヌルが模型の足元をぴかぴかに拭き、ゴブ清掃班は指差呼称、「配線よし! 標識よし! 退避よし!」
コウモリ班は天井桟から音数石を三つ吊るし、影絵用の幕を試しに一度、薄く照らす。
扉が開き、人が波のように入る。
監察官長イレーネが最上段に座り、ガレスは観客側中央――秤の席。黒い外套の黒衣代理人が青紙の束を腕に抱え、涼しい笑みでこちらを見る。
カミラは袖で蜂蜜の壺と小さな面を整え、わたくしにだけ短く顎を引いた。同業者の挨拶だ。
わたくしは綱をとり、鐘を二度+微。
間が美しく伸び、ざわめきが一拍で整流する。
「本日は、哭き鍾乳洞と協力諸施設による**“観光庁モデル事業”**のご提案――
第一部 模型、第二部 データ、第三部 体験、第四部 政策。公開で進めますの」
◇◇◇
■第一部:模型(見取り図を、手に取って)
模型の内部を灯が走る。青が揺れ、緑がしみ、赤は細い筋になって角に集まり、白がそれを横切る。
「《設計視》を可視化した模型ですの。赤は“事故の芽”、白は座面と退避。半歩のリズムで灯が前へ――
“走らず、触って、笑って”、そして音数は三」
壇上の通路を半歩で歩くデモンストレーター役は……議員の一人。
わたくしが静けさ耳を渡すと、小さな鐘がちいと鳴る。
「“鳴らない音”を評価にするのが静けさ指数。声を抑える命令ではなく、**間**を整える道具でございますの」
笑いがこぼれ、音数石は灯らない。
可視化は、最初の壁をやわらかく溶かす。
◇◇◇
■第二部:データ(数字で安心を)
ノエルが大版の公開決算をめくる。
『泣き雫 指標・推移(直近10日)
転倒事故 0(ゼロ日:10→11見込み)
満足指数 0.90→0.92
静けさ 0.93→0.94
再訪意向 0.76→0.78
雇用(従業員+巡回座面) 18→26(うち地元 10→15)
粗利 +(日次平均 +96,400)』
「救済は運営で黒字に。座面は慈善ではなく設備、退避は費用ではなく売上――
“座った人は帰ってくる”。数字でご覧に入れますの」
イレーネの眉がわずかに緩む。
黒衣代理人が青紙を指先で鳴らし、「中央評価なしで安全を担保?」と問いを投げる。
ノエルはすぐ下段を示す。
『停止条件(公開・自動)
事故:1件→仮停止30分+退避補充
泣き:3連続→動線切替
音数逸脱:阈値→間の延長
――監査印ログ&映写石保存(公開)』
「止めるを恣意から手順へ。中央評価は公開の見守りへ移行いたしますの」
◇◇◇
■第三部:体験(条文は標識に、点検表は遊び方に)
「ラビリンス・オブ・ルール(議会出張版)をどうぞ」
壇上に退避ポケットを模した小間、告知標識(“返金は恥ではない”“半歩”“音数三”)、宝箱(監査封蝋二重)が並ぶ。
議員ボランティアが箱を回し、大当たりがひとつ出て拍手――その直後、金属の細音。
ノエルが白手袋で針を押さえ、三連三角の刻印を見せる。
映写石が袖の警備役を投影、印影一致をガレスが即座に宣言。
音数石は鳴らない。騒がないまま、証拠保全と公開が進む。
「偽ライブも仕込み針も、監査印で無音に。静けさは“音を減らす命令”ではなく、仕掛けで保ちますの」
カミラが影幕の前に立ち、狐の面で会釈。
一呼吸置いてから、「びゃっ」。
議場の肩がほどけ、笑いが息で広がる。
座面は満席。返金のデモをひとつ、半額→再予約の印が会場で押され、ざわめきが納得に変わった。
◇◇◇
■第四部:政策(開く規格、巡る税)
