第12話 王都の乗っ取り計画、公開決算で粉砕 の公開
青紙、黒衣、譲渡交渉。――舞台は王都。数字と印影と座面で、笑って終わらせますの。
王都の中央広場は、朝の鐘にまだ眠そうだった。
わたくしたちは鐘を二度+微、ほんの息の遅延をかけて鳴らし、広場の半分を遊歩の場に変えた。
設営はいつも通り――座面、日陰、洗い桶、呼出板、そして公開石板(大版)。
大版の上段に、本日の議題を掲げる。
『本日の公開議題
A案:譲渡(観光庁準備室・公共民間連合)
=分配金+規格化 − 現地雇用 − 透明性 − 座面裁量
B案:自営(哭き鍾乳洞+協力施設)
=粗利+雇用+透明性+座面 − 助成
提案:座面規格 v1.0(オープン条項)/静けさ指数・安全係数の公開実装
――印影照合は右上、偽ライブ対策済』
「式を先に出せば、話は喧嘩になりませんの」
ノエルがうなずき、監査印の位置を示す。
「満足札は◎○△×、再訪意向は雫印で。返金規定は“恥ではない”」
「ぷる(座面よし)」
ヌルは王都の石畳に新しい座面を並べ、香導線に薄い柑橘を少し。
広場の端に、黒い外套の一団。評議会の黒衣――公共民間連合の代理だ。
その先頭、青い封蝋の青紙を掲げる男が微笑んだ。
「譲渡交渉の場を整えてくれて感謝するよ、所長殿。効率のためだ。管理は中央で持つべきだ」
「座面は中央に置きませんの。人の隣に置きますの」
わたくしは扇で広場の座面を示し、声を落とした。
「本日は公開で。印影と数字の言葉で話しましょう」
濃紺の外套――ガレスが監察印の箱を持って到着した。
「本件、交渉は公開。封蝋は俺が見る。座面は俺が座る」
彼は言い終えると、観客の間に座った。
――よろしい。秤は、座面と並ぶと倍に効く。
◇◇◇
第一幕:青紙の中身。
黒衣の男が青紙を広げ、朗々と条文を読み上げる。
「“運営権の譲渡。座面規格等の独占的実施権は連合に帰属。安全係数は中央評価。違反時、即時停止命令”」
ノエルが静かに手を上げ、付則の下端を指した。
「小さな注記。“緊急時の定義は連合が判断”」
ざわめき。
わたくしは微笑んで青紙の印影を示す。
「印影、三連三角――倉庫七棟目に見られた供給網と同じですの」
映写石が三連三角の映像を天幕に投射する。
ガレスが一致の宣言を短く告げた。「印影一致。関所経由の供給網と同系」
秤の音が、広場に落ちる。
「これは座面の話ではありませんの。止める権限と吸い上げの話」
わたくしは扇を畳み、座面規格 v1.0の板を掲げる。
『座面規格 v1.0(案)
1. 座るための高さ:腰−膝中間±2指
2. 背凭れ角:100–110°
3. 退避:三十歩圏に一基+蜂蜜水/救護箱併設
4. 表示:返金は恥ではない/音数三/半歩
5. 雇用:出退勤石/餌ポイント/提案箱
6. 測定:静けさ指数=(音数逸脱0・笑い非発声率・泣き0)/1.0
7. ライセンス:オープン条項――“誰でも使えますの。改変可。出典『哭き鍾乳洞』を明記、公開決算を添付”』
「独占は要りませんの。習慣にする規格は、開くしかない」
カミラが客席から立ち、舞台脇の蜂蜜壺を掲げた。
「骸吼裂溝も座面規格に賛成。影絵小劇場として採用する。裏門は閉じたわ」
黒衣の男の笑みが、髪一本分だけ薄くなる。
◇◇◇
第二幕:公開決算の殴打。
ノエルが大版石板をめくる。
『泣き雫・王都遠征 決算(速報)
座面設営 24基/日陰 6/洗い桶 4
雇用(臨時・王都) 座面守 8/衛生2 → 賃金 21,200
来場 朝の部 386/満足指数 0.90/静けさ 0.94
事故 0/返金 1(半額→再訪予約)
収入(物販・寄付・配信) +72,400/支出 −44,300 → 粗利 +28,100』
「座面は慈善では赤字、と思われがちですけれど――運営にすれば黒になりますの」
わたくしは式をもう一つ。
『再訪意向=税(案)
=(再訪予約率×行列満足×安全係数)→観光税率の優遇に連動』
ガレスが頷く。「恣意を削る式だ」
黒衣の男が青紙を指先で弾いた。
「中央が評価しないと安全は守れない。緊急停止権は不可欠だ」
「評価は公開で守れますの」
わたくしは監査印の箱を開け、緊急停止の代替式を出す。
『停止条件(案)
・事故→1件で仮停止(30分)+退避ポケット補充
・泣き→3連続で動線切り替え
・音数逸脱→阈値で間を延長
――自動ログ+公開+監察同席』
「止めるを公開の手順に落とせば、権限は人質になりませんの」
◇◇◇
第三幕:黒衣の急襲。
舞台袖から、微かな金属音。
――針。
ノエルが白手袋で押さえる。「三連三角、未使用。仕込み」
映写石が舞台裏を映し、警備役に化けた男の袖口を白く縁取る。
ガレスが前へ出る。「証拠保全。通行記録照会――倉庫七棟目」
黒衣の代表が初めて笑みを崩し、低く言った。「演出の一部だ」
「音数が荒れましたわ」
わたくしは静けさ耳を掲げる。小さな鐘が鳴らない。
「“座面規格”では、鐘が鳴らなければ演出に非ず。――印影、一致」
ガレスの秤が、黒の上に重しを置く音がした。
広場にざわめき。
怒りが立ち上がる前に、わたくしは座面を指した。
「座ってくださいませ。怒りは座面で整流いたしますの」
人々が座る。ざわめきは息になる。
音数石は灯らない。
――秤と座面、そして印影。勝負は、もうついている。
◇◇◇
第四幕:決着の式。
ノエルが満足札と再訪の雫印を集計し、石板へ。
『広場投票(公開)
・A案(譲渡) ◎ 11%/○ 14%/△ 23%/× 52% → 指数 0.29
・B案(自営) ◎ 58%/○ 32%/△ 9%/× 1% → 指数 0.85
再訪意向:B案支持者の雫印 76%
静けさ:0.92/事故:0/返金:1(半額→再訪予約)』
ガレスが王都監察室の通達を読み上げる。
「通達――“公共民間連合による独占的譲渡は保留。座面規格 v1.0をオープン条項で暫定採用。安全係数・静けさ指数は公開を条件に自治運営へ。監察は定期巡回。倉庫七棟目関連は別件送致”」
拍手がひとつ、またひとつ。やがて波になる。
ヌルがぷるぷるジャンプ、コウモリが低く旋回し、カミラが蜂蜜を垂らす。
黒衣の男は青紙をたたみ、苦く笑った。
「“開く”か。効率は落ちる」
「再訪が上がりますの」
わたくしは微笑み、最後の石を置く。
『“効率”=一度の速さ/“再訪”=何度も来る強さ
観光は後者で勝ちますの』
◇◇◇
その後は、いつものあと片付け。
**公開決算(王都・交渉日)**を大版に記す。
『入場(広場) 1,140/物販 88,300/配信 52,700/寄付 31,400
雇用(臨時) 21,200/設営 17,800/原価 24,900/税・雑 11,400
粗利 +97,100
満足 0.90/再訪意向 0.76/静けさ 0.93/事故 0
転倒事故ゼロ日:10』
ガレスが苦情箱に紙を落とす。
「“要望。座面規格の背凭れ、王都の高身長向けに+1指」
「採用。v1.0.1に」
ノエルが即座に追記し、印影を押した。
夕暮れ、広場の空に鐘を二度+微。
間が伸び、王都のざわめきが一拍だけ、座面の上で呼吸を揃える。
評議会の黒衣は人混みに溶けた。
カミラが肩をすくめる。「次は舞台ね。王都プレゼン」
「模型とデータと体験で。――第13話で」
断罪の代わりに、公開の約束を積み重ねた。
乗っ取りは、座面と印影で消える。
明日からは、規格を街へ――“座れる法”を敷くのですの。
(第12話 了)
次回:第13話「王都プレゼン――ダンジョン観光庁へ」
模型×データ×体験で、政策に昇華いたしますの。秤は客席、座面は壇上。鐘は二度+微で。