わたくしは最後の板を掲げる。
『座面規格 v1.0.1(案)
高さ・背凭れ角/三十歩圏退避/表示義務(返金・半歩・音数)/雇用(出退勤石・餌ポイント・提案箱)/静けさ指数
ライセンス:オープン条項(改変可・出典『哭き鍾乳洞』・公開決算添付)』
『再訪意向=税(案)
再訪予約率×行列満足×安全係数→観光税率の優遇』
「独占はいたしませんの。規格は開く、税は巡る――
“座面を置く者”が利益を得、返金しても戻ってくる仕組みへ」
黒衣代理人が青紙を掲げる。「中央の緊急停止権を外すのは危険だ」
「中央は秤であって鞭ではありませんの。監察は公開を見守る手。秤は客席に、鐘は壇上に――間が合えば、歩みは乱れませんの」
ガレスが立ち上がる。「監察は巡回し、ログを見る。恣意ではなく手順で止め、座面で再開させる。――俺はそう報告する」
秤の声が、青紙を静かに押し下げた。
イレーネが手帳を閉じ、短く告げる。
「採決。
一、座面規格 v1.0.1を暫定国家指針として採択(オープン条項)。
二、再訪意向=税を王都税務と試験運用。
三、観光庁設置準備室は**“モデル事業”として哭き鍾乳洞を指定**、協力施設(骸吼裂溝ほか)を連携認定。
四、監察は公開決算と事故ゼロカウンターの継続掲示を条件に自治運営を承認――」
拍手。
ヌルがぷるぷるジャンプ、ゴブ班が面で会釈、コウモリがひゅいと低く弧を描く。
わたくしは胸の奥で、舵がひとつ軽くなるのを感じた。
◇◇◇
採決後。
黒衣代理人は青紙を畳み、「効率は落ちる」と吐き捨てた。
「再訪が上がりますの」
ノエルが最後の式を石板に書き足す。
『効率=一度の速さ/再訪=何度も来る強さ → 街は後者で温まる』
男は何も言わず、列に紛れた。
カミラが壇上に上がり、狐面を額に上げる。
「連携施設としてやる。影絵の巡回座面、王都の裏町から始める」
「蜂蜜は甘味係に。――座面は共有ですわ」
彼女は鼻で笑い、「負けっぱなしは性に合わない」と言って、壺を掲げた。
同業者の、心地よい火花。
ガレスが近寄り、観客の列に並んだまま言う。
「……客としてまた座りたい」
「いつでも。呼出の間は鐘と同じに」
「忘れない」
彼の声音は秤のまま、しかし熱が一滴。遅延のように、胸で余韻が伸びる。
イレーネが最後に小さく付け加えた。
「“返金は恥ではない”――規範集の標語に入れておく」
「座面が、恥を受け止めてくれますの」
◇◇◇
夕方。**公開決算(王都プレゼン日)**を大版に刻む。
『来場(議会公開) 1,860/満足 0.91/静けさ 0.94/再訪意向 0.79
物販 102,400/配信 61,200/寄付 33,800
設営 22,700/人件費 34,100/原価 27,900/税・雑 12,300
粗利 +100,100
事故 0/返金 1(半額→再予約)
転倒事故ゼロ日:11』
苦情箱から一枚。差出人は――王太子付きの侍従。
『“殿下より:視察を希望。ただし並ぶ”』
わたくしは扇で口元を隠し、笑う。
「並ぶは礼儀。座面は皆さまに水平ですの」
最後に鐘を二度+微。
議会の天井が呼吸し、広場のざわめきが一拍、やわらかく揃う。
断罪の代わりに、政策が立った。
次は――黒幕退場と、所長昇格・婚約再編。
座面の上で、終わり方も美しく。
(第13話 了)
次回:第14話「黒幕退場、所長昇格と婚約再編」
倉庫七棟目、三連三角、そして王太子。座面と印影で、最後のざまぁを無血で。